初戦闘
できるだけの準備はした。最悪の事態を想定していつでも逆行出来るように僕は後方で待機し、他のみんなが起爆出来るように前方で待機する。シルバーは最後まで付き合うと言って僕と同じく後方で待機しているが、身体が震えていて今にも失神しそうだ。
「あの、大丈夫ですか?」
声を掛けるとビクンッと身体を震わせてこちらに振り向く。うん、怯えているのが良く伝わってくる反応だ。
「だ、大丈夫…ではない。怖くて仕方ない。なんで丘の上へ逃げ出さなかったのか自分で自分を疑っている。」
「今からでも間に合うかもしれません。今から逃げては?」
無理して付き合う必要はない。寧ろこんな怯えていたら戦力としてカウント出来ないし、邪魔になるかもしれない。この人を守りながら戦える程敵は甘くないだろう。
「…なんでお前達は戦える。怖くはないのか?」
それはまるで懇願のような質問だった。疑問というより自分の求める答えを求めているような問い。そんなことを聞かれても彼女の求める答えは言えないよ。
「怖いに決まっているじゃないですか。」
シルバーはポカンとした表情で不思議そうなものを見るような目で僕を見る。
「なら、なんで逃げないんだ?誰もここには糾弾する者は居ない。逃げても罪にはならないんだぞ?」
「…逃げた先に目的地があるから言えるんですよ。僕とアネモネには無いんです。」
「…どういう意味だ?」
シルバーはこの任期を終えたらネストスロークでの生活が保証される。でもそれは僕とアネモネには適応されない可能性が非常に高い。
「ネストスロークから送られる物資がこのまま続くと思いますか?向こうだってキツいんですよ。地球に居る人員とネストスロークに居る人員、どっちを優先するかなんて明白です。」
「…考えたくないな。切り捨てられるのは私達の方か。」
「しかもネストスロークが抱えているエネルギー問題や食糧難はアネモネや自分の能力である程度は改善される予定だったんです。でも僕達は地球へ降り立ってしまった。ネストスロークに戻っても居場所が無いんですよ。」
結果を出さないと僕達はネストスロークには戻れない。いや、結果が出せないとネストスロークに強制帰還させられるのか?それでネストスロークの為に能力を行使し続ける生活を死ぬまで続ける。…アネモネは嫌がるだろうな。
「そうか。お前達が地球奪還に拘る理由が分かったよ。」
「地球を取り戻せればネストスロークに戻らなくてもここで生活出来ますし、もうネストスロークへは戻りません。ここで生きて、ここで死ねるよう人類が生存出来るぐらいにはバグを殲滅させないとなんです。」
この島のバグを殲滅するぐらいはしないと、安心出来ない。島ということは海に囲まれている。ここへ来ようとするなら空を飛ぶか泳いでこないとけないから、ある程度は守りやすいと思う。
「言っておくけど不可能と思ったほうがいい。バグも進化している。じゃないとこんな数まで増えない。元々地球に居た生物がバグと入れ替わっているからな。生存競争で人だけじゃなく他の生物達もバグに負けたんだ。」
…やっぱりそうだったんだ。今の地球では魚や獣も能力を使って人を襲ってくる。虫のような知能が低い個体ですら人を敵として認識している。地球を完全に取り戻すのなら地球上全ての生き物を絶滅させないといけないことになる。
そしてネストスロークに残っている様々な生き物のDNAからクローンを作り出して、地球に定着させたり等の活動もしないと元の地球には戻せない。…不可能だ。僕達が死んだあとも何百年もその活動が続けば可能性はありそうだけど。
「バグが元々地球に住んでいた生き物と置き換わるのは許せない行為だと僕は思います。」
でもここで何もしないなんて選択肢は取れない。バグを絶滅させることは出来なくても人間に害のある個体や種類ぐらいはどうにかしなければ。
「…何故奴らがバグと呼ばれているか知っているか?ネットワークや機械のシステムなどに発生するバグから来ているんだ。地球そのものに発生したエラー、奴らがバグと呼ばれるようになったのも納得だろ?」
「ならそのバグは消さないと。元の正常な状態に戻さなければ僕たちは滅ぶだけです。」
なんで今こんなこと話しているのか分からなくなってくる。集中したいのにシルバーとの話に熱が入ってしまい、抑えていた感情が溢れてくる。
「進化の過程で生じた結果なら、人類はそれを受け入れるしかないと私は考えている。どう考えてもバグの方が生物として優れているからな。だから人類は生存競争に負けた。今回も負ける。よしんばここで1回勝てても、地球上には数え切れないバグが居る。そいつらに勝ち続けることは非現実的だとは思わないかアイン。」
反論しようと隣に座っているシルバーの方を見た…。彼女の横顔は影が入り何も言い返す事が出来なくなる。ここで彼女を言い負かしても意味がない。彼女の意見は彼女のものだ。僕がどうこう言えるものではないと考え直し、僕は口を閉ざした。
しかし彼女がここに居る。なんでシルバーは後方配置とはいえ僕達と行動を共にしているんだ?逃げればいいのになんでだ?聞いたはずなのに答えていない。寧ろ質問をされてはぐらかされた。
(…まさか、考えづらいけど念の為に仕込んでおくか。)
僕はシルバーに気付かれないよう彼女の服の上を軽く触れる。これで彼女は僕の射程圏内に入った。彼女が何かをしようとしても時間が止めて行動を封じれる。…ファグのような事はないと信じたいが、前回撃たれているからね。油断はしない。
「…来たか。」
基地内にある外の明かりも届かない倉庫の中に居た僕らは外の様子を音でしか把握出来ない。微かにだがファグの叫び声が外から聞こえてきた。人型バグと接触したと見ていいだろう。
「始まりましたね。…まだ爆発させていない。」
「まだ設置地点までは来ていないんじゃないか?見えるところまでは来たとは思うが。」
緊張のせいか自然と早口になり、お互いに思ったことを言い合う流れになった。どうなってもすぐに対応出来るようにしようという考えが2人の間に共有されている。
「アネモネ達に任せっぱなしになるけど、みんなを信じるしかないです。」
こればかりは祈るばかりだ。みんなとは話をしていた。もし爆発が起こらなかったり、爆発しても誰も僕達を呼びに来なかった場合に僕の判断で時間を逆行し、昨日へと戻る。それがみんなとの約束…本当に情けない。僕はバックアップのような役割でしか参加させてもらえていない。
「もし昨日へと戻ったなら私しか知り得ない情報を言うことを忘れるなよ。そうすれば話がスムーズに進む。この作戦の成功確率が上がるかもしれない。」
シルバーともそんな話をしたっけ。確かシルバーの同期の名前と好きな食べ物と…好きな相手だったな。シルバーは好きな人を亡くしたから断念してしまったのかもしれない。僕も仲間を亡くしたらシルバーのようになったりするのかな。
「必ず伝えます。」
もしかしたら前回の時点で僕は仲間を失っていたのかもしれない。それでも僕は仲間と作戦を立てて、いまこの時に実行している。僕は僕だ。シルバーとは違う。何度も何度もやり直せる僕なら仲間を一人も欠けさせることなく地球奪還を成功させられる筈だ。
(みんな、頼んだよ。)
ファグの叫び声が悲鳴に変わり、そして静寂に変わる。この静けさが今までで一番緊張する場面だ。今すぐにでも起爆するかもしれないという考えが頭によぎる。
…まだか。…まさか失敗したか?みんなが人型バグに見つかった?それにしても音がなさ過ぎる。見つかったら見つかったで何かしらのアクションは起こすはず。…抵抗も出来ず精神支配されたのか?
「…私が見てくる。1分して帰ってこなかったら時間を逆行して戻れ。いいな?」
シルバーは僕の返事を聞かずに何重にもなったカーテンを捲って倉庫のドアを開け、倉庫の外へと出ていってしまった。
僕は彼女を連れ戻そうと彼女の軌道を創り出した。そしてその軌道が倉庫の外にあっても認識出来る事に気付いた。
(…これは使えるぞ。)
正確な場所は分からない。でもどんな軌道かは分かる。今の彼女は歩いている。この動きがされている間は精神支配は食らっていない筈だ。あの特徴的な上を向くポーズをしたらすぐに分かる。これでアネモネ達と接触すればシルバーの動きで分かるだろう。
そんな考えをしていた時、それは突然爆音を鳴らして基地全体を揺らした。爆薬が起爆されたのは間違いない。僕は作戦が成功したのか、失敗したのか、それらを知らせる筈の報告が来ないまま僕は倉庫の中で1分以上待ち続けた。




