仲間の近況
アインとディズィーが去っていくのを眺めながらモミジは溜息を吐く。
「彼女がなにかに没頭したりする時はいつだって仲間のことや弟くんのことだろうに…。これが青春ってやつですか母さま達…。」
一度も体験したことのない恋煩いを聞かされたこっちの気持ちにもなって欲しい。ああ〜羨ましい!私はずっと何百年も独り身だっつうの!見せつけやがってよ〜〜生意気なんだよ〜〜。
「…私達家族の中でマトモなのはあの子だけか。みんなもあんな普通の恋をして悩めるような未来の為にも、アインには頑張って貰わないとね。」
モミジの主人格となるのは過去・未来を知ることの出来る少女のものだ。何百年も別れて別々の人生を送り、最早別人格なのだが目的は2人とも変わらない。この世界線から別の世界線へ行くこと。それだけを願って何度も何度も人生をやり直してきた。
この事だけは決してアインに知られてはならない。でなければ2巡目の世界線へはいけないから…。
「……ゴメン。君の幸せは1巡目には無いんだよ。でも…2巡目、3巡目ではちゃんと幸せな時が待っているから。」
モミジはアインに対して真実を話せない。ずっと嘘をつき続けなければならない事に罪悪感を覚え今日も今日とて木を切り倒す日々。この作業に意味がない事を知っているのに…でもそれが私が唯一選択出来る道だから。
モミジは去っていく2人を見送ると木に突き立てていた斧を手にまた伐採作業に戻っていくのだった。
そしてアインとディズィーの2人が狩りに戻ろうとした時にフェネットを見かける。だがフェネットの隣には彼女と良く似た女性が立っており2人で木材を持って運んでいた。
「おーい!珍しいねフェネットがその能力を使っているのは。」
「「え、なに?どうして2人が居るの?」」
「いやそれ俺達のセリフだから…。」
フェネットは僕達に気付き同時に声を出したけど、一字一句の発音も同じでハモり過ぎていた。彼女のパイロキネシスとは別の能力、確か…ドッペルゲンガーだったっけ?自分と瓜二つの姿をした者を1人生み出せる能力。ベルガー粒子を利用した能力だったと記憶しているけど、数年ぶりに見たから上手く思い出せない。
ネストスロークでは滅多に使わなかったからね。ドッペルゲンガーで生み出したもうひとりのフェネットは能力が使えないからネストスロークではかなり低い評価を受けていた。しかももうひとりのフェネットは活動しているとお腹が空くらしく食料が実質2倍になるから使用を禁止されていたかな。
「相変わらず似てんな。まるまる同じなんだっけ?」
「ほくろの位置から考え方までね。」
「人手が増やせるから便利なの。」
小さなフェネットが2人して重い木材を協力して持っている姿は非常に癒やされる。作業しやすいよう髪を後ろで纏めていたり袖を捲くり両手に手袋をしていたりとその姿はまるで姉妹か双子みたいだ。
「でもお昼は1人だったよね?もうひとりの食事はどうしているの?」
「ご飯のときは1人に戻るよ。食欲と食べる量が2倍になるからお腹ペコペコになるけどご飯がいつもより美味しく感じるから一長一短かな。」
いつも一緒に食事をしていたのに知らなかった…。確かに食べる量が最近増えたなって思っていたけど、ここ最近はちゃんとお互いのことを見れていなかった弊害かな…。
「食欲が2倍になるってなんだそれ。そんな制約あんのか?」
「戻った時に2人分の記憶が定着するもん。お腹空いたな〜って2人して考えているから食欲は2倍になるよ。」
その話を聞いてモミジとの会話を思い出した僕はフェネットに忠告した。
「…あまりその能力を使い過ぎない方が良いよ。」
「それ前にモミジにも言われたけど何か関係あるの?そういえば2人ともモミジの居る方角から来たね。…なんか怪しい。狩りの途中っぽいし何かあったの?」
うぅ、流石に鋭いなフェネットは。しかも2人居るから圧が凄い。ディズィーなんて縮こまって僕の後ろに行ったし…。全く僕が後ろに行きたいぐらいだよ。ディズィーの巨体じゃ僕の後ろに隠れきれないだろう?頭2つ分は背が高いんだから。
「こいつがアネモネのことを気にしていてコソコソ聞き回っているんだよ。本人には恥ずかしくて直接話せないから。」
「おまっ…!?裏切り者ッ!!」
まさかの裏切り。ディズィーめ…フェネットがその手の話が大好物だと知って僕を差し出したなっ!?
(素直に話せないだろ。ここはそう言ってきり抜けようぜ。)
ディズィーから耳打ちされ一応は納得する。彼にしては頭のキレが良い。だけど仲間を売ったことを僕は忘れないからね。
「え〜〜!そんな面白い話なんで話してくれなかったの!」
「もうそんなことなら言ってくれれば協力したのにー!私達仲間じゃーん!」
もう彼女が2人も居るから面倒くさい事この上ない。でもディズィーのおかげでモミジから話題が逸れたね。
「いや、最近のアネモネって話しかけづらい雰囲気だったじゃん?」
あの話しかけづらいオーラの前ではとてもじゃないけど話しかけられなかった。
「そう?私は寝る前とかいつも少しアネモネとお喋りしてるけど?」
「昨日も話してたもんね?」
「…フェネットがアネモネとルームメイト出来ていた理由が分かったよ。」
フェネットには雰囲気とかそんなことは関係ないんだね。理由があれば話し掛ける。それだけなのに彼女の行動力の高さが伺える。グイグイ行く方がアネモネにとってもラクなのかもしれない。
「で、どうなの?」
「今日の夜聞きに行きなよ。私ついて行こうか?」
「イヤ…いいよ。あ、狩りの途中だったから戻るね?」
「はあ?アネモネとの話よりも狩りが大切なの?」
「その程度ってこと?どうなの?」
こ、怖い…。フェネット達の下から睨み上げる目が怖すぎて目が外せない。外したら殺られるっていうのが分かる。
「…行きます。聞いてきます…。なので狩りに戻らせて下さい。お願いします…。」
両手を上げて降参のポーズを取りフェネットの要求を飲むことにした。彼女には借りが多いから精神的に逆らえないんだよね。
「…なら良し!」
「ちゃーんと話をするんだよ!明日話の内容聞くからね!」
「はい…失礼します。」
僕はフェネット達にさよならを告げて狩りへと戻ることにした。因みにディズィーはずっと僕の後ろで空気になっていたから彼への信用度が落ちた。もう相談なんてしないから。
「…女って怖え。」
「それは…そう。」
やっぱり意見が合うなと思い少しだけ許してあげようかなって気になる。多分逆の立場なら同じ事をしていたと思うし、気にしていてもしょうがない。明日も顔を突き合わせて狩りに行くからね。
気を取り直していつものように狩りに向かい数匹の獣を銃猟した僕達は家に戻ってから獣を捌いてご飯の準備と皮の鞣しを同時進行で進める。獣の皮はユーが使いたがるから皮の下にある脂などを丁寧にとって一晩干す。あとは彼女が加工してくれるから僕達の仕事はここまで。
ユーに毛皮が手に入ったと伝えると嬉しそうに皮の状態を見ながらお礼を貰った。
「ありがとう2人とも!これはコートの分に回すね!」
ユーは皮のサイズを測って木の板に色々と描き始めて自分の世界に没頭してしまう。これもいつものことだから僕もディズィーも無視。僕達の知らない世界だからね。
そして今日の夜に出した肉ときのこの入ったシチューは好評でまた食べたいとリクエストを貰った。頑張って作った甲斐があったものだよ。ふぅ…今日は良く眠れそうだ。明日も一日頑張らないと…
「さあ、行くんでしょ?報告楽しみにしているから。」
自室のベッドに入ろうと廊下を歩いていたタイミングでフェネットに見つかり腕を引かれて僕はアネモネの研究に使っている部屋の前と連れてこられてしまう。
「言っておくけど泣かせたら燃やす。」
ニコッと笑顔で伝えられて彼女は来た廊下を戻っていく。そして彼女に置いていかれた僕はため息をつきつつ覚悟を決めてドアをノックするのだった。




