世界を繋ぐ糸口
僕達はミカエラとミミの指示でカイコガにみんなが持っていた食べ物を食べさせてあげた。自分で食べ物を採ってこれないからこうして人間が食べ物をあげないと生きていけないからだ。
でもこのカイコガは雑食なのか肉でも野菜でも食べるから少しだけ怖く感じる。特に僕達が食べ物をあげようと手で持った時とか自分達の腕まで食べようとするんじゃないかってね。でも人間には興味が無いのか、特に何かしてこようとはしなかった。
「ちょっと可愛いなこのバグ。」
もふもふの口でご飯を食べる姿には癒やされる。特に人を襲わないところが。
「元々カイコガの成虫には口が無かったのですが、飼育している途中で口が付いたんです。それからはこうやって繭の上でずっと生活していますね。」
ミカエラ達の解説でこのカイコガ飼育の歴史を知ることが出来た。繭はカイコガが幼虫から成虫になる際に使用するもので、話を聞いてみると僕達の使っていた人工子宮と同じ様な物だと理解した。
「人から施しを受けた影響かな?」
「俺達のご飯が……」
「うぅ……私のお肉が〜〜!」
カイコガに手持ちの食べ物を奪われて今にも泣きそうな面々。しかしこれがここのルールだからね。
「はい皆様ありがとうございます。これでここの糸口を使えます。」
糸口というのはゲートの事でここではそう呼んでいる。
「ご飯を食べさせないといけないのは何か特別な制約があるからですか?」
「この糸口を使って人や物の行き交いがあるとカイコガ達も疲れてしまわれるので、使用する際にこうしてご飯を提供しないといつかは閉じてしまうんですよ。」
「へーなるほど、能力を使うとカイコガの燃費が悪くなるんですね。」
能力を使うとお腹が空くらしく、だから通行料としてカイコガに食事を用意するのがルールとして定着しているみたい。
「では私の生まれ故郷ラフィッセンはこの繭の糸口です。」
ミカエラとミミが自分の生まれ故郷へと繋がる繭の中へ入っていく。僕もそれに続いて入っていくが、僕が糸口に入った瞬間に異常が起こる。
「な、なんだ。歪んでいる?」
僕が繭の中に入ると向こう側の景色と僕達が居た場所の景色が歪み、後続にいたアネモネ達が繭の中へと入れなくなってしまった。アネモネ達が何かを声に出しているけど何も聞こえない。
「アイン様こちらへっ!」
ミカエラの声だけが聞こえ僕はそちらへと駆け出す。このまま繭の中に居続けるのは危険だと思うし、まだ繋がっている方へ向かうのは当然の行動だ。声が聞こえたということはまだ向こうに繋がっている事を意味している!
「おわっ!?」
繭から上半身だけ脱出した時に足先がまるで重たい水の中に入ったような感触がして慌てて足を引き抜く。その判断が正しかったのか靴の先端が無くなっていた。もう少し判断が遅かったら足を向こうに置いていってしまっていただろう。
「大丈夫ですかアイン様!」
「ダイジョブ!?」
2人が駆け寄ってくれて心配そうな声を掛けてくれた。
「大丈夫、大丈夫だよ。……これっていつものことなの?」
ミカエラにこういうことがたまにあるのか聞いてみる。流石に説明無しでこれはビックリしたよ。
「いえ滅多にありませんよ!例えばその繭から出てきたカイコガが死んだりお腹を空かせた時に糸口が閉じる事はありますが、ご飯を与えたばかりだしカイコガも弱ってはいなかったので……」
ミカエラもミミは原因が特定しきれなくて不思議そうにしている。つまり不慮の事故だったのか。なら仕方ない。タイミングが悪かったのだろう。
「……でも相方は平気そう。ならやっぱり向こうのカイコガが死んだ訳ではないみたいですね。」
僕達が通った繭の上にはカイコガが向こうに居た個体と変わらずに鎮座していた。
「カイコガはお互いに共鳴していて相方が死ぬとこちらも死ぬのです。」
じゃあ向こうのカイコガが死んだわけではなく、何か他の要因があるのか……
「……ミカエラ、ーーーーーーーーーーー、ーーーー。」
ミミがなにかに気付いたのかカイコガに指さしてミカエラに伝える。……あれ、カイコガのベルガー粒子が変だ。あんな感じでは無かったのにまるで限界値を迎えたみたいに弱々しい。
(もしかして僕をテレポートさせるのが負担だったのか?)
そういえば能力者をテレポートさせるのが一番負荷が大きいということを思い出した。ここのセパレート・インフィニティ達はベルガー粒子が無い。だから今まではそんなに負荷が掛かることは無かったんだ。僕みたいなベルガー粒子量の多い人間をテレポートさせるのは初めてでビックリさせてしまったかもしれない。
「ごめん……多分僕のせいだ。」
「え?どういうことですか?」
ミカエラはミミとの会話を中断させてこちらに向き直る。
「質問に質問で返してしまうんだけどベルガー粒子って分かる?」
「ベルガー……?それはなんですか?」
ベルガー粒子は知らないか。それはそうか。ベルガー粒子と名付けられたのはネストスローク内でだからね。
「えっと、能力を持つものが操る光の塊ってイメージかな?それを使って様々な能力を使えれるんだけど、これがカイコガに負担を掛けてしまったみたいなんだ。」
「そうなのですか……すみません無知なものでアイン様にご迷惑をお掛けしました。」
僕が原因なのに何故か謝罪されてしまう。
「いやいやこっちが原因だから謝らないでよ。ごめんねみんな。カイコガにも謝らないと……。」
とても怠そうにして頭の触覚が垂れている。かなりの負荷があったに違いない。
「なら暫くは向こうに繋がりませんね……。アイン様以外の皆様は言葉が分かりませんよね?」
「そうですね……みんな心配していますしカイコガを治します。」
「え?治す……?」
僕はベルガー粒子をカイコガに纏わせて能力を行使する。……時間と事象、因果を逆行させる。
「【逆行】」
僕が能力を行使し終えると暗かった繭の中に光が入りアネモネ達の姿が視認出来た。どうやら問題なく能力を行使出来たみたいだ。
「……これがアイン様の能力なんですね。素晴らしいです。流石は特異点……。」
「特異点……アイン、スゴイ。」
「はは、特異点じゃないよ僕は。」
僕はそう言って両手を組んで熱い視線を向けてくる2人を気にしないフリをして繭に近付き、向こうに居るみんなに話し掛けた。
「みんなーー!ベルガー粒子が多くあるとカイコガ達に負担あるみたいだから僕の能力で無理やりコッチに連れてくるよ!」
ベルガー粒子を持った僕がここを通ったという事象、それを何度も繰り返せればカイコガ達の能力抜きでみんなを連れてこれる。
「お〜〜お、おう……」
アイン以外の向こうに居た皆は突然繭の中が暗くなったので、向こうとのゲートが閉じたと考えていた。その考えは正しかったがアインがまた意味不明なやり方でゲートを再度繋げ、しかも自分達を向こうへと運ぶと言ってのけた。
そしてアインの言った通り自分達を向こうへと無事に移動させてみせたのだ。先ずアインがしたことは自身に降り掛かる様々な事象を無視して繭の中を普通に歩いてきた。
それを皆にも同じ様に能力を行使してただ向こう側へと歩かせる。それだけの事だがあまりにも意味不明な能力の効果範囲に驚きを隠せない。
カイコガ達の制約を無視して自分達は繭の中を進んだのは分かっている。つまりアインは他者の能力の制約を変えられるということになる。それは他の能力には不可能だ。あまりにも別格な能力……ミカエラ達から特異点と呼ばれる理由も分かる。
「じゃあミカエラの生まれ故郷を見させてもらおうか。」
アインはその事実に気付かないままミカエラの後ろについていく。本人がこの調子ではそのことを言う気にもなれない。仕方なくアネモネ達はお互いの顔を見回してから溜め息を吐いてアインの後ろ姿を追っていくのだった。




