人類の絶滅を渇望するもの
これ絶対に勝てないよね?っていう敵が好き
あれだけの体積を誇ったバグの身体が完全に燃焼して蒸発し、地面の焦げのみが地面に残った。僕達は遂に人型バグの討伐に成功したのだ。
「やった…よね、これ。」
うん、やった…奴の持っていたベルガー粒子が拡散していく。ベルガー粒子を維持する事が出来なくなった証拠、つまり奴は完全に死に灰となった。
僕はディズィーに掛けていた能力を解除して軌道の固定を止める。もうその必要が無いからだ。
「勝った…僕達は人類の敵を取ったんだよ。」
始まりのバグの一体を僕達は討伐した。これで地球奪還作戦に光明が見えた!
「みんなーー!!」
僕達は駆け出した。この喜びをみんなで分かち合う為に。あれだけツラい思いをしていたのにかかわらず僕達が浮かべているのは笑顔そのもので、限界だった身体が疲れを忘れて軽快に動いてくれる。
もうみんなとの距離が縮まりお互いに手を伸ばした。そして目の前にいたディズィーの身体がおかしなことになった。まるで上半身と下半身の動きが連動していないようだった。それは正にあの人型バグのように……えっ?
ディズィーだけじゃない。みんなの身体がおかしなことになっていた。腕が取れたり頭が取れたり足が取れたり…そして皆同じように赤い血を垂らしながら地面へと倒れていく。
そして僕が伸ばした腕にも異変が起きる。ディズィーの身体に付いた傷のように、鋭利な刃物で斬ったような切断面が腕の上の面に生まれた。その瞬間、僕は反射的に能力を行使しその事象そのものを止めた…。これは僕が良く知っている事象…間違いない。奴の能力だ。
こんな事象は間違いようがない。人型バグの見えない斬撃の攻撃と全く同じもの…僕は無意識的に能力を行使したおかげで自分の身体に干渉するこの攻撃を防ぐことが出来た。だが僕の身体に対してだけで斬撃は僕の身体に触れていない面がそのまま地面へと落ち地面を深く切り裂いた。
地面が切り裂かれた時に土埃が立ったけど何かとぶつかるような衝撃音は無かった。ただ地面の断面が剥き出しなった面からは煙が立っているので、相当な熱が加わった事がその煙から見受けられる。
…あと、…あともう少しで触れられる距離まで近寄っていた仲間達は全員の身体をバラバラにされて血溜まりを形成し、その血が地面に出来た傷跡に飲まれていく。
一瞬のこと過ぎて脳が状況についていけない。仲間が死んだということはすんなりと受け入れて理解出来たし、犯人はこちらに向かってくるあのバグで間違いないのも分かっている。でも何故それらの情報を理解しておきながら動けずにいるのか。仲間を殺された怒りに震え敵に向かいもしないことに、僕は僕自身に困惑する。
そこまで仲間を大切に思っていなかったのでもいうのか。だから僕はすんなりと仲間の死を受け入れて、この後どうしたらいいのか考えているのか…
そんな事を考えている内にバグはもう僕の目の前に来ていた。人型であるのは僕達が殺した個体と変わらないが、見た目が今までのものとは異なって本当にこいつが今まで戦っていた“奴”なのかは分からない。
奴の纏っているベルガー粒子量が比べ物にならない程に多く、しかも濃度も非常に高い。粒子の色なんてドス黒く濁っていてどこからどこまでが奴の身体の輪郭なのか分からないぐらいだ。
身体は全体的に黒く、手と足が人間や獣のようなものとは大きく異なり、まるで木の根のように幾つも存在してそれが地面の上をうねうねと動かして移動している。
それから上へと上がって胴体を見ると細見だが、人間とは違う骨格の為に強度は分からない。だがかなり頑丈そうな外骨格のようなもので守られている。
そして頭だが胴体と同じく細いシルエットでこちらも外骨格に覆われていて表情が読めない。だが他の人型バグと共通してあの青い瞳を持っている。違う点を上げればその瞳には深い怒りと凄まじいまでの人類に対しての殺意が写っていた。
…間違いなく実体だ。コイツこそ本体だった。コイツが足を動かして動くと地面と擦れた音が鳴る。僕達が本体と思い込んでいたあの巨体な身体の方も、デコイと考えていたあの人型の方も1つのデコイだったみたいだ。
いや、デコイというよりトラップか機械のような装置と言った方が適正か。餌の人型バグとそれに釣られた者を殺す大型バグ。…全く嫌になる。この本体はアレを操り遠くから僕達の戦いの様子を伺っていたのだろう。人間のような知性が無ければこんなことは出来ない。勝機があるからこうやって僕に本体を晒したのか…。
突然奴は僕に顔を近付けて鼻らしき部分をスンスンと鳴らした。まるで僕の匂いを嗅ぐように…何を嗅いでいるんだ?そんなに気になる匂いをしているのか?…まさか僕を食べるつもりなのか?
次に手のような根を僕の腕へと絡めて持ち上げる。奴の身長はデコイ達よりも低いが僕よりも高い。
「なんだ…殺すならさっさと殺れよっ。」
言葉が通じるかは分からないがこの青い瞳を見れば僕達人類に対して殺意を抱いているのは分かる。今も殺したくて仕方ないだろうに僕の傷口に目線を向けて何かをしようとしている。
カパッと口辺りの外骨格が開いて細長い舌が顔を出した。そしてその舌が僕の傷口に触れると生温かい感触と粘膜が染みる痛みに身をよじり逃げようするが、根のような腕の拘束が思っていたよりも強く逃れる事が出来ない。
(コイツ…味見でもしているのかっ!?)
今までのバグは僕達を襲おうとして食らいつく個体は居たが、味見をしてくる個体は居なかった。この個体は今までの個体とは生態も何もかも違う。コイツの目的が良く分からない。人を殺そうとしているのは僕の仲間を殺した所から分かるけど、何故僕をすぐに殺さないのかは分からない。
…今しかない、か…?今、コイツは僕の傷口から流れた血を舐めている。だから頭の位置が僕の手元まで降りてきているからほんの少しの時間があれば頭部を潰せるんじゃないか…?
僕は能力をもう一度行使し自分の軌道を固定した。コイツの軌道を固定する余裕なんて残っていないから僕はすぐさまフリーの腕を動かしバグの頭を潰そうと動かした。
その瞬間、白い光が僕を通り抜けた…と思ったら周囲から轟音が鳴り響き、周りを見回すると視界にある物全てが切断されていた。後ろにあった基地も音を立てて崩れていき、周りに生えていた木々は全て倒れていく。それこそ視界に映っている木々の全てがだ。
数キロ先からも木々が倒れる音がこだまで聴こえてくるから一瞬であんな遠くに生えている木々も斬ったということになる。なんて射程距離と速度だ。まともにやり合って勝てるとか勝てないとかのそんな次元ではない。僕達やバグのような生物とは段階が違う。コイツは生物という概念の上に位置する存在に思えた。
…これが人類を絶滅寸前に追い込んだ存在か。良く滅ぼされずに逃げ切ったと過去の人類を褒めてあげたい。しかもまだこんな奴が何体も居るというのだから乾いた笑い声しか出てこない。
やっとシルバーの言っていた意味が分かった。こんなものを目にして体験したら心が折れて当然だ。やっと分かったよ。僕が怒らなかった理由は心がもう折れていたからだ。仲間を殺された僕の心はとっくに戦う事を放棄していたのかもしれない。
抵抗しても無駄だと分かっていたから逃げもしなかった。とうに殺されることを受け入れていたんだ。
「…殺せ。抵抗する能力も持ち合わせていない。」
心が折れたと自覚した瞬間、能力の維持が出来なくなり完全に抵抗する手段を失った。あとは死ぬのを待つのみだった。だが奴は僕の瞳をジッと睨み…
「ーーーキョウダイ ダッタカ」
その声はまるで獣の声帯を無理やり人の言葉として発音させたような声だった。だけど間違いなくそれは人の言葉で僕の脳がそれを言葉として認識した。…キョウダイ?強大?どういう意味だ…?
奴は突然僕の腕を離して背を向けて立ち去っていく。何故かは分からないけど僕を見逃すみたいだ。…追いかけようとも思わない。もう二度とあんなものとは出会いたくない。人類は…僕は無力でしかないと学んだから。
「う、うぅ…」
涙が溢れて嗚咽混じりのうめき声が漏れる。これは生き残った安堵からの涙なのか、それとも仲間を失った悲しみからの涙か…僕はただその場に蹲って涙を零すことしか出来なかった。
初めて(2度目)の戦闘は敗北として終了しました。ここまで読んでくださりありがとうございました。




