確定する結末
みんなの能力を考えて描写するのが本当に大変です。
奴がこちらの創り出したエネルギーを吸って許容量を超えれば私達の勝ち。逆に敵がこちらのエネルギーを吸いきっても許容量を超えず攻撃に転用してきた場合は私達の負け。
単純な理論だ。一応はこちらには敵の攻撃を防ぐ手段は用意しているけれど完璧には防げないだろう。つまりここで勝たなければ間違いなく誰かが死ぬことになる。
(お願い、ここで決めれないとみんなの命が失われる!)
敵はどんどんナーフとフェネットの創り出したエネルギーを吸い取っていき、その勢いに2人が次第に疲弊してきている。しかしここで能力の行使を止めたら敵の攻撃が間違いなく飛んでくる。相手にエネルギーを渡すという危険な賭けだが、もうこれしか選択肢は残されていなかった。
「こいつ…底なしかよ。」
「くっ、凄い勢いで吸われていくよ!私のベルガー粒子の半分は持っていかれた…!」
ナーフとフェネットの限界は近い。でも奴には限界なんてものは無いと思わせる程にエネルギーを吸い取って巨大な光の球を作り出している。その光球が大きくなればなるほどその光景を見ている私達の心拍数が比例して多くなり、目の奥がチカチカとしてきた。
「…ナーフ、フェネット!私がサポートするから限界まで能力を行使して!」
2人の能力は空気中の原子を利用する能力。なら私が空気を集めて2人の能力の行使に掛かる負担を軽減させればいい。
「助かる!」
「頑張るっ!」
ナーフとフェネットの創り出す光が強まる。しかし相変わらず底なしに人型バグに吸い取られて均衡しない。かなり一方的な展開であるのは間違いないが…
「…もしかして、今なら敵は身動きが取れない?」
このアインの溢した一言が事態を急速に変化させた。
「…あれだけのエネルギーをコントロールするのにかなりの能力のリソースを割いている筈。仕掛けるのなら今かもね。」
アネモネも注意深く敵を観察し勝機を見出す。もう自分達を細切れに出来るほどのエネルギーが溜まっているのに、攻撃が来ないということは許容量を超えていることになる。もしそうならナーフとフェネットが能力を行使出来ている内に仕掛けるべきだ。
「…やろう。今しかない。」
アインの提案に皆が賛同し行動に移る。話し合いは必要無かった。フリーであるエピ、マイ、ユーの3人がすぐさま左右から挟むように駆け出した。移動している最中に攻撃されることは無かったので疑惑は確信へと変わった。間違いなく敵は攻撃出来ない状態である。
「アインも行って!私達が保っている内に!」
「ディズィーも早く!ケリをつけて!」
フェネットとナーフが叫んだ。彼女達は自分のことは守らなくても良いから行ってくれと。それは自分達の身を守る手段と選択肢を捨てたことと同義だ。その覚悟を聞いたアインとディズィーはエピ達に遅れて追従していく。
「…肉壁程度にはなるから。」
アネモネはいつでも2人の前へ行ける位置を取って2人に告げる。しかし2人はそんなことを望まず死ぬなら一緒だと答えた。
「ここまで連れてきてくれてありがとうねアネモネ。アネモネと相部屋じゃなかったら私絶対に地球に来てなかった。」
「お前と喧嘩してなかったら多分みんなと離れ離れになってた…ありがとう。」
なんでこんな時にこんな事を言い合っているのだろうか。これでは能力の行使に支障が出るじゃない。
(まかせたよみんな…!)
一番最初に人型バグの左右に回り込んだエピとマイとユーがベルガー粒子を操作し能力を行使した。この短い移動中に自分の最高打点を出せる方法を考えて実践に移すが、本当に出来るかは分からない。だがその方法でしか効果的なダメージが見込めないのでぶっつけ本番で能力を行使する。
「崩れろッ!!」
エピがベルガー粒子を纏った手を人型バグの側面に付けてベルガー粒子を浸透させる。エピの能力は原子間の距離と結合力を操作する能力で、その効果範囲は地面などの原子…ではなくこの宇宙に存在する原子全て。
エピは脳の開拓された範囲が狭い影響で効果範囲も狭かっただけで、生物を構成している原子にも干渉出来る能力の持ち主である。この短時間で彼が感じたストレスにより脳の開拓範囲が広がり人型バグを構成する原子にも干渉することが出来た。
人型バグの皮膚が液状化していきグズグズになって崩れてエピの手がめり込む。エピは腕に感じる気持ち悪い感触を無視して更に手を突っ込んで液状化を進めていく。
「くらえっ!!」
マイはアインとユーの能力の使い方を思い出して自分の能力へとトレースする。
(塵や埃の位置関係を固定する自分の能力はアインの軌道を固定する能力と良く似ているし、ユーのサイコキネシスのように空中に物を固定する使い方も酷似している。)
…なら自分も2人に見習って攻撃へと転用することも出来るはずだ。
自分の能力は戦闘においてサポートか防御面にしか使えないと思っていたけど、それを言うとアインなんてあんな良く分からない能力を攻撃に使って誰よりもダメージを負わせている。あの感じをイメージして…
敵に近付いたタイミングで足にベルガー粒子を向かわせて地面を蹴り上げる。地面の土は蹴られた勢いのまま人型バグに向かっていき、土の粒一つひとつにベルガー粒子が纏わって私の思い通りの形へと固定された。
土の粒は非常に小さいので容易く皮膚に突き刺さり、それが何千、何万もの数となって人型バグの皮膚を切り裂いた。しかもその粒の位置関係は固定されているので、人型バグが動けば体内に侵入した粒が引っ掛かり更に傷口を広げることになる。
「いい加減にしてよこのバカッ!!」
ユーはネストスロークでの戦闘訓練を積んで精神面と能力面で大きく成長した。しかし彼女の本質はヒステリックな面にある。感情のままに能力を使うのが一番出力を出す事が出来るのだ。
想いのまま能力を行使したユーのサイコキネシスはまるで爪の鋭い手のようで、それが大きな身体を持つ人型バグの身体に向けて放たれる。サイコキネシスで作れたその手は簡単に人型バグの身体を引き裂いて赤い鮮血を撒き散らした。
人型バグの身体はデコイと同じ様な作りと強度であまり硬度は高くない。なので能力者の全力の能力なら簡単にダメージを負わせられる。そのことをアインとディズィーは3人の攻撃を見て気付き最大出力の能力を行使した。
「ディズィー!君の身体の軌道を固定する!好きに動いて暴れてくれ!!」
アインの最大出力、それは自分の軌道を固定することでも物体の軌道を固定することでもない。この中で最強の肉体を持ったディズィーの軌道を固定して彼に暴れてもらう事だ。
ディズィーは不敵な笑みを浮かべて神経を集中させる。前に食らった斬撃の傷口は癒えていないが、ディズィーには傷を治す能力がある。これは自分に対してにしか使えないが、細胞分裂を加速的に進行させて傷を癒やす異形能力で、まだ傷口は閉じきっていないが出血はすでに止まっていた。
「任せろッ!!行くぜッ!!」
アインに背中を叩かれてディズィーは地面を駆け出した。その速度は瞬間的に時速100kmにも達し一瞬で人型バグの懐に入っていった。これはアインの能力で空気抵抗を無視した軌道を取れたおかげだ。
「みんな離れろッ!!巻き込んじまうぞッ!!!」
それを聞いたエピは手を引っ込めてすぐさま転身し、マイとユーは一目散に逃げ出した。アインの能力で強化されたディズィーの攻撃に巻き込まれたらひとたまりもない。
「オラッ!!」
人型バグの脇腹の所に入ったディズィーが筋肉とバネをフルに使ってアッパーを繰り出した。その凄まじい威力を秘めたディズィーの拳は人型バグに触れる前から皮膚を凹ませて肋骨のような箇所を砕く。これはディズィーの拳に空気が押し出され、その空気が人型バグにぶつかった結果である。
そしてそんな威力を秘めたディズィーの拳が直接人型バグに触れた。しかしまるで抵抗のないものを殴ったかのような感覚にディズィーは虚をつかれる。
だが、それと同時にその拳を振り切った時にはディズィーの視界は真っ赤に染まって人型の胴体は真っ二つに切断されていた。あまりの威力に人型バグの身体が耐えられず拳の触れた箇所が吹き飛んで真っ赤な血が辺りに撒き散らされたのだ。
そんなダメージを追った人型バグは能力の行使が出来なくなり、集めたエネルギーを吸うことも維持する事も出来なくなった為、そのエネルギーに至近距離に居た人型バグの青い瞳が燃え始めて瞬時に切断された上半身が蒸発した。
「ディズィー!!」
アインは人型バグが抱え込んだエネルギーに耐え兼ねて自滅したのを確認した瞬間に、その近くに居たディズィーが巻き込まれないよう彼の軌道を捻じ曲げて位置関係をずらす。まるでユーのサイコキネシスのような使い方だったが、その甲斐もあってディズィーが蒸発するような事態は未然に防がれた。
「縺セ縺輔°窶ヲ窶ヲ縺昴s縺ェ縺薙→縺娯?ヲ窶ヲ」
アインは上半身が蒸発し、下半身も燃焼し始めた人型バグから確かに聞き慣れたあの言葉を聞き取った。それは前の記憶か、それとも死ぬ間際に奴が残した言葉だったのか、アインは限界の末に膝から地について人類の敵が燃え尽きるのをただ黙って見続けていた。
バグ強すぎだったかもしれん。完全にパワーバランスが崩れている気がする。




