不滅
2つに別れた身体が一つになる。人型バグの身体は堅い結晶体から蜜のような粘度性の高い流動体へと変わり、切断口同士を合わせて元の形状と体積へと戻る。
この現象からこのバグの不滅性を物語っていた。
例え身体を3つに切断されようが一万以上ものパーツで別れても復活出来る。それがこのバグの性質。核と呼べるものも無いので弱点も無ければ活動停止に追いやる事も不可能。そんな相手にアイン達は逃げ出さず戦う道を選んだ。
この選択が彼らのこれから先の未来にどう影響していくのか、いま正に証明されようとしていた。
「…復活したかな。しかも更にパワーアップしている。」
ここからでも人型バグの巨大なベルガー粒子と熱量を感じる。本当に凄まじいな…ベルガー粒子量なら前に戦った光を操るバグよりも上だ。
「…あれってベルガー粒子が多くなってどんどん大きく見えているのかな。それともこっちに近付いてきて大きく見えているのかな。」
僕達にはベルガー粒子しか見えていないから大きく膨れて見えているのかな向こうがこっちに近付いてきて大きく見えているか分からない。
でも視力が高いディズィーにはこっちへ向かってきているバグの姿を捉えていた。
「いや凄い勢いで来てるっ!あと数秒もしない内に接触するぞっ!」
距離が近付くほどに距離感がとても近くに感じるようになる。敵は後方にエネルギーを噴出してその推進力で向かってきていた。その速度は恐らく音速を超えている…!!
「ユーッ!」
僕はすぐにユーに能力を行使するように名前を叫んで能力の行使を始めた。そしてユーはすぐに理解し僕達を取り囲むような球体のバリアを張った。ドーム状ではなく球体状なのは敵の攻撃が地面からでも飛んでくるからだ。さっきまで地面が真っ赤に熱せられた事を考慮した結果この形が良いと彼女が判断した形だ。
その影響でバリアが地中にまで侵食しているが、今の彼女ならこれぐらい容易いだろう。僕はそのバリアだけに範囲を絞り能力を行使した。これなら空間全体を能力で固定する必要はない。バリアだけなら薄い面だけの体積だけで済む。さっきまでは半径10メートルの球体全体を固定していたからね。
「きゃっ!」
女性陣の誰かの悲鳴がバリア内でこだましたけど、悲鳴を上げたくなる理由は分かる。バリアを張れたタイミングと同時に敵がバリアに衝突して辺りの景色が一変されたからだ。
敵が飛ぶようにこちらまで移動してきて、その勢いのままバリアに激突したせいで凄まじい轟音が響いて衝撃の重みを骨全体で感じた。バリアを固定していたから壊れる事は無かったけど完全には防げていない。
音と衝撃、あと熱がバリアを貫通してきたのだ。人体に対し大した影響のあるものでは無かったけど、僕達にバリアだけでは完璧には防げないという事実を突きつけられた。その驚きは凄まじい。
しかもバリアの外はとてもではないが生物が生息出来る環境ではなく、マグマのように高温に溶けた地面に、近くにある山々よりも高く大きく立ち昇る蒸気で、敵の攻撃による被害の大きさはあの光を操る人型バグ以上だと確定した。奴が動くだけで地球の表面が焼け爛れる。
人どころかバグ達ですら生き残れない環境をコイツはたった1体で創り出せてしまう。…危険だ。僕達だけの問題じゃない。セパレート・インフィニティ達にも悪影響が及びかねない。彼女達にはこのバグに対して対策を建てられないし、あっという間に滅ぼされてしまうだろう。
「…ここでやらないといつか耀人達がコイツに殺されるかもしれない。」
僕がみんなにそう言うとバグの能力による被害の大きさに若干押され気味だったみんなの目に戦意が戻り、ベルガー粒子の動きが活発になっていく。
先ずはこのバリアを解除したら外の熱に耐えられないから、何か上手い方法を考えないとだけど…どうしたものか。
「…私が空気をみんなに纏わせて呼吸出来るようにするからアインはその空気に能力が干渉出来ないよう能力を行使出来る?」
アネモネの提案はかなり良い案だけど問題が一点だけあった。僕の能力で完全に温度の干渉を消すことは出来ない。というより出来るけどしないというのが正しいかな。温度が無い状態はエネルギーが無いと同義語。きっと死んでしまうと思われる。
「温度を完全には不干渉には出来ない。だから温度を防ぐやり方を考えないと駄目だ。」
良い案だから方法の確度を上げて詰めていきたい。こうしている間も敵の攻撃は続いている。奴から発せられる橙色のエネルギーが視界全体に広がりバリア内が蒸し暑くなってきた…!
「…なら私のバリアでアネモネの操作する空気を包んじゃえば良いんじゃない?駄目かな?」
ユーはバリアを維持しながら僕に提案した。だけどそれは可能なのだろうか。ユーの言い分だと8人分のすっぽり入るバリアを同時に展開するってことになるんだけど、それだと彼女の負担が大き過ぎるしそもそも不可能じゃないか?
僕はそう考えそれが顔に出ていたのかユーは不服そうに異議申し立てを述べる。
「感覚は掴んでいるから大丈夫。戦闘の間は絶対に張り続けるし、動きを阻害出来ないよう宇宙服みたいな形にバリアを作るから。」
かなり自信があるみたいだけどそんな使い方を見たことが無い。ユーはそこまでコントロールが出来るタイプではないから不安だ。パワーはそれなりにあるからかなり高い高さまで人を運べたりするけど、人数には制約がある。
彼女の場合は複数同時に能力を行使すると制御が甘くなって途中で能力の行使が出来なくなってしまう事があった。あの時は訓練中だったから良かったけど、今はバリアが途中で解除されたら一瞬で蒸発してしまう。リスクが高過ぎる。こうやって1つの大きなバリアを張る分なら心配ないんだけど…
「何?“私”のユーに不安があるの?」
「ナーフ…」
紫色の髪を後ろに流したナーフが面倒くさい事を言ってきた。…早くユー離れしなよ。卒業したと思ったら未だに健在だったか。
でも…ふふふ、あのユー大好きナーフが太鼓判を押すんだ。僕も仲間達を信じないとね。
「分かった。先ずはアネモネが能力を使ってその上にユーがバリアを張ってみよう。それで問題なさそうなら僕がバリアを固定するから。」
「…任せてっ!!行くよっ!!」
ユーは嬉しそうにその場を跳ねてアネモネと一緒に能力を合わせ始めた。…出来るだけ早くしてくれよ。敵は待ってくれなさそうなんだ。バリアを固定しているから分かるけど、熱量を上げられると僕の脳への負荷も高まるらしい。敵が気付く前にケリをつけないと…
「良し…オッケーかな。安定しているし漏れた箇所も無いでしょう?」
「完璧よユー。どこからも侵入出来ない。」
バリアがされていない箇所が無いかをバリア内にある空気を動かしてアネモネが探し出すが漏れは見つからない。大丈夫そうだ。なら次は僕の番…
「…みんなのバリアは固定した。衝撃や熱は防ぎきれない事を忘れないで。」
本当に機能自体は防護服みたいだ。問題なのは空気をバリア内に入れてあるけどいつかは酸欠になってしまうのでタイムリミットが存在するから早く決着をつけないといけないこと。
「私も空気の分子を固定して温度が皮膚まで届かないよう努力するからヤバくなったら言ってね。皮膚の表面の空気を真空にして熱を遮断してみるから。」
みんなで出来るだけの準備は整えた。そしてついにユーがみんなに合図を出して周りにある球体状のバリアを解除する。そして橙色のエネルギーに包まれたと思った瞬間にとんでもない熱を身体のあっちこっちから感じて死を予感したけど、熱い風呂に入っているぐらいで何とか収まった。
アネモネのベルガー粒子が身体の周りに忙しそうに飛び交い温度調節をしてくれているみたいだ。本当に助かったよ。火の中に飛び込んだような錯覚を覚えるほど熱かったからね。
「…これはチンタラしている暇なんてねえなッ!」
ディズィーが一番最初に動いた。ディズィーの動きにユーとアネモネの能力がついてこれるか心配になったが、僕が心配をするよりも前にディズィーはバグに向かって突っ込み拳を振り抜いて…
「あっちっちち!!」
バグの近くに行くほど熱源の近くだから熱かったのかディズィーはそんな事を言いながらもバグの身体に一撃を決める。拳は結晶体の身体にふれると轟音を鳴らしバグの身体は爆散した。その衝撃で地面の表面が弾け飛んで破片が空高く舞う。
「手応えねえ!あえて衝撃を大げさに逃しやがったな!」
感覚混じりの感想だけど理解出来た。あの一瞬でディズィーの攻撃をいなした敵の動きにとても嫌な予感がする。…一筋縄ではいかせてくれないか。




