ネストスロークの兵士
先ずはあの男が付けているモニターをどうにかするしかない。あれがある限りどうしてもこちらに対して不利に働いてしまう。だけどあのモニター……まさか他の者達にも装備されていたとしたらあの男だけをどうにかする問題ではなくなってしまうな。
[ーーー素晴らしい R.E.0001の成長は我々の想定を超えている]
マザーはR.E.0001を観察しながら今起きた事象を解析し始めていた。久々に起きた多量のエラー。R.E.0001の脳に埋め込んだマイクロチップのアプリを起動し、脳波に妨害を行なった。だがそれは無かったことにされた……。我々の観測点からは間違いなくアプリを起動させていたのに、実際はマイクロチップは起動していないことになっている。
この差異が多量のエラーとバグを生み出しそれらを解析しながらR.E.0001の能力はやはり我々の欲するものだと確信する。
多少身体に傷を負わせ殺してしまっても脳が残っていれば最悪それでいい。ここでR.E.0001の脳を採取すれば目的は達成。
彼らは我々と離れすぎて思想に差が生まれてしまっているし、もうアプリで人格形成し直せる年齢でもない。処分する以外の結論は出ない。
「最優先はR.E.0001の脳の確保。それ以外は考慮しなくていい。決して脳に損傷を負わせないように。」
マザーは兵士達に命令を下し、R.E.0001の脳を確保するために兵士達は動き出した。
「来たよっ!どうするっ!?」
フェネットはもう能力を使って迎撃してもよいかアインに尋ねる。能力を封じられる手段がある限りこの場を離れる事が出来ないからだ。
「……みんなの頭部周辺を僕が固定する。恐らく電波を遮断するだけで防げるから、僕が電波を発している発生源を叩く!みんなは無理しないように立ち回って!」
「それならあいつらが乗ってきた宇宙船が怪しい!多分中継機器を載せてネストスロークと通信している!」
エピはアインに宇宙船を破壊すればジャミングを封じられると助言した。確かに宇宙からの交信では大きな通信機器が必要になる。もしそれを載せていたとしたら間違いなく宇宙船になるだろう。
「分かった!行ってくるっ!」
アイン達の会話は勿論マザーもマイクで拾っている。ならばアインが単独行動に出ることも容易に想像がつくものだ。
[R.E.0001にα隊・β隊が付きなさい 他の部隊は殲滅戦に移行]
「「了解。」」
「こちらも了解。殲滅戦に移ります。」
アインが飛び出して跳躍し宇宙船の下まで向かっていく。そしてその動きに反応しα・βの2部隊が連携して追従する。この2部隊は総勢10名の対R.E.0001の為に設立された特殊部隊。全員がAクラスの能力者で構成されているこの部隊は戦闘のプロで、能力者、バグ相手を想定した訓練を修了し、いつでも実戦へ投入出来るようマザーが用意した秘蔵の部隊。
個人ではR.E.0001に勝てなくても、数で補い機械や装備で上回れば良い。実際装備1つでアイン達は窮地に立たされた。その他にも様々な装備を隠し持っている。ネストスローク側は決めに来ているのだ。そして相対するアインもそれは理解していた。
威力偵察をするほどの余裕はネストスロークには残されていない事も、この日で世界が終わるかもしれない事もアインは理解している。
「仲間を……世界をお前達に壊されてたまるものかッ!!」
アインは中々引き離せない後ろの兵士達に向き直り戦闘に入る。能力を行使し進路を急激に変化させて敵の意表をつく。敵からすれば逃げるように走っていたアインがなにかの力が働き、その場でターンを描いたような挙動を取ったように見えた。
対象の背中を追っていたのにいきなり真正面に変わり慣性を無視してこちらへ向かってくるので、兵士達は反射的に持っていたアサルトライフルを構えて引き金を引く。
十名による一斉射撃は毎秒50発を超える弾丸を撃ち出し、そのどれもがアインに向けて一直線に飛んでいった。
「そんなものがッ!」
アインに弾丸が触れるか触れないかの境目で運動エネルギーが消失する。火薬による爆発で撃ち出された弾丸には人を殺傷出来る程の運動エネルギーが存在するが、アインはその運動エネルギーそのものを【削除】で消し去った。
弾丸は重力に引かれて地面へ落ちるかアインの衣服に当たって弾かれる。その様子を見た兵士達は引き金から指を離し接近戦に切り替える。
ネストスロークでの訓練ではアインが銃撃を防ぐ事も考慮していた。その際は打撃による攻撃へ切り替えながら能力による接近戦を仕掛けることになっている。
兵士達は腕に備え付けられていたプロテクターから棒状のスタンガンを取り出し、横に生えている柄を掴んでトンファーのように扱う。このスタンガンの電流は殺傷力こそ抑えめだが、触れればさっきのアインのように話すのも難しくなりヨダレを垂れ流す程の威力を発揮する代物だ。
「αは前へβは後方で能力による支援を。」
先頭を走るα隊隊長は姿勢を低く構えスタンガンをアイン目掛けてコンパクトに振り抜く。触れれば相手の意識を刈り取る事も可能なので大振りする必要性はない。それに兵士達が着ているこのスーツは着用した者の筋力を人工筋繊維で増大させているので異形能力者並のパワーを出せる。コンパクトなモーションでもその破壊力は絶大。
だがアインに対してパワー勝負は勝負にすらならない。アインの軌道は固定され全てにおいて優先されるのだ。スタンガンを振った腕にアインがそれ以上のスピードで拳を振り抜けば敵の腕が大きく弾かれ無防備な胴体部を晒すことになる。
「フッ!」
アインは振り抜いた右手を引いてすぐさま左手でジャブを放つ。スーツや背中に背負った装備込みで重量200kg超えの巨体が宙に浮いた。アインの左拳の形をした跡がスーツの右胸部辺りに出来る。
「ぐっ!?」
スーツを纏った兵士は驚愕する。背の高さは1.5倍近くあり体重はそれ以上もあるのに対象はその場で留まり続けて自分は宙に浮いた。しかもそれだけではなく目標に向かってぶつかるように正面に向かっていたのに、真反対の真後ろへ飛んでいる。これは相当おかしな現象なのだ。
体重200kgの物体が時速40kmの速度で進んでいるのだから相当な運動エネルギーを持っていることになる。だがR.E.0001の拳にぶつかるとこちらが吹き飛ばされて向こうはその場に留まっている……。物理法則的に向こうも吹き飛ばないとおかしいはずなのに……!
結局8メートルもの距離を飛び兵士は背中から無様に着地した。だがそれだけで兵士自体にはダメージは無い。スーツが装着している者の代わりにダメージを肩代わりしているからだ。勿論対価はある。スーツ自体の耐久性に依存する事と、スーツが耐えられる衝撃を越えると装着している者にもダメージが入ることが挙げられる。
「大丈夫か?」
「……まだ耐久値は残っているが、ただの打撃を数発食らえばこのスーツが壊れる。」
アインに殴られた兵士は腕についたモニターでスーツの状態を確認しながら同じα隊の兵士に情報を共有する。そしてその情報を得たマザーが再計算を行ないアインの戦闘力を算出した。
「R.E.0001は自身の動きを強化し、異形能力者以上のパワーを出すことが可能と判断。単体での近距離戦は禁止とする。」
すぐさま作戦内容に修整が行なわれα・βの2部隊はマザーに従いフォーメーションを変更する。
「そして微弱ですがR.E.0001の脳波とベルガー粒子に乱れを観測。……持久力の面は劇的には改善されていない模様。中距離戦へシフトせよ。」
アインの能力は強力ではあるが運用には避けられない弱点が存在する。それは能力を行使するのが人間である点だ。能力を行使する能力者には弱点が存在する。例え弱点の存在しない能力であってもだ。
特に強力過ぎるが故に能力のカバーする範囲が広すぎるアインにとっては避けられない弱点となる。あまりに便利な能力だが手が届きすぎるのも問題なのだ。たった弾丸ひとつにでも様々な因果が存在し、その全てをカバーして無力化するアインの脳は負荷が掛かる。
そしてマザーはたった数回の能力の行使を観測しアインの弱点を見つけた。アインはこの後もネストスロークという群に苦戦を強いられる事になる。




