海の色合い
大量の水が擦れ合う音が離れていても聴こえてくる。ここがラフィッセン…!アマツとは趣が違う地だ!
「うっわああ〜〜…これが砂浜!海ってこんなにも広いんだ!」
ミカエラの案内で僕達は生まれて初めて海に訪れていた。海といってもバグが海中に居るから僕達の居るのは砂浜だけどね。
途方も無い量の海が視界いっぱいに広がり、呼吸をすれば独特な匂いが風に乗って僕の鼻孔をくすぐる。データでは分からなかった事が色々と分かって楽しい。でも前に見た画像データとは海の色合いが違う。
海は青かった記憶があるけどこの海は緑色っぽい。これはこれで綺麗なんだけど昔の地球とはかけ離れているから少しだけ悲しく感じてしまう。
「綺麗…」
「すっげーー!」
みんなも海を見てはしゃいでいる。僕はここの地形を見回してみた。ここは全体的に斜面となっており、海に近付くほど地面が低くなっていく。そして先程まで居たアマツとは違ってラフィッセンの地表は木々の数が極端に少なく地面があらわになっている面積が多い。
「まるで違う土地だ。生えている木の種類も違うし土の感触も違う。しかも気候も違うような…」
「そのとおりでございますアイン様。ここはアマツのある島から海を渡って更に大陸を越えた場所にありますから。」
「…え?それってかなりの距離じゃないの?それをあそこを通るだけで?」
「えーーと、距離はですね。もし歩きでアマツからここまで来ようとしたら船で海を超え山を越えて砂漠を踏破してまた山を越えて……なので多分何年も掛かります。地図も無いですし実際に歩いて行った人も居ないので案内役も居ませんから。」
面白いなそれ。実際に歩いて行った人は居ないけどゲートは繋がっているから人の行き来はあるのが面白い。ミカエラの話だと魚介類などがラフィッセンで良く取れてアマツに運び込まれるらしい。逆にアマツで取れた野菜などがラフィッセンに良く運び込まれるんだって。そうやってお互いに欲しい物を貿易して発展させている。
「…アインさ、ネストスロークにカイコガが一匹居れば食料問題解決しそうじゃない?」
「確かにユーの言うとおりだけどカイコガを宇宙へ連れて行っても生きれるかは分からないよ。それに繭が無いといけないし現実的ではないかな。」
だけどネストスロークでは遺伝子操作でネストスロークに適応した個体を選別して繁殖させられそうだ。まあ、あり得ないけどね。ネストスロークではバグのサンプルすら持ち込みを禁止されているからね。研究はされないだろう。
「それにそもそも僕達がネストスロークに戻る手段がない。通信機も無いし空に掛かっているこの何色にも光る雲のような靄が衛生のカメラを遮っているから僕達を見つけてもらえないし。」
「そうよね。定期連絡が度切れているし、こうやって外で活動していても特に何も降ってこない所を見ると全滅したと思われてそう。」
アネモネは空を見上げて推測を話したが間違いなく向こうはそう認識しているんだろうなと自分も考えている。他のみんなも分かっているけど敢えて触れずに言葉にしてこなかった部分だ。
「どうします?ラフィッセンを見て回っていきます?数日は掛かりますけど。」
僕達が居る場所はラフィッセンを見渡せる場所だけどここに来るだけでも結構距離があったんだよね。向こうに見える建物の所へ行っても注目されて足留めくらいそうなんだよな。
ラフィッセンはアマツとは違って地下に大きな建造物は無い。小さな家のような建物が海の近く一帯に並んでいる。因みにゲートがある繭は海から少し距離のある木で出来た建物の中に一つだけあるだけで他にはゲートはない。ラフィッセンに住んでいる人達が他の地域へ行くにはアマツを経由して移動するしかないようだ。
「いや…またの機会かな。僕達も色々とやりたいことがあるし。」
「やりたいこと…?」
ミカエラは耳を小刻みに動かし僕の目を真っ直ぐ見てくる。まるで嘘を見抜こうとするような視線だった。
「…僕達がここに来た意味さ。ずっと考えていたんだ。僕達と耀人は一緒に居るべきじゃないって。」
「アイン?それってどういう意味?」
フェネットは僕の言った意味が分からないようで質問してきたけど、アネモネ辺りは分かっていそうだ。
「耀人が文化をここまで発展させ生き残ってこれたのはバグの襲撃が無かったからだよ。それはみんなも分かるよね?」
僕はミカエラに背を向けてみんなの方を向いて話し始める。共有しないといけない情報があるからここで話してしまおう。
「分かるけどさ、それがさっきの一緒に居るべきじゃないって話に繋がるんだ?」
「それはディズィー。僕達が居ると耀人の生活圏にバグを引き寄せてしまうからだよ。」
「あ、そっか…ベルガー粒子ね。」
ナーフがベルガー粒子の存在、性質を思い出し僕の話を理解してくれた。それを聞いたみんなも僕達能力者の危険性を理解してくれたみたいだ。
「うん、人形バグが的確に僕達能力者を狙って襲撃してきたのはベルガー粒子を認識しているからだよ。それにあの目も耳も鼻もない植物型バグが的確に能力者とバグを狙って襲ってきたのもベルガー粒子に反応していたからだし、個体差で探知出来る距離は違うとは思うけど人形バグはかなり遠い能力者でも正確に見つけ出せていたと思う。」
あくまで推測混じりの話だけど、無視できるような話でもない。
「僕達と耀人が同じ場所で生活するのは彼女達に迷惑を掛けることになると僕は考えている。彼女達はバグに襲われる経験がそもそも無いんだよ。狩りをするのとは訳が違う。絶対に奴のような人型バグに殺される。」
能力無しにバグとは戦えない。ミミは狩りが得意って言っていたけどそれは小さなバグを狩るのが得意なだけで、あんな理不尽な能力を行使するバグを狩れるなんて考えていない。
「僕は嫌だ。彼女達を死なせてしまうのは、もう誰かが死ぬのを認識したくない…!」
「アイン…」
生き返らせようとベルガー粒子を死体に纏わせて時間を逆行させる度に死そのものを脳で認識する必要がある。これがどう言い表したら良いのか分からない程の不快感を感じるんだ。まるで脳の中に死を感じる感覚器官があるみたいで頭の中にハッキリとしたイメージと感触を覚える。
「僕の能力の性質なのか事象そのものを認識出来るんだよ。もう何人もの死を感じた。みんなには分かる?耀人は何人も居るんだよ?バグがあのゲートを通れば簡単に地球上の耀人を全滅させられる。…嫌だ、嫌だよそんなの。僕は耐えられない。考えるだけで吐き気がする。だから早くネストスロークに帰還すべきだよ僕達は。」
「…帰還して、どうするの?」
ナーフは僕にネストスロークに戻ってどうするか尋ねる。…分かっているよ。それは地球奪還を諦めることだって事は。
「人類では到底勝てないバグが複数地球上に存在するって報告する。耀人の事は報告しない。地球はもう耀人が暮らしやすい環境になっている。僕達人類は宇宙で衰退するしかない…」
ネストスロークに戻っても奉仕する生活が待っているが、僕が生きている間はみんなに不自由させない生活をさせるつもりだ。僕の能力ならそれが可能だと思うから。
「…私も概ねアインに賛成。だけど私はネストスロークに飼い殺しされるのは御免だから。そこは知っておいて。」
アネモネはそう言って顔を背けてしまった。彼女がそう考えていると聞けただけでこの話をした価値はある。
「えっとさ、俺は急な話であまりついていけていないんだけど、俺達が居ると耀人が危険なんだよな?共存は不可能な感じで出ていくしかない。そこまでは分かったけどそれからは?どうすんだ?」
エピは今の状況を理解しているけど、これからどうするのか分からなくて僕に聞いてきた。みんなも聞きたがっているみたいだからこれからの話をしようと思う。
「…ゲートを使ってトウキョウに行く。そこで遺跡の中から通信機、又はそのパーツを見つけて修理しネストスロークとコンタクトを取る。」




