遥か彼方に分たれた同胞 ①
もし奴クラスのバグならベルガー粒子が空からでも視認出来るはず。でもディズィー達はベルガー粒子を確認していない。それに人らしき姿を見たというなら先輩達の可能性は非常に高いと思うんだけど…それだと奴から逃げた事になる。そんなのは不可能だ。先輩達の中にテレポート出来る者が居たとか?
そうなると基地にテレポートしなかった疑問が残る。何故あんなに日が経っているのにテレポートしてこなかったという疑問が。僕が眠っていたから仮拠点を襲撃された時にも僕達は基地に居た。でも先輩達が一人も現れなかったのが気がかりだ。
「…先輩達じゃないかもね。」
僕達は移動しながらも静かに動き小声で会話をしている。楽観的な思考が出来るような人生は送っていないから。人の形をしたバグを見たばかりだから警戒心は未だに高い。
「バグだったら戦う形になるけどアインは下がっててね。私達の保険なんだから。」
「…アネモネ、逆行する前提は危険じゃない?」
何かあっても逆行すればいいという考えは危険だ。僕は経験と記憶を引き継げるけどみんなは失う。それではいつまでも成長しないし、これから起こるかもしれない戦いに集中出来ない。雑念というか失敗しても大丈夫だっていう考えが判断を鈍らせる可能性がある。
「分かってる。でもこの星で明日も生きていける根拠なんてないんだから私達はアインの能力に頼るしかないの。ごめんねこんな役に立たない仲間で。」
この言い方には流石に不快感を覚える。特にアネモネに言われると尚更だ。
「役に立っているからそんなことを言うなよ。」
「これ、さっきのあなたの言い方ね。」
アネモネのしたり顔に墓穴を掘ったことに気付いた。…確かにこれは嫌いになるね。ごめんね?
「イチャついていないで集中。」
「「ごめんなさい。」」
怒られてばかりだ。ちゃんと集中して目の前のことに対応出来るようにしないと。
「しっ!…生き物が動く音が聴こえた。」
ディズニーは姿勢を低くして草むらに入り込む。獣みたいな動きでびっくりしたけど、獣型バグを狩って覚えたのかな。
「…僕達が近付いたから反応した感じ?」
「かも…異形能力者レベルの勘のよさだな。俺よりも早く気付いてたぞ。」
もしそうならかなりヤバい。僕達の位置を分かっている相手が何をするか。…待ち伏せだ。逃げていない時点でそれ以外ない。どうやら敵はやる気のようだ。
「みんな戦闘準備…」
みんなのベルガー粒子が渦巻く。人型バグとの戦いで皆の能力は成長した。全員が乗り越えて蓄積していった経験は確かにこの世界に存在している。これは僕が逆行しないで選んだ選択肢だったが、その選択肢が間違っていなかったと思いたい。
「…何かが引き絞られた音がするけ…っ!?」
ディズニーは急に飛び出して前方から飛んできた飛翔体を掴んで防いだ。良くあんなに速いものを掴めたものだ。
「なんだこれ…棒みたいだけど。」
ディズニーが掴んでいたのは棒の先端に金属の針のような物が付いた小さな槍だった。敵はこれを投げてきたのか?バグの攻撃にしては不可解だ。道具を使うような知性を持っているのか?
「それ矢だぜ!大昔に人類が使っていた武器だ!」
エピはそれを矢という武器だと言った。しかも人が昔使っていたものらしく興奮した口振りで語る。
「…これ人の手でしか作れなさそうだけど、敵はもしかしてバグじゃない?」
「また引き絞った音だ!ユー!」
ディズィーは辺りを警戒し自分一人で防ぎきれないと判断してユーの名前を叫んだ。
「みんなバリアの中に入って!!」
前方左右と矢が飛んできたがユーの張ったバリアに防がられて地に落ちる。数からして敵は少なくとも3…人数的には僕達が有利だ。
「これぐらいの攻撃を使う相手なら私の能力で一網打尽に出来るかも。」
アネモネのベルガー粒子が恐ろしい動きをしだすと、周りの木々が大きく揺れてその音に鳥肌が立つ。バリアで音が聴こえづらいのにこの音量は凄まじい。周囲に居た鳥型のバグが危険を察して逃げ出していく。
そして地面に落ちていた木の枝や葉っぱがその場でくるくると周り出して渦を作り出し、木々に生えていた大きな枝が折れるほどの風のうねりが僕達の頭の上に作られる。…このバリアを出たら僕達も間違いなく巻き込まれるなこれ。
「おい、空の雲まで回ってるぞ。」
ディズィーの視力では空にある雲までもが渦巻いていることが確認され、その射程の広さにみんなが驚く。アネモネってこんなに能力が強力だったっけ?
「人型バグのときは私の能力は役に立たなかったけど、それ以外なら多分私の能力で殺せるわ。」
太陽の光を遮断する程の雲が上空に集まり地面に生えていた木々が根っこから持ち上がって空の上と飛んでいく。木々が持ち上がる程の風が吹いているのなら人の姿をした生物も巻き込まれるだろう。というかこんな勢いの風なら呼吸が出来ないし、口を開けた瞬間にも空気が流れてきて吐き出せないと思われる。
「…あ、あぁ〜〜上に飛んでいったの俺が見たやつだ。」
ディズィーが目を凝らして上の方を見ながらそう呟いた。僕たちには全く見えない。木々や土埃が舞っていて視認性がとても悪く、僕には何がなにやら…
「人のサイズなら少し弱めて…」
アネモネが能力を弱めると木々が落ちていき舞っていた木の葉も土埃もその場で滞留しだした。まるで空気全体が水のように重くなったみたいだ。
「どれ?こっちに持ってこれるけど。」
アネモネはなんてことないように言っているが恐らく半径数kmにある空気全体を操っている。雲なんて上空5000m以上にあるのにそれを動かしている彼女に僕は若干引いていた。だってあの人型バグに近い射程を持っているから。
「あ、あぁ…えっと、あの…大木に掴まっているから落とさないように…」
ディズィーの指差す方向には落ち続けている大木があり、それに掴まっているらしい。ということはまだ生きているってことか。
「分かった。死なない程度に落とすから何者か見に行きましょうか。」
ディズィーとアネモネの案内でめちゃくちゃになり荒れた地面の上を僕達は進んでいった。
「…あ、あれだあれ。」
最早警戒心は薄れていて興味心のほうが大きかったけど、あれで対抗出来ないのなら心配するほどの能力は持っていないだろう。
「私バリア張っておくから一応はここから出ないようにね。」
念には念を入れてバリアありの前進。でも僕達はソワソワとした様子で木々に捕まって怯えている人のような人を見る。間違いなく人なんだけど僕達と違う点があって判別しづらい。
「あれ…耳か?」
「そうだよね!獣みたいな耳だよね!?頭の上に生えているよね!?付けものじゃないよね!?」
エピとマイの2人が興奮した様子で頭の上に生えている獣のような耳を凝視していた。確かにあれは耳だけどそれよりも気になる事があるでしょうが。
「尻尾!尻尾だよ!」
「うわあ…見間違いかなって思っていたけどやっぱり尻尾だったか。」
「…かわいいなおい。動いているからマジで生えてるよね。」
ユーとディズィーとナーフもそこじゃないでしょう。もっと気になる所があって然るべきでしょ!?
「全員で3人か。多分私達と変わらない年齢だよね?」
う〜〜ん…フェネット、君も気になるのはそこなのか…。僕がおかしいのかな。
「みんな違うでしょ。はぁ…ねえアイン?」
「うん、そうだよね。良かったよ僕以外に同じ人が居て。」
「その子達にベルガー粒子が無い。人でもバグでもないわ。なんなのこの生き物は…。」
この怯えた生き物にはベルガー粒子が見られない。つまり能力も使えない生き物が地球に居た。そんな貧弱な生き物がどうやって生き残っていたのかをこれから調べないとね。




