粒子の支配
ネストスロークが兵士達に持たせた装置の中で最も重要なのは目標のベルガー粒子をコントロールすることが出来る“ベルガー粒子拡散力場発生装置”この装置を使えばある一定の距離にあるベルガー粒子のコントロールを奪うことが出来、能力を解除することが可能になる。
一応この装置には限界値が設定され大きな能力を解除しようとするとすぐに限界値に達し装置の一部が損傷して使い物にならなくなる。なので常に兵士達はモニターを確認して限界値を迎えないよう装置に休息を与えながら使用している。
「アネモネ、我々には人とのコミュニケーションが必要であると結論付けました。どうです、我々に協力しては貰えませんか?S判定相応の身分を用意します。」
「S判定相応の対価を求めるくせに承諾するわけないでしょ。」
「ああ、本当に素晴らしい。拒否される行為とはこんなにも機能を拡張させる必要があるのですね。」
先程から噛み合っていない会話にアネモネは嫌気がさす。もう仲間は動けるようだしここで会話を終わらせたい。
「さて、どうやらそちらの準備も整ったようですし、そろそろこの貴重な対談も終わりにしなければなりませんね。モミジから何を聞かされたか気になりますが、それは直接本人に聞くことにしました。どうやらあの木造の家の中に居ますしね。」
チッ、どっちも気付いていたのね。モミジを押さえれば私達の持っている情報を得られる。分かっていたけど上手いこと踊らせられたみたい。
「ねえ!あなた達はそれでいいのっ!?今の会話を聞いてまだマザーに従おうなんて考えているわけっ!?」
「無駄です。ここの会話はシャットダウンしていましたから兵士達には聞こえていませんよ。」
「……お得意の情報操作ってことね。やり方がいちいち癇に障るわお前……!」
「では再開しましょうか。大丈夫あなた達の遺体は一緒にネストスロークへ運び同じ場所で保管しますから。死んでも一緒に居られるということに幸福を感じるのでしょう?」
素で言っているのか冗談で言っているのかは分からないがマザーの性格が終わっていることは分かったよ。
「フェネット私とパスを繋ぐからっ!!」
「うんっ!!」
アネモネはベルガー粒子を操作しフェネットへ放出しフェネットもアネモネへ向けてベルガー粒子を放出した。そして2人のベルガー粒子は混ざり合い互いの能力が引き上げられる。
[パス……?どうやら何かをしようとしていますが能力が使えない時点で詰んでいますがね]
マザーは2人のベルガー粒子に異変が起きたのを察知したがマザーは無視する。どうやっても個人の能力ではどうしようもない。なんせアインの能力すら無効化することが出来た。この2人のベルガー粒子を合わせた所でどうにか出来るわけない。
「来たっ!」
「うんっ!行けるねっ!」
兵士達に悪寒が走る。これはいけない事だと本能で察した。兵士達が全員アネモネとフェネットを警戒し取り囲もうとする。その判断は正しい。2人のベルガー粒子は混ざり合い輝かしく光り出し、濃度が異常なものになる。
そして2人のベルガー粒子は形を変え物質と変化しこの世界に物理的干渉を引き起こす。
「コレは……!」
マザーの視点では急激に膨れた何かがカメラに映ったと思ったら兵士達が全員空高くまで打ち上げられていた。兵士達からするとまるで地面が自分達から離れたんじゃないかって思う程に馬鹿げた速度で離れていく。しかもまだまだその勢いは止まらない。
マザーは通信の行き来する速度から距離を計算し兵士達が上空1000メートルもの高さまで打ち上げられたことを把握した。
[ーーー2人の能力でこんな現象は有り得ない つまり2人の能力ではないはず あまりに出力が違い過ぎる]
スーツ込みの重量なのにまるで塵のように吹き飛ばす?まるで核爆弾に巻き込まれたようだ。しかし爆心地には未だにアネモネ達の姿が最大望遠にした映像から確認出来る。……考えられるとしたら先程の現象。あれは能力を増幅させて組み合わせた能力を行使したのかもしれない。
だがそんなことが可能なのか?長い研究の最中そんな現象は確認されていない。我々の補助ありならば可能だが生きた能力者同士では考えられない。
マザーは兵士達が重力に引かれ始め降下し始めても思考を止めない。まるでアネモネのような思考回路だがマザーは複数のことを同時に考えられる。この間にも兵士達には命令を下しているし、アインについても考えてα・βの部隊に指示を出している。
だが最優先すべきは2人のベルガー粒子が計算以上の出力を出したことだ。恐らく爆風を作り出したのだろう。しかも指向性をかなり絞ってだ。だからアネモネ達は無事でいる。爆風の衝撃は全て兵士達に向けられた。そのせいでスーツの耐久値は殆ど削られてしまったが、装置が無事なので大きな問題ではない。
問題なのはあの2人以外の組み合わせでも行なえるのなら大きな問題になる。特にアインが絡むとどうしようもない。この兵士達では全滅させられるだろう。
「良いでしょう。ネストスロークから援護射撃と応援要請を掛けます。」
マザーの指示を聞いた兵士達は事の大きさを知る。ネストスロークは現在全滅の危機を迎えている。食料不足のせいで船員を多く削り人口は半分にもなり、その中でこの地球降下作戦はかなり思い切った作戦であった。失敗すれば人類は絶滅する。それを防ぐ為に地球を奪還するのがこの作戦の最優先事項であり本来の目的でもある。
「宇宙船はもうネストスロークへは帰りません。ここで使います。」
兵士達が乗ってきた宇宙船は帰還の為には必要だが、帰還するつもりが無いのなら燃料の入ったミサイルになる。マザーは通信装置が乗った宇宙船2隻だけを残しそれ以外はバーニアを再点火し上昇させた。
宇宙船は赤い炎を噴出しながら白い煙を作り出す。そして打ち上がると凄まじい速度で急上昇していき次第に兵士達と同じ高度まで並んだ。そして兵士達とすれ違ったあとに宇宙船のバーニアは停止し宇宙船は慣性のまま放物線を描き真っ逆さまに落ちていく。
その間に兵士達は足の裏に取り付いたある装置を起動させて降下速度を下げる事に成功する。この装置は重力を反転させる装置で今の兵士達の重量は1キロ未満になっていた。あとは空気との摩擦と抵抗で速度を抑えられる。
「バーニアを再点火。目標はA.N.0588とF.T.0798の2名。例えバリアを張ろうとも空気は吹き飛び熱で殺せます。」
マザーは宇宙船のバーニアを点火させ地上へ向けて発射させた。何百キロにもなる質量が音速の何倍にもなる速度で真っ逆さまに落ちた場合の運動エネルギーなどわざわざ言わなくても察せられるものだろう。しかもそれが複数にもなれば尚更だ。
[認めたくはありませんが能力では貴方達には勝てません しかしコチラには機械がある わざわざ同じ土俵で戦う必要なんてありません]
マザーの思い切りの良さはAIだからこそ出来るものだった。だがマザーは選択を誤った。騒ぐ事はこの地球において最もしてはいけない行為なのだ。
ここは地球。この星を支配しているものは能力を持つ人間でも能力を持たない人間でもない。まして機械でもそれを操るAIでもない。
この星の真の支配者は能力者を絶滅させるために放たれたバグであり、最強の能力を持つ者達。これだけの能力者が集まっていれば探知能力を持つ彼らは瞬時に見つける。
地平線の更に先の向こうから一線の光が射し込んだ。それを例えばマザーが見れば太陽の差し込む光だと思うだろうが奴らを知る人類は違う。それを死の光だと気付いて死を覚悟することだろう。
このバグはアイン達を全滅寸前にまで追い込み、シルバーを含むアインの先輩達を惨殺した張本人。
身体を光そのものと同じ性質に変化させ文字通り光の速度で向かってきたそれは宇宙船を容易く破壊した。すれ違いざまに宇宙船を容易く切り裂き空中で爆発させてみせたそのバグは爆炎の中で身体を構築していく。
黒い外骨格に枝分かれした手足、そして人類への深い憎しみを宿す青い瞳に禍々しく濁ったベルガー粒子を持ったそれは光を操る能力を持った生きた災害。
「ーーーニンゲンハゼンインコロス トクニミューファミウムノザントウハナ」
多数の触手に光が纏わりつき鞭のように振るう。光の刃とも言えるそれは光速で飛んでいきベルガー粒子拡散力場を作り出していた兵士達6人を瞬時に8等分へ斬り裂いてみせたのだった。




