進行不調
アネモネは握力をかなり強めで握ってきたので部屋から出ることは難しくなった。取り敢えず椅子に腰掛けるとアネモネもそれに習う感じで座りだす。
「話をしましょう。フェネットに言うのは無しで。」
「それには賛成。」
お互いの共通認識を持つのは良いことだ。話がスムーズに進むからね。
「で、ここ最近のアネモネは何をしているの?」
「……研、究。」
たった1つの単語なのに歯切れが悪過ぎる。何かを隠していますって言っているようなものだ。
「なんの研究?バグについてだよね?」
「ば、バグ……だよ?」
「研究内容はバグではないと……」
あれ、噓をつかれたほうが話がスムーズなんだけど?こんなやり方でコミニケーションを図っていいのかな?
「違うし!バグを研究してるから!見てよこれを!」
アネモネは立ち上がり部屋の端の棚を漁りだして透明な容器を1つ僕の前に置いた。中身は……あの青い目だ。見間違えることはない。人型バグのあの人間に対して抱いている殺意を僕は一生忘れはしない。
「……どうしたのこれ?」
「モミジからサンプルとして貰ったの。あの大きな脳があるでしょ?元は人型バグだったからその子の目を増殖させて1つ貰った感じ。」
経緯は分かったけどどうしてそれをアネモネが欲しがったのか分からない。……欲しがったんだよね?じゃないとわざわざモミジ経由でそんな話はしないだろうし……。
「それを研究していたの……?」
「そうよ。この青さは何なのか気にならない?私にはこれがとても不思議な物に見えるの。」
「僕には殺意に塗れた色って感じだけど。」
僕がそんな感想を言うと突然アネモネがガバっと顔を上げて僕の顔を凝視し、続けざまに詰問のような質問を投げ掛けてきた。
「それってどういうことっ!?アインにはこれがそんな風に見えるのっ!?」
「え、いやそう感じるだけで……アネモネにはそう見えないの?」
これは殺意そのものにしか見えない。これを良く直視出来るものだ。
「そういえば前にそんなことを言っていたような……?でも実際に見たことがあるし、こうして目の前にもあるけどそんな感想は抱かない、よ……?」
まるで僕がおかしいみたいな言い方だ。実際おかしいかもしれないけど。人型バグの声は聞こえるし目を見れば殺意を感じる。それって僕が人型バグに親しい存在だからなのか……?
「まあこの際どうでもいい。アイン、これはベルガー粒子が目の中に閉じ込められているから色が付いている。ベルガー粒子は物理的に干渉は出来ない特性があるのに私達の認識に干渉している……。これは何でだと思う?」
「……それは僕達がベルガー粒子を認識出来るからじゃない?」
そう言うとアネモネは棚の引き出しを開けてなにかの紙を見せてくれる。……これは画像?写真……だっけか。写真には青い目を写されていて、この部屋の中で撮影されているのが背景の棚から分かる。
「写真で取れるのよこの青さは。この重大さをアインは分かる?このベルガー粒子を撮る事が出来たって事実を!」
ヤバい勝手にヒートアップしているけど僕には何が凄いのか分からない。ベルガー粒子なんて僕達の想像を超えた物質だからどんな現象が起ころうとも不思議じゃないんだけどな……。
「それでアインにはこれが私達とは違う認識か生まれるのも面白い。ああ、こんなことならもっと早くアインに実験を頼んでおけば良かったー。」
アネモネの話に全然ついていけていない。勝手に喋って勝手に完結するから何かを言う暇もないんだけど……。
「う、うん…!あ、そろそろ寝ないとだね。明日もあるし話せて良かったよ!じゃあそういうことで……」
僕は明日のことを思い出し席を立つとアネモネの腕がグワッと伸びてきて僕の首を掴んだ。……こらこら。人の首は掴んではいけませんよ。人の首には大きな血管があって脳へ酸素と栄養を送り込んでいますから塞がられると人は失神するのです。なので止めましょうね?ね?
「座るから離してほしい……」
僕は再び席に座るとアネモネの手が僕の首から離され自由の身になった。あと数秒遅かったら失神していただろうね。
「じゃあアインのやりたかった話し合いをしましょうか。今夜は寝かせないから。」
アネモネのとびっきりの笑顔を正面から見れたのに何故か僕の目から透明な液体が漏れそうになる。あれ、嬉し涙かな?
そして本当に朝まで話し合いをすることになり、彼女から解放されたのはもう朝日が昇った後。僕は朝から眠たい目を擦りながらも朝食の準備を行ない朝食を食べた後にディズィーに謝罪をしてから眠らせてもらった。ディズィーにはアネモネと久し振り2人っきりで会話をしていたら時間を忘れてしまっていたと伝えてね。そうしたらディズィーからいくらでも寝てろって言われたよ。
それから夕方ぐらいまでぐっすりと眠ってしまい、起きた時にはみんなが僕の体調を心配して僕の眠っていたベッドまで来てくれていた。みんなが言うには僕がこんな時間まで眠っていたのが珍しくて病気にかかったんじゃないかって心配していたんだとか。……なんでアネモネまで心配してんの?君のせいだけど?
「心配させてゴメンね。もう大丈夫だからさ、ご飯食べようか。」
僕がそう言うとその場では一旦は納得してくれて、いつものようにみんなで晩御飯を戴いた。今日はみんながご飯の準備を手伝ってくれて楽しかったなー。たまにはこういう日もあっても良いかも。
昨日である程度またアネモネとも距離感が縮まったし、今日の夜は良く眠れそうだ。
「それで昨日の続きなんだけど……」
「……はい。」
何故かまたアネモネの部屋でバグについて話し合いをしている。フェネットから昨日ことについて根掘り葉掘り聞かれてどう答えようか困っている時に、アネモネに捕まってしまい、またこの研究データが置かれた部屋へ来てしまっていた。
フェネットの「応援しているから!」の声援のせいで家に居るみんなに大体の事情が知られたしまっているんだろうな……。フェネット絶対に面白おかしく話しているだろうしね。
「バグがこんなにも多く、多様化していったのか私は気になったの。だって元々は人だったんだよ?私達と同じ見た目の人間でしかも幼い子供。でもネストスロークの資料画像には今地球に蔓延っているような異形の形をしたバグが写されていた。加工とも考えたけど実際に私達の身の回りには色んなバグが居るじゃない?」
「うんうんそれで?」
……そう言われると確かに不思議だ。アネモネは別に自分の考えを言っているだけじゃなくて僕が気になるようなポイントを押さえて話してくるからたちが悪い。
「じゃあどうやってバグは増えたのか。その答えはモミジにあったの。彼女の母……?かどうかは分からないけど増殖の能力を持つバグが原因になったってモミジ本人から聞いた。元は1人の能力者から増殖して複数の能力者を作ったんだって。しかも人間とは違う人間を殺すことに特化した生き物としてね。」
「それって増殖の能力が人類を絶滅に追い込んだってことにならない?」
「そう捉えられるかもね。でも元凶はネストスロークよ。やってはいけないラインを越えてしまったからこんな世界になったと私は考えている。モミジは悪くないでしょ。彼女は被害者でしかない。」
まあ……そうかな。モミジは人間を殺したことが無いと言っていた。本当かどうかは分からないけど半年暮らして不審な所は無い。
「うん、まあそこは同意するかな?話は終わり?」
「まだまだ!次は耀人達よ!彼女達を襲った光を知りたいって思ったことはない?」
「あ〜〜確かに言われると気になるかも?でも僕たちにはもう調べようが無くない?」
約750年前の出来事だ。証拠も何も無い。昔話でしか僕達は実情を知らされていないからね。
「モミジは知っている。私は聞いたわ。何が原因で起きた現象なのかって。そしたらそれを引き起こしたのは私達って言うのよっ!!」
「……その話みんなに共有した?アネモネとモミジの間で話止まっていない?」
こんな重大な話絶対に僕達は聞かされていない。もう耀人とは半年間会っていない。ナーフなんてユーが毛皮で作ったぬいぐるみを抱いて寝てるんだよ?少しぐらい話してほしかったな……。
「……今度話そうと思っていたの。」
「アネモネって昔から嘘が下手だよね……。」
アネモネが顔を逸らし無表情で言うときは噓を言っている時だってことはみんなの共通認識なのに、未だに噓をついてもバレないって考えているから面白いよ。




