新生活
モミジの家に居候し始めてから半年の時が過ぎ去った。戸惑いと惰性から始めた生活だったが、生きていて一番平穏で退屈で、楽しい時間ではあったと思う。
任務も忘れ船に乗り魚を獲ってそれを調理しみんなと共有する。そんな生活に慣れていけば次第に能力を使わなくなるけど、次第に慢性的にあったと思われる頭痛も改善し僕達は健康的な生活を謳歌していた。
あ、慢性的にあったと思われるというのは能力を使わなくなって頭が軽くなるような感覚を覚えたからで、僕達にとっては頭痛があるのが正常だったからだ。産まれてからずっと能力を使っていたからね。それが普通の感覚だったんだ。
「ここの食べ物を食べて代謝を促せば薬も次第に抜けていくと思うよ。」
モミジはそう言って僕達に使用された薬の種類などを教えてくれた。中には臓器に悪影響を及ぼすものもあったから彼女の言うとおり自然な物を接種するよう心掛けてね。
彼女は…良い奴だ。いつも僕達を気にかけてくれている。特に僕は家族なのか気にかけてくれていると思うし、良くちょっかいを出されて困らされているんだよね。あの間延びした口調でひたすらだから精神的に辛いものがある…。
だけどそれが彼女なりの接し方だとは分かっているから特に僕の方からは何も言わず受け入れているけどね。
だけど…そんな日常でも忘れられない事や考えないといけないことがある。ネストスロークのことだ。
ネストスロークの目的というか、僕達を地球に送った理由が分からない。単純に地球奪還作戦のためなのか、僕達が邪魔だったのか。考えても分からないしモミジも良く分からないと言っていた。
ネストスロークが僕達を産み出し育て地球へと送り込んだ本当の狙いというのがあると僕は考えている。それが今の僕の目的であり生きる為の目標でもあった。
「ディズィーはさ、今の生活は楽しい?」
「んあ〜?楽しいんじゃね?俺達の今の生活って分からんけど平和だし、これが幸せな暮らしなんじゃねえか?」
ディズィーと船から網を投擲して魚が引っ掛かるのを待ちながら他愛ない会話を始める。いつもディズィーとはこうして食料調達に湖へ訪れているけど、今日は雨が降っていないから最高だ。雨が降ると濡れるし船が重くなるしで移動が大変なんだよね。
「そうだけどさ、昔とは変わってしまったじゃん僕達って。」
「…そりゃあ変わるだろ。変わらねえのは俺達だけかもな。…みんな、変わったけどさ、別に悪いことじゃねえよ。」
ディズィーは湖に沈む網を見ていてお互い顔を見合わせながら会話はしない。いつものルーティンを繰り返し変わらない日常を愉しむ…。それしか僕達の選択肢は残されていない。
「僕達ってこれがしたかったのかな?ネストスロークから抜け出したのは、こうして何も無い日々を過ごす事だったのかな…。」
「…どうだろうな〜。俺はみんなが明日死ぬかもしれない世界から抜け出したのは良いことだと思う。こうやって人生の事を考える時間を取れる環境は俺達にとって大切だと思うから。」
ディズィーの考えはいつもみんなを中心に回っているから話をしていて非常に話が合う。だからこんな会話をするのは彼だけで、多分ディズィーもこんな会話をするのは僕だけだと思う。
「でもこんな生活ずっとは続けられないよね。この雲が晴れたらネストスロークが衛星で僕達を補足すれば終わってしまう。いつかはネストスロークとの問題を解消しないといけないと思うんだよね。」
「そりゃあ…そうだけど、今それをみんなの前に言うのは止めた方が良いと思うけどな。」
「ディズィーの前でしか言わないよ。だからさ、2人でどうにか出来ないかな?モミジを誘ってもいい。みんなは自分の将来を見つけて過ごしているし、僕とディズィーはみんなを今の生活を変えさせたくないって考えている。どうかな?」
そこでディズィーと目が合う。彼は少しだけ考えてから返答した。
「…まあ、順当に考えたらそれしかないよな。俺は肉体労働しか取り柄無いし、俺はアインの話に乗るよ。上手く使ってくれよアイン。」
「そんな言い方しないでよ。僕は仲間として友達として相談したんだからさ。僕にとって一番仲が良くて信頼出来るのはディズィーだからさ。」
僕は本心を話すとディズィーが理解できないような表情で固まる。…何で?なんか変な事を言ったかな?
「信頼出来る…?俺が…?わりいけど俺頭悪くていつも迷惑かけてんのに?」
ディズィーは本当に理解できない事を言われたと語るけど、ディズィーに助けられた場面が多くて逆に僕のほうが迷惑をかけている気がする。
「いや、ディズィーはね確かに…頭を使わない場面が多いけど、それがかえって良いんだよ。単純だからこそ嘘が無いから。」
「…馬鹿にされている?」
「頼りにしている。」
「…そっか。へへ、悪い気しねえや。」
ディズィーは照れながら網を引いて獲物を確認し始める。僕も網を引っ張るのを手伝って今日の昼飯を確保することが出来た。
「良し帰ろうか。お腹を空かした子供がいっぱいいるし。」
「アッハッハッハ!みんなでけえけどな!」
ボートという種類の船をオールで漕いで急いでみんなの待つ家へと戻る。船から魚を入れた木箱を下ろしロープで船を固定し、帰路についた。
その途中にネストスロークからモミジへと送られた補給船を確認し、ディズィーとアネモネのやっている事について触れる。
「アネモネも毎日飽きないよね。今じゃバグの研究を一人で黙々とやっているし、必要な機材を補給船から運び込んでさ。」
「ずっと昔の機材なのに直して使っているんだろ?スゲーよな。俺にはちんぷんかんぷんだわ。」
アネモネは大昔にモミジへと支給された研究の機材を一人で直しそれを使いながら研究に没頭している。モミジはネストスロークからバグの研究をするようお願いされていたらしく、それをアネモネが引き継いだ形になった。
「僕もだよ。たまに生体サンプルが欲しくて唾液と血液、髪の毛とか求められるからちょっと困るけど。」
まるでバグの研究に僕の生体サンプルが必要みたいなやり取りをしてからちょっとアネモネとは距離が出来ている。嫌悪感とかは無いんだけど、今の彼女には余裕が無さそうに見えるからそっとしているのが現状だ。
「あ、俺も皮膚の一部とか前に上げたな〜。なんか他のみんなからも集めているっぽい。…なんかモミジも提供してるってさ。」
「へーそれは初耳だな。あまりアネモネとは最近話していないし、ご飯の時しか合わないから。」
「ちょっとだけ寂しいよな…あまり力になってやれねえし、こうやって美味いもんを提供するしかねえのがさ。」
「まあね。僕の能力も戦い以外だと案外使い道無いしこうして食料調達しかやることないもん。」
ディズィーと僕が食料調達をし始めたのは自然な流れだった。僕とディズィーは案外平和な環境下だと肉体労働しか出来ることはない。まあこうやって2人で話しながら仕事が出来るから良いんだけど。
「いやいやアインはモミジから能力を使うのを止められているからだろ。なんだっけ、脳への負担を無くすためだっけ?」
「うん、僕も流石にバグみたいにはなりたくないしね。ただでさえアイツらの声が聞こえるぐらいには脳が人間から違う造りになっているから気を付けないと。」
モミジの話を信じると僕の脳はバグに寄ってしまっているらしく、それで人型バグの声が聞こえるなったらしい。モミジは僕と自分が似た状態だって言っていた。バグと人間の中間にあって、耀人とはまた違う生き物だと。
「それもあまりみんなには言うなよ。モミジとお前と俺しか知らないんだろ?お前から話された時はビックリしたわ…」
「おーい!おかえりーー!」
「…ビックリしたぜ。」
家に着いた事を忘れてヤバい内容を話していたけど、どうやら向こうは気付いていないようだ。ユーがいつものように家の前に置かれた椅子に座って編み物をしており、僕達の帰りに気付いて「おかえり」と手を振って労いの言葉を掛けてくれた。
彼女も自分のやりたいことを見つけて今も服作りに邁進している。僕達はそれを手助けするために雑用を率先しているといって過言ではない。
「2人で何話していたの?」
僕はディズィーと2人顔を見合わせてからお互い一回頷く。
「昼飯はどっちが作るか決めていたんだよ。」
「今日の担当は俺だから楽しみにしててくれ。1時間したら飯出来るからその時はみんな呼んできてくれねえか?今日は外で食おう!」
そうして僕達は今日も平和な生活を演出する。この時間を出来るだけ延長しみんなの笑顔を見るために。




