顔合わせ
モミジの案内で向かった先は湖のほとり、そこに次男が居る。湖に近付いていくとどんどん冷気が増していき僕たちは非常に懐かしい気持ちになっていた。
忘れもしないあの東京での戦い。奴には非常に手を焼かされた。文字通り手を焼かされたのだ。エネルギーの指向性を操作する能力は温度を自由に行き来させ周囲の環境を一変させる。その射程も効果範囲も凄まじく一度狙われたら逃れることは出来ない。
『ーーー久しいナ 何百年ぶりニナル?』
先ずはレイが話し掛ける。とてもじゃないけどアイツに話し掛ける勇気はない。
『百年ぐらいじゃないか?……またアッタな』
『……お久しぶりです。』
レイが次男に対して最初に挨拶を交わし、何故か自分も挨拶をしなくてはいけなくない流れになった。まさかこっちを見て話しかけてくるとは思わなかったし、パスを繋げられたのも驚いたよ。全く気が付かなかった。
もしかしてレイとのパスを経由したのか?元々繋がっている道を利用したのなら気が付かなかったのも頷ける。
『……オマエもなモミジ』
『半年ぶりね引き籠もり。東京からここまで迷わなかった〜?』
『コロスゾ』
……見ているだけでヒヤヒヤする。ただでさえここ辺りの気温が低くて身震いするのに背筋が凍るよ全く……。
「……あいつの声が頭の中に響いてきたんだけど私だけじゃないよね?」
アネモネがみんなの顔色をうかがいながら確認する。大丈夫。僕たち全員聞こえているよ。
『弟の仲間たちか 最初に言ってオケば襲わなかったンダがな』
『……私達の声を届ける手段がありませんでしたので。』
これは建前で、相手に聞く耳を持っていなさそうだったが本音である。それに向こうはかなり好戦的だったし兄弟だって証明する方法をこっちは持っていないから意味がない。レイは血を舐めて分かったらしいけど、どう見てもこっちの兄には舌のような部位が無いから期待出来ない。
相変わらず結晶体の身体だし味覚や嗅覚も無さそうだ。
『ねえ、湖を凍らせて座るの止めてくれない?座るのなら切り株とかそこにあるでしょ。』
モミジの言うとおり湖は氷が張ってただの氷の大地になっていた。その上に座っている次男はとてもじゃないけど人の話を聞けるタイプとは思えない。何かをするだけでこれだけ環境に変化を与えるのは凄いことだけど迷惑だ。
『ア?俺が来る前カラ凍り始めてたんだヨ』
『アンタが近付いたからでしょうが。……はぁ、呼びたくなかったな〜〜。一応言っておくけどここはあの子の身体の一部だから気を付けてね。』
『アァ?マジかアイツ馬鹿だな 身動きトレナクなってこうなったんだろドウセ』
身動きが取れなくなった……?島そのものになっている三女だったっけ?そんな能力あるのか?
『……うぐぐ、否定出来ないから何も言い返せないかも……。でも雲に干渉しすぎると私達の居場所がすぐに見つかるから気を付けて。もう私の能力で知れる未来から外れ始めてるから。』
モミジはそう言って僕の方を見ると自然とみんなの視線も僕に集まる。……その場に居るだけで未来が変わるのならもはやそれは僕のせいではない。世界の造りがそうなっているだけじゃないか。
『特異点ダッタか?オマエノ能力も型なしだな』
『アインだよ。私たちの弟の名前。』
『アインか……オレの名は……………はて ナンだったかな』
(またレイと同じパターンか……。)
自分の名前すら忘れてしまう程の長い時間を生きている彼らはとても可哀想な生き物に思えた。多分自分の名前を他者に呼んでもらわないと人は自分の名前を忘れてしまうのだろう。
彼らには寄り添う他者が居なかったからこうなった。モミジはまだ耀人との交流があったり自身の能力のおかげで自分の名前を覚えていたけど、レイのような強力な能力を持つ者ですら覚えれないなんて、時間とは全てを風化させてしまうものなのか……。
『ワタシは彼女にナを与えてモラッた オマエもソウスルがいい』
『アア?ナンテ名前だ?』
『レイだ』
『……オマエのホントウの名前もっと変なナマエじゃなかったか?』
『オマエには言われたくない ワタシもオマエもあまり変わらなかったダロウ』
……見た目はかなり厳つい者同士なのに話の内容は世間話だ。僕たちはなんとも言えない気持ちで話を聞いていて、アネモネはいつ自分に話が来るか緊張した様子で待っている。
『なら付けてモラオうか アネモネとはダれだ?オマエか?火を出していた女だったよな?』
「私っ!?違う違うっ!アネモネはこっちッ!!」
急に話を振られたフェネットが慌ててアネモネの背中を押して前に出しヘイトを逸らした。慌てすぎてパスでの会話を忘れてしまっている。
「ちょ、フェネット、それは流石に傷付く……。」
『アア風のオンナか 良く覚えているぞ オレノ能力を緩和サせていたダロウ?』
結晶体の身体を動かして指先をアネモネに指しながら前回の戦いについて感想を述べる。あの戦いの最中でこちらの能力を分析していたとは思わなかった。まさか探知能力を使って……?
『……良くご存知で。』
『アレはかなりいい線イッテイタ ネーミングセンスもイイ線いっているといいんだが?』
ああ……、パスを通じてアネモネの緊張感が伝わってくるようだ。レイの見た目も相当怖いけどまだ生き物って感じはする。でも次男はまるで自然そのものを相手にしているみたいだ。僕たち生き物が太刀打ち出来るような相手ではない。頑張れアネモネ!
『……セルシウス。温度の単位で使われるけど、どう……?』
『セルシウスか……まあ良いだろう オマエたちが呼びやすい名で呼ぶといい』
気に入った……のか?温度が徐々に上がっていき僕たちの過ごしやすい環境へと変化していく。
『じゃあ仲良くなったところでこれからの話をしましょうか。私たちは現在進行系でネストスロークと戦争状態に入っています。』
モミジが両手を合わせて音を鳴らし注目を集める。そういえばそうだった。交流に勤しんでいる暇なんて無かったよ。
『ムコウからワザワザ来てくれるんだろ?なら待っていればいい 俺やオマエたち全員待ち伏せが得意ダロウ?レイは遊撃としてテキトウに動いてモラエバ片がつく』
……なんか意外だ。かなりマトモな意見がセルシウスから出てくるとは。粗暴な話し方とは合わない。
『ソレデ構わない 連携出来るほどお利口な能力を互いに持ち合わせてナイからな モミジもソレデいいな』
『う〜〜ん……どうだろう。アインたちには自衛してもらって、私は待ち伏せとか向かないからな〜〜。増殖も敵が多くないと的になるだけだし。』
『……モミジって戦えるの?』
『えっと、わ、私も思った。』
ナーフとユーからモミジが戦えるのか疑問を投げ掛けられた。確かに戦っているところを見たことがない。ずっと一緒に居たから僕たちはみんな同じ認識だったと思う。でもレイやセルシウスと兄妹ってことは普通に考えてかなり戦闘力が高いはず。実はモミジって僕たちの誰よりも強いのか……?
『うん戦えるよ。でもみんなが知っている通り私自身の能力には多くの制限が掛けられているから『増殖』も『予知』も全盛期には遠く及ばない。でも足手まといにはならないから戦力として数えてもらって大丈夫!』
本人がそう言っているしレイとセルシウスも何も言わないからそうなんだろう。あの小屋が壊れなければ実質的にモミジは何度も身体を増殖させて記憶を移し生き返れるから大丈夫と思いたい。
『残りの兄妹はドウスル?1人は今もここを隠しているが1人はまだ寝てるだろう?』
『いやアイツは数に数えないホウガいい 意識があるかも怪しい シンデはいないとは思うが……』
『……そうだナ ここに居るヤツだけで千年も続いた因縁に決着をつけよう』
空を見上げてそう告げるレイにつられて僕たちも空を見上げる。ネストスロークが頭上の位置に居るかは分からないけど、僕たちはネストスロークとの決別を選び戦争を開始した。




