通交
本当に行きたくなさそうにしている女性陣を無理やり糸の張る洞窟の中へ連れ込み薄暗い道を進んでいく。壁には見慣れた鉱石が等間隔で配置されているが、糸が巻き付けられていてその効果は半分も発揮されていない。
洞窟の大きさはさっきすれ違った台車が2台横に並べられるぐらい広く道は真っ直ぐだったり曲がりくねっていたりして天井部も高い。進めば進むほどにつれて道が少しずつ広がっていく。
そして道が広がるほどに糸の量も多くなり天井や壁、床まで白い糸が張られていてとても神秘的な光景になっていた。糸の一つひとつに艶があり、鉱石の光に当てられて鏡のように反射している。
「綺麗じゃないか。これなら大丈夫だろ?」
「なら押さないでよ!バカ!」
フェネットの拒絶が凄い。出来るだけ糸に触れる面積を減らすためにつま先立ちで歩いているし、アネモネにしがみついて少しでも糸との距離を離そうと目線の高さを高い位置に持って行っている。彼女は背が低いから他の女子よりも目線が低く糸の距離を近く感じてしまうのだろう。
「やめてやめてフェネットの体重が掛かって足が糸の塊に沈み込んでるからっ!」
アネモネの魂からの叫びがうるさい。ミカエラとミミなんて笑ってるし恥ずかしい。向こうなんてミミとかは裸足だよ?
「燃やす燃やす燃やす!こんなもの燃やしてやる〜っ!!」
フェネットのベルガー粒子が炎のように揺らめき周囲の温度を高める。
「それは止めようか!」
流石に生物の作る糸がタンパク質で出来ていて熱に弱く燃えてしまうことは知っている。これだけ糸があれば僕達も焼けてしまうだろう。
「あ!ユーずるい!1人だけサイコキネシスで浮いているんだけど!」
ナーフの声に反応してユーの足元を見ると、少しだけ足が浮いていて地面と設置していない事に気付いた。これだけならあまりベルガー粒子の操作をしなくてもいいから目立たない。
「なんて卑しい女なの……」
「ちょっとマイ言い過ぎじゃない!?」
ユーはマイの一言がショックだったのか、ベルガー粒子の操作が乱れて身体を浮かせ続けることが出来なくなり糸の張った床に着地する。
「ひっ!か、感触がっ、感触が伝わってくる……!」
「みんなそうよ!1人だけ助かろうなんて卑しい考え方だから!あとフェネット!いつまで掴まっているの!離れてよ!」
阿鼻叫喚の中、我々男性陣は彼女達を押すのを止めて奥の方へと向かうことにした。流石にもう相手にしてられない。
「ちょ、ちょっと!待ってよ!置いていかないで!」
後ろから何か聞こえた気がしたけど気の所為だよね。
「ミカエラ、ここの糸って蜘蛛みたいに粘り気が無いし太いけど、バグの作り出したものなの?」
「はい。ここの糸を使って服などを作っております。ミミの着ている服にも使われておりますよ。」
「ねえ!本当に、本当に!ここに置いていかれたら死んじゃう!アイン!ディズィー!エピ!」
自分達の悲痛な叫びにも反応を示さない僕達に焦りを感じて、女性陣がようやく自分達の意思で一歩を踏み出した。
「あはは!ナカヨイ!ナカヨイ!」
「仲が良いってさ。」
ミミが僕達の茶番に笑い声を出して仲が良いと評した。確かに仲が良くないと出来ないと思う。
「まあな。本当に生まれてからずっと一緒だし。」
「そうだよな〜下手すると人工子宮とかも隣同士だったかもな。そう考えるとマジでずっと一緒じゃないか?」
「……皆様はオサナナジミなのですか?」
「オサナナジミ……?」
「あーえっと、幼い頃から一緒にいる関係性です。」
「そうですね。僕達はずっと一緒ですよ。」
ミカエラにもオサナナジミが居るんだろうか、どこかに居る誰かを思い出しているような顔だ。彼女の生まれ故郷にオサナナジミは居るのだろうか。
「全然一緒じゃないっ!置いていってるからーーっ!」
「おっ、走ってきたぞ。」
ディズィーが後ろを振り返るとそこには鬼気迫る顔の女性陣の姿があった。もう腹をくくったのか糸の上でもお構いなしに走って向かって来る。
「最低!アインもディズィーもエピも最低だよ!見損なったから!」
フェネットの金髪が彼女らしからぬ乱れ方をしている。こんなに髪がボサボサになるほどこの場所が嫌だったのか。
「なんで男達は平気なの?神経おかしいんじゃない?」
「いやナーフ、それはこっちのセリフだよ。この糸は服にも使われているぐらい綺麗なんだから。」
「尻から出た分泌液の塊を着るの?」
「耀人達に謝れ!」
失礼にも程がある。本人達を前にそれは喧嘩を売っていると同じだ。……あ、ネストスロークで唯一売買出来るものがあったよ。喧嘩だ……喧嘩は毎日売買されていたっけか。
「もう少しですよ。……声は小さめでお願い致します。驚かせたくないので。」
ミカエラは耳を伏せて先頭を歩いていく。驚くって言うからにはかなり臆病なバグなんだね。
「うわあ〜……なんだこれ。」
直角90°の曲がり角を曲がった先はまさに未知の空間だった。糸の空間と言って表せばいいのかな。僕達の身長を大きく超える糸の塊が複数床の上に置かれていて、その上に見たこともない白いバグ達が鎮座していた。
そのバグは羽が生えており足も複数付いていて虫型なのは間違いないけど大きさが凄い。ディズィーの2倍はあるんじゃないか?そんな大きな虫が僕達を迎えている状況に上手く言葉が出てこない。特に女性陣は今にも失神しそうなぐらい顔面蒼白でふらふらとしている。
「この子たちはカイコガのバグです。私達がお世話をしないと死んでしまうぐらい脆弱で、自分ではろくに動く事も出来ません。」
ミカエラとミミは慣れているのかずいずいと進んでいく。僕とディズィーとエピは黙ってついて行き近くでカイコガを観察してみる。
「すっげー……おいコイツら結構毛深いぞ。」
「あ、この糸ってオサが着ていた服の素材だ。色と艶がおんなじ。」
僕達がカイコガに近付いても無反応なところを見ると無害そうだ。というか生きているのかって不安になる。どの個体も身動一つとらない。
「ベルガー粒子は動いているから間違いなく生きているとは思うけど、それでも僕達能力者を見ても無反応って凄いね。」
僕はカイコガから糸の塊に目を向ける。糸の塊に裂け目というか穴が開いておりそこから景色が覗ける。だけど何かがおかしい。なんていうか穴の向こうに見える景色の情報と糸の外との景色の情報と合わないんだよ。
だってさ、穴の向こうにはまたカイコガが糸の上に鎮座しているんだけど、糸の穴から離れて糸の塊を回り込むとそこは壁だった。何もない。もしかしたら糸の塊の向こうの壁は穴が空いていて開けた空間があるのかもしれないけど、なんていうか……変な感じなんだ。
「ミカエラ、糸の塊の先って見た通りの景色なの?本当にあるの?」
「鋭いですね。その通りでございます。」
ミカエラは見た通りだと言った。向こう側に見える景色は偽物ではなく本物なんだ。つまりこれは……
「テレポート……このバグ達はテレポーターだ。」
僕の言葉に反応しみんなが僕の所に集まる。
「なるほど……これで人類はお互いの場所へ移動して生き残っていたのね。危険だと感じたら他の地域へ避難して糸の塊を燃やす。そうすれば危険なバグから安全に逃げられる。」
「この子たち凄いよ。こんな数のゲートを持続的に開いているなんて……」
テレポートにも色々あるけど、こうやってくぐるだけで移動出来る場所や空間をゲートとネストスロークでは呼んでいる。このカイコガ達はこのゲートをずっと安定して開いているみたいだから僕達は酷く驚いた。
ゲートって凄い脳への負担が大きいって教わったからだ。
「この子たちは自分達でご飯を取ることも出来ませんが、そのかわりにこうして地球の反対側であろうと瞬時に空間と空間を繋げられるんです。凄くて可愛い子達でしょう?」
ミカエラやミミ、耀人が飼育するわけだ。ネストスロークでももしカイコガが居たら繁殖させていただろうな……。




