次へ託す願い
モミジの背中を追い、彼女と僕が訪れたのは小屋だった。この中には僕達がどうなるのかを知っている者達がいる。だが語る口も残す手もないそれは2人を前にしても沈黙を保っていた。
「あなたに託さないといけない物があるの。そしてそれを君が託さないといけない。」
小屋を開けてモミジは僕を小屋の中へ招く。ここに意味があるのだろう。彼女が残された数少ない時間を有効活用しようと足掻いている事がひしひしと伝わってくる。
「……あった。昔ネストスロークから送られてきた物資にね、銃があったの。これを君に託す。」
モミジが床板を外してなにかの箱を取り出す。そしてその箱を開いて僕に一丁の拳銃を渡してきた。
「これは…リボルバー拳銃?なんでこんな旧式の銃が?」
ネストスロークでしか拳銃なんて造れないだろうけど、ネストスロークで造られる拳銃はオートマチック式のものだ。なんでこんな旧式のをモミジに送ったんだ?
「良いから持って。必要になるから。」
「こんな砂利が入っただけでシリンダーが使い物にならない武器なんて使わないよ。僕にはちゃんと拳銃が…」
「あなたじゃない。あの人が気に入るから。だから託すの。あなたに託すからアイン、君が託して。」
モミジの真剣な願いを無下には出来ない。僕はその拳銃を受け取った。…弾倉は6発。少ないな…。運用するには工夫が居る。
「…時間が無さそうに見えるけど猶予はどれぐらいあるか僕に伝えられる?制約の範囲内で。」
僕は受け取った拳銃を腰に入れてモミジに質問をした。情報がいると思ったからだ。
「…多分今日がタイムリミット。アイン次第よ。でも、この世界が終わるのは確か。」
それは確証を感じる声で、アインは望みが無いものと察した。
「そう…なんだね。…みんな、死んじゃうの?」
「…それもアイン次第よ。」
「そっか。」
なんとなくだけど分かってきたよ。僕達に時間は殆ど残されていない。こうしているのももしかしたら惜しいのかもしれない。
「ごめんね。もっともっと君達に時間を上げたかった。普通なら明日も君はアネモネと研究の話に付き合わされて、そのせいでディズィーとの時間が減ったり彼と少し衝突するんだけど、でもまた君達は仲良くなってみんなでご飯を食べる。…そんな時間がいきなり無くなるなんて、君達にとっては理不尽だよね…?」
「もう…それは叶わないの?」
僕は暗く灯りもない小屋の中でモミジの目をジッと見る。彼女の目には大粒の涙を浮かべて今にも泣き崩れそうに見えた。
「それも、アイン次第よ。みんな…みんながそれぞれ明日起きたらどうしようか考えて、ご飯を食べて昨日の続きをして、それでまた明日を迎える。そんな当たり前がもう出来ないの…。誰のせいでもないのに、なのになんでこんな気持ちになるのかな。いっそ誰かのせいなら良かったのにね…?」
モミジには見えている。僕達の結末と世界の行き先を。でもそれを語る選択肢を彼女は選ばない。それがモミジというひとつの個体が選んだ選択肢なら僕は何も言わない。
「聞いて。これが最期に遺す私の意思。私は…ここの世界でしか生きれない。次には私という個体は居ないから。だから私という“イトウモミジ”っていう個体に意味があるんだって思いたい…!私が産まれてきた意味があるんだって!君が私を覚えて私が居たから辿り着けたって信じさせて!」
モミジは僕の顔を両手で掴み僕の目を射抜くんじゃないかって意志と視線をぶつけてきた。
「私にも意味があるとしたら、私がここまで続けてきた人生にも意味がある!人よりも多くの時間を生きてきたのにまるで生かされているってずっと考えてきたっ!もしかしたら私がそう思うようにプログラムされていて君の同情を買うよう仕向けられた結果なのかもしれない…!」
彼女は大粒の涙を流し慟哭する。ここでしか言えない時間と機会を逃さない為に。
「でも!それでも…!私にも意志というものがあるのなら…!私は、私は…!自分に意味があったんだってッ!モミジという配役に私が配置された事に…!私自身に意味があったって思いたいのっ!!」
イトウモミジと名乗った彼女はずっと自分という存在に疑問を抱いて生きてきた。何度も何度も身体を入れ替え記憶を入れ替え続けてきた彼女はいつしか自分という存在に価値を見出そうと足掻くことにした。
彼女はイトウモミジという役回りを与えられた存在ではなく、アインという弟の姉としてこの日まで精一杯足掻いたのだ。
「だから私はもうイトウモミジって名乗らない!私は私!あなた達を次の世界へと導くプログラムで動かない!イトウモミジという役回りで一生を終えないからッ!私は私という個体でッ!!私が私の意志で君達を次へ託すんだからッ!!」
モミジは生まれて初めて役回りを放棄して制約を打ち破った。だがそれももしかしたらプログラムされた通りの行動を取っているだけなのかもしれない。それは思いの丈を存分に言い終えて頭が冷えていくモミジも理解していた。
これも私が、イトウモミジがやらなければならない使命の一端にすぎないと。
だがアインはその使命を理解もしていなければ囚われてもいない。特異点である彼は自分の未来を選択出来る。
「分かった…忘れない。君を絶対に忘れない。イトウモミジじゃない君を、僕達に優しくしてくれた君を僕が覚える。…ありがとう。本当に、本当に。ここまで僕達を待ってくれていて。」
彼女はアインの言葉を聞きその場に座り込む。強張った身体が脱力して立っていられなくなったからだ。そして力んでいた顔から表情が抜け落ちてただただ涙を溢すのみ。
「だ、大丈夫!?」
アインが声を掛けても名もない彼女は目を瞑り両手で自分の身体を抱き締める。そして声にならない嗚咽を漏らして身体を震わせた。
「…あ、ありがとう。意味が、あった。私にも意味があったよ…。」
彼女のお礼の言葉を聞いたアインは彼女の肩を抱いて泣き止むまで側に居続けた。彼女の思いを忘れないと心の中に刻みつけながら決心する。
(絶対に忘れない。そしてみんなを守れるのは僕の能力だけ。)
僕の能力ならば彼女の知っている未来を変えられる。それならみんなが助かるし、僕達の未来はこれからも続いていく。絶対に僕が彼女の言う理不尽な事象を起こさせない!
アインはそう心の中で思ったが、勘違いをしている。アインはまだ常識の中に囚われて自身の分かっている範囲内の思考をしてしまっていた。
それは前にも彼女が言ったが明日はもう訪れない。今日この時を以て終わるのは確定された事象に過ぎない。何故ならその先にアインという特異点が居るからだ。未来・過去の時間的な要因は関係ない。ただ特異点が発生した時点でアイン達が進む道は確定しているのだ。
この一巡目の世界にも二巡目の世界にも特異点は居る。それは変えられない事実として其処に在り続ける。
そしてアインがどう思いどう考えようとも様々な要因は動き続け彼を取り巻く環境は変わっていく。
それを証明するかのようにその日の朝、宇宙から世界を終わらせる尖兵が降りてきた。厚く広がっていた雲を突き破り金属の塊が彼らを取り囲むような軌道を見せながらの飛来。
当たり前の明日は、この日を以て終わりを告げた。
終わりの始まり
次回からクライマックスに入ります




