進行阻止
ギリギリ間に合いました
先手を取れたことにより戦いはアイン達へ有利に働いた。敵は弾道ミサイルなどで攻撃が出来なくなり、別の手段で攻撃を行わなければならなくなる。
「敵はこのあとどう動くかな。また兵士達を送ってもこっちには最強の遊撃手が居るし、私たちも掩護ぐらい出来るのを向こうも知っているだろうから敵がどんな手段で攻めてくるか分からないよね。」
「そもそも兵士達の数や兵器の量も質も分からないから予測のしようがない。」
「ネストスロークの戦力って実際のところ分からないからなんとも言えないよね。多分兵器を造る工場とかはあるけど、どれぐらいの規模かなんて分からないし…。」
「俺たちには開示されていない情報だから分からないのは当たり前なんだけど、それに対して何も疑問に思わなかったのも今考えるとおかしかったよな俺たち。」
みんなで空を見上げ警戒しながら敵の出方を思案し合う。こちらの戦力は過剰なぐらいある。向こうもそれは分かっているはず。なんせレイにものの数十秒で全滅されたのだ。それに加えてアインの能力で人工衛星を破壊された。向こうの立場で考えれば最悪以外のなにものでもない。
「…来た。また何か飛来してきたぞ。」
ディズィーの優れた目に複数の飛来する物体が写し出される。恐らくはまたミサイルのようなものだろうが、数を増やしたところでレイとアインには対処出来てしまうことぐらい向こうも分かっているはず。ディズィーは注意深く飛来してくる物体を目で追い続ける。
『ホウ…この距離ガ見えるノカ』
『え、は、はい。み、見える…ます。』
突然レイに話し掛けられてディズィーは上手く言葉を出せず吃ってしまう。しかも語尾を追加しようとしてしどろもどろ気味だ。
『…み、見えるかってことは、れ、レイも見えてますです…?』
『アア アレラは先程と似たものだが…』
レイが何かを言い終わる前にセルシウスが口を挟む。
『イヤ中身がベツモンだ とんでもねえエネルギーが内包サれてやがる…』
セルシウスが飛来するミサイル類の中身について口にする。その瞬間アイン達は戦慄したと同時にミサイルの種類を理解した。エネルギーそのものと言っていいセルシウスが危険だと感じる程のエネルギー…。そんなミサイルの中身と種類は一つしかない。
「…核だ。向こうは核弾頭を地表に撃ち込んできた!」
「…まあ、ここで撃ち込んでくるよね。」
モミジはこの展開を知っていた。だが少し前からモミジの知っている未来とはかけ離れている。なのでどのタイミングで核弾頭が撃ち込まれるかは分かっていなかったのだ。そしてセルシウスの言葉で確信する。ついにネストスロークは核エネルギーを利用した兵器を投下した。
「一応言っておくけどあれ原子爆弾じゃなくて水爆だからね。原子爆弾の千倍以上の威力があると言われる人類が作り出した最も破壊力のある兵器…それを4発も撃ち込んできたわ。」
「「「「「「「「水爆ッ!?」」」」」」」」
アイン達の声が重なる。それもそのはず水爆とは人型バグとの戦いにおいても使用されなかった程の兵器。原子爆弾は核分裂によるエネルギーを利用した兵器だが、水爆は核融合を利用した兵器であり、この熱核兵器が何故凄まじい威力を持っているのかを簡単に説明するのなら単純に速いからである。
速さ=威力のように速ければ速いほどこの世界ではエネルギーを持つことになる。では熱核兵器の何が速いのか。それは化学反応の速さだ。
いわゆる爆発するものとして例を上げると爆薬があるが、これは火を点けると激しく化学反応を起こすもので、この世界にある様々なものは酸化を促すことで激しく化学反応を引き起こす物質がある。
爆薬は複数の種類の物質を組み合せたもので構成され、火を点けると複数の種類の原子と原子が凄まじい速さで移動し始める。この速度が音速を超えるから爆風を発生させるのだが、物体は音速を超えると衝撃波を生み出す。爆風とは衝撃波のことなのである。
では水爆などの核融合による化学反応の速度はどうなのか。水爆は音速を遥かに超えた速度で原子の移動を促してその速度は毎秒1千km以上の速さになる。しかも水爆に使われる物質に制限はない。いくらでも核融合に必要な物質追加すれば生み出されるエネルギーも増えていく。
そんなものが地表で使われれば生物どころか物質そのものが消し飛ぶ。この地球の環境を一変させるほどのエネルギーが投下されたとなればアイン達がこのような反応を示すのも不思議ではない。
しかも悪いことに臨界点を迎えて投下されているためにもし撃墜してしまえばその瞬間に核弾頭の周囲数百kmの物質が消し飛び、1000km先までもが凄まじい熱量で蒸発することになる。このエネルギーはセルシウスであっても指向性を変えることは難しい。集中し核弾頭の一つだけに集中出来れば可能性はまだあるが、核弾頭の数は全てで4つ。いくらセルシウスであっても誘爆し合う核弾頭のエネルギーをコントロールすることは不可能である。
『ーーーワタシが能力で蒸発させれば…』
『無理だから。光速で消失させようとしてもあの質量と体積では間に合わない。光速ってこの世界全体でいえばそこまで速くないからね。』
モミジはレイの能力でも間に合わないと語る。では残る選択肢としてアインの能力になるが、そのアイン本人がどう対処すればいいのか思い付かない。なにしろ核弾頭は未だ遥か上空にあってアインの視力では視認出来ないほど遠くにある。まだ頭上に落ちてくるのなら対処出来たかもしれないが、ディズィーの目立てでは地表に落下した場合ここから数百kmは離れた地点。つまり敵は爆発の熱量でアイン達を蒸発させようと目論んでいる。
アインの能力なら例え熱核兵器の爆発の脅威からでも皆を守ることは出来る。しかしそうした場合アイン達にとって脅威になるのは放射線や生存に必要な空気の確保といった問題だ。
恐らくアイン達の居る一帯の地表は生物が生存できる環境そのものが消失し、死の大地へと生まれ変わるだろう。そうなった場合はアインの能力でもどうしようもなくなる可能性が高い。能力で無かったことにするにも範囲がカバーしきれないからだ。
地表という二次元的な面積ならカバー可能だが、問題なのは大気が存在する三次元的体積。何百万リットルでも足りないような空気を元通りにするにはアインの脳では能力の負荷に耐えられないだろう。
「…ごめん。これは僕の手に余る。出来るだけアネモネに酸素を集めてもらって僕の能力で空間を固定しても、その空間内の酸素を吸いきったら窒息死してしまう。しかも放射線濃度が高い空間だと身動きが取れないし逃げようがない…。」
マザーは放射線で死んだ僕の遺体を回収するつもりなのだろう。なんて悪辣なやり方だ。あまりにも合理的な判断過ぎて鳥肌が立つ。
僕がそんなことを考えながら目で核弾頭を追おうとしていた時に視界が突然真っ白に染まり凄まじい光量に目が潰れそうになる。そしてその時と同時に誰かの声が聞こえた気がした。
「…あっ。」
その一言で核弾頭が起爆されたことを悟り、僕はすぐさま周囲の空間を固定した。そして真っ白に染まった空が徐々に薄まっていくと空の中心に真っ赤に染まる拳大の火の玉が現れた。その火の玉は僕たちの居る場所からかなり離れているにも関わらず、その火は途轍もない大きさだということが分かった。
何故なら僕たちを覆い被さるようにあったあの分厚く地平線の彼方まであった雲が吹き飛ばさられ、雲と同じ位置までキノコ雲が生まれたのをこの目で確認したからだ。
そして次にアイン達の目の前で起きたのは一瞬にして地表に火がついた光景だった。まるでガソリンを初めから地面に染み込ませて一気に火をつけたみたいに地表が灼け広がり、僕たちの周囲以外の地面が一気に真っ赤に染まっていく。
それだけではない。木々や建物、湖の水がなにかの能力で消したんじゃないかってぐらい不自然に消失した。まるで焼けた石に水滴を溢して蒸発させるみたいにあっさりとだ。
僕たちの居る空間には何も干渉されず空気の流れも止まっているが、ドーム状に創り出した空間のすぐ外は絶え間なく爆風が拭きあられ地球を焦がしていく。爆風の影響で燃え上がる大地は僕たちの後方へ追いやられ地面はみるみるのうちに剥がれていき、僕たちの立っている高さよりも随分と低い位置に変わる。もう僕たちの知る地球の姿ではなくなった。
『ーーーココまでするのかミューファミウムッ…』
レイ達は自分たちを亡き者にするためだけに地球を地獄へと変えたネストスロークのやり方に激しい怒りを募らせていた。




