強襲の地
ゲートをくぐった先は明かりもなく暗い空間で、先ずはここから外へ出れる場所を見つけなければならない。
「みんな灯りは持っているよね?それで周囲を確認しよう。」
ミカエラ達から貰った物資の中に発光する鉱石がある。これで辺りを照らそう。みんなが発光する鉱石を背負った荷物から取り出して辺りを照らす。ここも糸が壁や床に張られているけどカイコガは一匹しか居ない。…たった1体でここに居続けているのかこのカイコガは。
ゲートから次第に離れていきミカエラ達の様子が見られなくなった。彼女達には何かあったらゲートを閉じるよう伝えている。カイコガを繭から離せばゲートは簡単に閉じるそうだ。
「こっち出口っぽい。」
フェネットが出口らしき通路を見つけてくれた。すぐに行かないと。僕達の持ってきた食い物にも限界はある。長く滞在すればするほど餓死の危険性が高まるから早く行動したい。
「良しみんな行こう。」
暗くて狭い通路を歩いていく。道の長さは結構長い。1分ぐらい進んでやっと出口を視認した。出口から流れてくる風は澄んでいて心地がいい…だがその心地良さが逆に気持ち悪く感じる。ここから先は耀人ですら戻れない土地、絶対に安全でも平穏な土地でもない。
「…出来るだけベルガー粒子を抑えて行こうか。見つかったら戦闘は避けられない。」
「うん、分かったよ。みんなも能力を使うのは出来るだけ抑えて。」
いきなり襲われるなんて可能性は高くない筈、だから出来るだけ敵に見つからないよう行動を心掛ける。
「…見えてきた。外だ。」
出口に近付けば近付くほど床や壁の材質が分かってくる。アマツのような岩を削ったような感じではなく、寧ろ懐かしいと感じさせる材質だ。そう…まるでネストスロークに使われているような材質。自然界にはない人工物で構成された通路に思える。
(…可能性が出てきた。)
確かな手応えを感じ僕は出口の縁に足を掛けた。
「…マジか、これがトウキョウ…!」
出口の先は崩壊した建造物が視界いっぱいに広がっていてそれに目を奪われたが、僕達の居た場所があまりにも高い位置にあって地面から数十メートルも高い。何も知らずにもう一歩踏み込んでいたら下へ落ちてしまっていただろう。
「ここ崩壊した建物の中だ。見てみて、あそこに有るように僕達の居るのは建造物の中みたい。」
僕達の居る建造物は恐らく半分は崩落していてまるで縦に割れたみたいになっている。地面を見るとこの建造物の崩落した瓦礫らしきものが見えるから多分この仮説は間違っていない。
「こんな高い場所にカイコガのゲートが繋がっているなんてね…」
みんなも出口の縁に立って下を覗いたり周りの様子を伺う。特にディズィーは遠くの方や色んな所を注視しながら警戒している。彼の視力なら見通せるかもしれない。
「………バグは見えないけど分かんね。ベルガー粒子も確認出来ないから人型バグみてえなのは近くには居ない。」
「ありがとうディズィー。ならここから降りる方法を見つけよう。最悪能力を使用することを視野に入れて。」
もう敵地に居ると考えていいだろう。だってバグが居ないなんて有り得ない状況だからだ。獣や虫型のバグは森の中や丘の上にも居たぐらいどこにも居ておかしくない存在。なのに辺りを見渡せる場所から観察してもバグの1体も見つからないなんて怪しいなんてもんじゃない。
みんなもそれが異常だって分かっているから警戒をさっきよりも強めている。まさかバグが居てくれた方が嬉しいと感じる日が来るなんてね。
「…多分居る。隠れていると思う。知能の高い個体が絶対にこのトウキョウに居るよ。」
可能性の問題じゃない。確信だ。絶対に奴のようなバグが潜んでいる。
「人型バグクラスの個体が。」
自然と喉がきゅっと締まり息苦しくなる。まるで喉を人の手で締めているような感覚だ。ここがアマツのような土地ではないのは間違いない。この草木が一本も生えていない状況が全てを物語っている。
「ねえ、みんな分かっていると思うからただの確認なんだけど、植物が見当たらないのはおかしいよね?建造物と土しか無いのって異常だと思っていいんだよね?」
マイは自分の認識がおかしくないか聞いてきたけどそれを肯定する知識を僕達は有していない。でもみんなこの光景が異常なのはどことなく分かっている。
「植物って結局のところ現代ではバグなんだよね?つまりここってバグが居ない土地なんじゃない?」
ユーの指摘はもっともだ。この地球を覆う光に貫かれて全ての生き物はバグに変化していった。その話が確かなら植物も全てバグである。あのアマツの周りに生えていた竹が分かりやすい。
「それだと耀人が戻ってこない理由が説明出来な…」
ナーフがユーに対しそう答えようしたタイミングで遠くにある建造物一部が崩落して地面に叩きつけられる。その音は異常なほど良く響き僕達の身体を震わせた。
「…今のって自然的に落ちた?」
誰も見ていないから分からない。自然と落ちたかもしれないしそうではないかもしれない。会話に集中していて辺りの警戒を忘れてしまっていたから誰一人として見ていなかったのだ。
「分からない。どの建造物も古いし千年は手入れしていないから脆い建物ばっかりだと思う。人が居なくなった建造物って劣化が早いから。」
エピは持ち前の知識で説明をしてくれるが、結局のところは何故崩落したかまでは分からない。
「なら早くここから降りた方がいいかもね。ここも相当古そうだからいつ崩落してもおかしくない。」
アネモネの言うとおりここも危険なのは変わらない。僕達はどうやって降りるか話し合い方法を決めた。ユーのサイコキネシスで複数回に渡りみんなを降ろしていく事で決着したのですぐに行動に移してみる。
「先ずはエピかな。地面に触れていつでも地中に逃げられるようにして待機していて。ディズィーと僕は最後。ディズィーは辺りを見ながら待機し僕はみんなを戻せるようゲートの近くに居るから。あとは順番は何でも良いよ。」
これが一番良い方法だと思いユーに頼んでエピから優先して降りていく。ここまでは順調。だけど嫌な予感が止まらない。隣りにいるディズィーもそれを感じているみたいだ。
「鳥肌が止まんね〜。ここ多分やべー。耀人が戻ってこない話本当だわ。もうゲート通って戻りてえもん。」
僕達の中で一番大きな身体のディズィーが縮こまって弱気な発言をする。…異形能力者の勘がここは危険だと告げているのかもしれない。こういう時のディズィーの勘は外れた事が無いから僕も神経を張り巡らせて辺りを警戒する。
「生き物が居ないってことはさ、ここでは生き物が生きれない環境ってことで良いんだよなアイン?ならさ…ここってヤバくないか?植物型や虫型を殺し尽くす能力を持った奴が居るんじゃ…」
「…怖いこと言わないでよ。人型バグですら人間しか狙って来ないのに、もしディズィーの言うとおりならトウキョウには全ての生き物を殺そうとする何かが潜んでいることになる。」
つまり凶暴さと殺意はあの人型バグを超えている。あの人間への殺意を押し固めたような目…あれ以上の生物が居るのか?もし居たのなら出会いたくないな…
「じゃあ私は行くけどちゃんと見ていてね。」
「あ、うん。気を付けてねアネモネ。あ、ユーもバグに狙われるのならこの中で能力を使っている君が一番狙われやすいから気を付けてね。」
「うん分かっているよアイン。ディズィーも警戒頼んだよ。」
「お、おう。任せておけユー。アネモネも気いつけてな。」
ユーがアネモネを連れて行き残されたのは僕とディズィーの2人のみ。ここまでは順調、だけど何故か心臓の高鳴っていく。
まるでどんどん取り返しのつかない行動を気付かないまま繰り返してしまっているような感覚…。
「…ヤバい、ヤバいヤバいヤバいヤバい。何かに見らてんぞ…誰かに見られているぞアイン!おいユー!アネモネ!早く隠れろ!!見つかってるぞ!!」
僕にとってはただの感覚の段階にしか過ぎなかったけど、ディズィーにとっては確信を得れるものだった。敵は僕達はとっくに見つけていた…!
「アネモネ!ユー!」
下にいるエピ達が2人の名前を叫ぶ。ディズィーの声が下にも届いたのだろう。だが僕達は2人を気にする暇なんて無かったのだ。
どこか遠く、空の彼方から何かが高速で飛来し、僕とディズィーの居る建造物に衝突した。




