行き先のない小屋
彼女の話した内容は僕達の想像を絶するものだった。何て考えたら良いのかも分からない。これにどう向き合うのが正解なのかすら思い付かない。だけど他人事で片付けられるものではないことは確かだ。
「…君は、それで一人ここで暮らし続けていたの?辛くは…なかった?」
僕の最初に出た言葉は彼女を心配した言葉だった。モミジも予想外だったのか呆けた表情で僕の顔をまじまじと見て、それで変な笑顔を浮かべた。
「ふふ、辛いとかそんなものはとうの昔に忘れてしまったよ。今あるのはただこんな世界をどうにかしてほしい…そんな無責任な考えだけさ。私達は当事者なのにね。」
そんなことを疲れ果てた顔で言い、同情はいらないと付け加えた。…なら何故僕達をここに連れてきて語ったんだ。彼女は加害者かもしれないが、被害者であるのは間違いない。何も悪い事はしていないだろうが…!
「ねえ、私から貴方に聞きたいことが出来たんだけど良い?」
アネモネは何か得心のいった表情でモミジに声を掛けた。…アネモネ?
「ん?別に良いよ。なにかな?」
「バグって何なの?元は人…だったんでしょ?そこら辺の説明が無いから気になったの。貴方は知っているんでしょう?」
バグ…モミジの話ではそう捉える事が出来るけど確信出来る情報は無かった。
「そうだね。でもさ、結構そこの所はもう十分情報は出したつもりだよ。言ったよね。能力を制御するにはそれなりの脳味噌がいるって。」
モミジはアネモネから傍らに居る人とバグの融合した自身の家族に目を向ける。
「あの子達も能力を制御するのに人間の身体では無理だったからああなっただけで、みんな大体は人の姿を模していたでしょう?精神は人間のままなの。人としての矜持がまだ残っているんだろうね…。」
なんて嫌な話だろうか。人型バグも被害者だった。勿論人を殺しまくっている時点で加害者なのは間違いないけど、そもそもの原因は…ネストスロークにある。
「…ありがとう。凡その話は理解出来た。だけどそれが真実だって根拠は無いんだけど?提示出来るものはあるの?」
確かに根拠が無い。みんなもこの話を半信半疑程度で聞いていると思うし、いきなり僕達の所属しているネストスロークが原因で人類が絶滅しかけたなんて到底受け入れきれない。
「…私の能力はね、こうやって手を当てると情報のやり取りが出来るの。」
モミジは恐らくだが変わり果てた家族の脳の部分に触れてベルガー粒子を操作し始めた。僕の視点からは光の粒子が腕を介して行き来しているように見える。
「私の母親と呼べる人は何人も居るけど、その一人に未来や過去を知れる能力を持つ人が居る。その人の脳の中には未来・過去の記憶が残されていて、私はその情報をこうして自分の脳へ移せるの。」
光の粒子は腕から彼女の首、頭へと運ばられ彼女の脳で停滞する。これが彼女の言う能力なのか…
「この記憶は真実しか無いんだけど、アナタ達には分からないよね。だから私の家には私の話が真実だと証明出来る資料があるからそれで確認して欲しいかな。」
「あれってそのためのものだったのね。」
「うん、だから暫くは私の家で過ごして欲しい。ここは安全だからね。アナタ達が耀人の近くに居るのはあまり良い事ではないから。」
それはかなり助かる申し出だけど、彼女のメリットが分からないな。
「それでモミジの利点ってなに?僕達をここに置いておいて何かメリットがあるの?」
「メリット…?無い…んじゃない?ただほっとく事が出来なかったし、私の家族も居たことだしね。」
モミジは僕の顔を見てそんなことを言う。…やっぱりそうなのか?彼女の話から何となく察しはついていた。彼女と僕は恐らく…
「え、なになに。アインが、その…カゾク?なの?」
みんなも僕とモミジの間に何かあると勘付いて僕達を見ている。
「多分だけどね。アインは特異点だから私の能力でも完璧には把握出来ない。でも間違いなくあの人の血が流れていると思う。じゃないとあの子達と能力で対抗出来ないからね。」
また特異点って単語が出てきた。僕がその特異点って根拠はあるの?
「…それって人型バグと僕がキョウダイってことだよね。」
「うん、ネストスロークでは定期的にあの子の遺伝子を使って個体を造っているからね。アインは多分その遺伝子と誰かの遺伝子を合わせた個体だよ。だからそんなに強力で唯一無二の能力を持っている。」
千年前に実験に使っていたから生体サンプルを所有しているとモミジは付け加えた。千年経っても悪用されるなんて、なんて可愛そうな人生なんだろうか。
「じゃあ、いつかは僕も彼らのようになるの…?」
能力を制御するために身体が変容すると話されてから不安だった。いつか僕もそうなるかもしれないという事実が僕にも適用されるかもしれない。
「それは無いと思うよ。あの子達は自分の能力を自身の脳で制御出来なくなったけど、今の君はかなり安定して能力を行使してるように見えるし、あまり気にしなくて良いかも。」
「それを聞いて安心したよ。良かった…。」
でも僕もいつかは人型バグのようになるかもしれない。それをちゃんと覚えておかないといけないな。
「あと聞きたいことはある?」
モミジはみんなの顔を見回しながら質問をした。みんな聞きたいことがあるようで質問をモミジに問い掛ける。
「ネストスロークって悪い…人達の集まりなの?もしそうなら私…耀人達や死んでいった人々になんて言ったら良いのか分からないよ。」
これはフェネットからの質問。彼女は自分達の居た組織が悪い事をして人間を滅ぼしかけたことを非常に気にしているようだった。
「アナタ達は被害者だよ。だから気にしなくていい。悪いのはミューファミウムのやり方と思想だから。ネストスロークに名前を変えても変わらない所もあるけど、もうあそこも時間の問題だし気にしすぎないでね。」
彼女はネストスロークにはあまり時間が残されていないと言い、フェネットを気づかった言葉を掛けてくれた。彼女を信用してもいいのかもしれない。
「じゃあ俺から1つ。俺達をネストスロークに頼まれて助けに来たんだよな?じゃあネストスロークは俺達が生き残っているって知っているのか?」
「いや捜索を頼まれただけで何も報告していないよ。帰ってきたばかりだしね。因みに私は連絡はしないつもり。アナタ達の意見を尊重するよ。」
ディズィーの質問は間違いなく僕達の状況を確認出来る良い質問だった。彼女はネストスロークと連絡を取り合っているのはどういう経緯があるんだ?
「えっと、じゃあ何でネストスロークと連絡を取り合っているの?」
これはユーがみんなの疑問を代表して聞いてくれた。
「今は殆ど無いけどネストスロークが衛星から地上に向けて呼び掛けをしていた時代があってね。今も交流があるのはその時の名残りかな。今は厚い雲に覆われて連絡を取り合うのは天気次第だしね。」
「連絡って何を主に聞いているの?」
ナーフが掘り下げて質問をする。話せば話すほど僕達の無知さが露呈するけど、聞かないといけないことが山のようにある。
「地上の様子や人類の数とかかな。あとは食料になりそうな物を言ったりね。その報酬で向こうから機械類が送られてくるの。この懐中電灯みたいにね。」
「恨んでいる相手に交渉してんのか?」
エピの質問はかなり攻撃的だけどモミジのスタンスを確認するには良い質問だと僕はそう捉えた。
「贅沢言える立場じゃないからね。私だって他者と交流したくなるの。家族はみんなあんな感じだし、耀人に近づき過ぎるのは彼らの生活を脅かすことに繋がるから。」
「じゃあモミジって私達と交流したくて助けたってこと?」
「…そうなのかも、どうだろう…人との繋がりに飢えていたのかなぁ。何百年も生きていたし、君達のような仲間が恋しくて…嫉妬していたのかもね。」
マイの質問というか疑問はモミジにとって意外だったらしく彼女は目をパチクリとさせ、自問自答を言いながらどこか納得したように答えを僕達に提示したのだった。




