雲の上にあるもの
テーブルの上に載せられた食事を堪能しながら僕はみんなの顔を観察する。いつもの食卓にいつものメンバーが揃っている。席順もいつもと変わらない。そして会話の内容もいつも通りで、殆ど決まったような内容を繰り返している。
「ねえ聞いてよ。エピのやつま〜た穴に落ちて出れなくなってんの。それを毎回助ける私の立場を考えてよね〜。」
「おまっ!あれはお前が固定を解除して落ちたんだろうが!」
マイとエピのいつものやり取りをみんながスルーして気にせずに食事を続ける。いつものことだしおふざけでやっている事だと分かっているから誰も気にしていない。
2人はこの近くにある鉱山で金属を掘っている。金属があれば道具が作れるし、金属の成分を調べて千年前と今の地球の環境の違いを調べたりなど使用用途は多岐にわたる。この2人の能力なら割と安全に掘り出せるからね。だからいつも赤い土で全身を汚して食事の前に土をはらうよう注意を受けているのがいつもの光景だ。
「2人とも、いつも言っているけど2人の作業が滞ると私の仕事が遅れるんだけど?」
ナーフは不機嫌そうに魚のフライを口にする。彼女はマイとエピが採取した鉄鉱石や鉄分を含む土を熱して鉄を抽出する業務を担っているので、2人の作業が滞ると非常に困る立場にいるのだ。
「はは、そっちも大変そうだね。私のほうはモミジと一緒に野菜を育てながら木を倒して開拓してるからもう休みなしだよ〜。」
「そうだね〜。作業再開させたらあそこは焼き畑にしようか。」
フェネットとモミジは僕達の食べる野菜や薬になる植物を育ててカイコガ等の家畜の餌なんかを作っている。しかも家畜になる無害な獣を放牧したり餌となる草を食べさせて開拓を進めていたりと多忙な日々を過ごしていた。
「私はちょっと紙が欲しいからそれを昼から作ろうと思っている。」
アネモネはみんなの話を聞いて報告だけを口にする。いつも心ここにあらずみたいな態度で日々研究に没頭している。そんな様子をみんなは気にかけているが特に何もしない。そもそも彼女は何も話は聞いていないからだ。研究にしか思考を割いていない。
「俺達は…どうする?獣狩りに行くか?」
「うん…まあそうかな。野菜を食べられないようにしないとだしね。ベルガー粒子に惹かれてバグが定期的に集まるし減らさないと。」
ディズィーと僕は朝から夕方まで行動することが多い。それはみんなも同じで自分の担当業務をしていればご飯の時にしか顔を合わせないなんてザラだ。ここ3ヶ月はそんな生活を送っている。
「じゃあ私は冬服の続きをしようかな。期待していてね。写真を参考に千年前の服のデザインで作っているから。」
この中で一番楽しそうなのはユーだろうな。自分の好きな服作りに専念出来るし必要な業務だからやり甲斐もある。冬になればとても寒くなり今の格好では寒い冬は越せない。
「…ごちそうさま。」
アネモネは自分の皿を手にして席を立ち離れていく。…これもいつもの光景だ。研究は今の僕達に必要なことなのかは分からないけど、彼女の判断を尊重してあげたい。だから今日も僕は何も言わず彼女を見送るだけ。
(これが平和な時間なのかな…。)
戦いの無い生活なんだから間違いなく平和な時間なんだと思う。でも何故か心のどこかで昔の時間を恋しいと思っている。…これは矛盾した考えなのかな。それとも単に昔みたいな距離感が恋しく思っているだけなのかな。
「どう思う?」
「え、脈絡無さすぎてなんて言ったら良いのか分からん。」
午後から銃を手にして森へと来ていた僕は隣を歩くディズィーに話し掛けた。こういう反応が欲しくて話したから求める反応があり嬉しい。
「今晩はシチューでどうかなって。」
「いいじゃん。じゃがいもと玉ねぎ入れて、小麦でパン作るか。」
お昼を済ませたばかりでご飯の話をするのは結構ツライけど、このぐらいしか娯楽が無いからね。昔の人は狩りを楽しんでやる風習があったらしいけど、今の時代だと娯楽とは捉えられないよな…。
「あ、そういえばモミジからきのこ採ってきてくれって頼まれていたやつどうする?」
「じゃあ湿地近くのジメジメした所を通ろうか。」
昼食の後片付けをしていたときにモミジからきのこの採取を頼まれた。きのこはまだ栽培方法が確立していないので食べたかったら自分達で採るしかない。因みにモミジから頼まれたのは毒の入った種類。薬品に使うらしい。なのでそのついでに食べられる種類を確保出来るとシチューが豪華になる。
「モミジが薬を作ってくれるから助かるよな。病気とかすぐに治るし、もしもの時とかアインの能力でもどうしようもないからな。」
怪我なら僕の能力でどうとでもなるけど、知らずのうちに進行する病気などは僕の能力ではどうしようもない。モミジは知識を蓄えてあるのでそういう分野にも心強い。
「たまにアネモネもモミジからその辺りの知識を聞いていたりするし、色々と使えそうだよね。」
泥濘んだ地面の上を慣れた足取りで歩き、僕とディズィーはモミジの深い部分について触れて話を続ける。
「…良い奴なんだけど、結局あまり分からない所が多いんだよな。未来を知っているのに俺達の事を完全には知っていなかったりなんか変な感じがするんだけどこれって俺だけ?」
「いや、多分だけど正確な所までは分からないんじゃないかな。凡その部分は知っていそうだし、このあとの事はどれぐらい分かっているのかは今の時点では分からないけど、なにかを隠しているのは間違いない。」
あくまで勘の話だけどね。彼女の言動には少しだけ違和感のようなものを覚える。その違和感の正体は…分からないけど、これが改善されない限り彼女を信用しきることは恐らく無い。
「家族なんだろ?アインが聞けば話してくれるんじゃね?」
「いや…寧ろ話してくれない感じがする。アネモネとかには話していそうなんだよね彼女。その辺りからアネモネは研究に没頭し始めたし、何かあると僕は睨んでいる。」
「ならアネモネには聞かねえの?そこまで分かっているのなら聞いていそうだけど?」
うぅ…、痛いところをつかれた。
「…最近はあまり話していない。忙しそうだし、ご飯の時以外は部屋から出てこないから…。」
顔を合わせる時はご飯の時だけ、その時にはみんな居るし聞きづらいんだよね。
「そうだよな〜〜あいつ昔みたいになったな〜〜。アインと仲良くなる前のアネモネってあんな感じだったって思い出したわ。」
散弾銃とバックパックを背負ったディズィーが背中を伸ばしながら昔を懐かしむ。ネストスロークに居た時の事は最早遠く昔の出来事のように感じる。
「…そうかも。ディズィーは本当に良くみんなを見ているね。」
「そうか〜〜?」
「うん、そうだよ。」
「俺が見ているね〜〜。」
ディズィーは空を覆う雲を見上げながら間延びした返答を口にする。そしてその時、ディズィーの目にあるものが写ったような気がした。それを気の所為だと思う事が出来ず足を止めて空の雲を凝視し始める。
「…ディズィー?」
アインは足を止めてベルガー粒子を操作し始めたディズィーを気に掛けながら銃を構える。こういう時のディズィーはバグを見つけた時と同じ反応だからだ。
「…なんで気付かなかったんだろう俺。」
「何か気付いたの?」
相変わらずディズィーは空を見ている。アインも空を見上げるがいつもと変わらない景色にしか見えず、ディズィーの返答を待つしかない。
「ベルガー粒子って人間とバグにしか無いよな?自然的に発生するもんじゃあ…ねえよな?」
「うん。無い生き物も居るけど自然物にベルガー粒子が発生することはない。…まさか、そうなの…?」
アインは空に向けて銃を構える。そして同時にベルガー粒子を操作し始め周囲の空間を支配下に置いていく。これだけの警戒をするのは実に半年ぶりになる。
「ああ、雲にベルガー粒子が混じっている。しかも…あの人型バグと似た感じ。間違いない。上に何か居る。」
僕達の真上に浮かんでいる雲はただの雲ではなく、人型バグの能力によるものだと気付いたのは、地球へと降りて半年以上も経過した後の事だった。




