時間制限
話は順調に進んでいき僕はその都度自分が言ったであろう会話を繋いで会話に参加した。そして僕の狙い通りシルバーから手記に関しての情報の開示に成功する。どれも見た記憶のあるものばかり。これならここに時間を割く必要性が無くなった。
(アネモネ…。)
僕は近くに居たアネモネに小声で話し掛けた。前は手記の内容を見ることに集中していて分からなかったけど、ファグは僕とアネモネを注意深く観察している。今も視線を強く感じるし、目立つ行動は取れない。
「なに?まだこれ読み終わっていないから待って。もう少しで読み終わるからその時に渡す。」
アネモネは集中していてこちらの意図に気付いてくれない。そういえば一番この手記に食い付いていたのはアネモネだったっけ。この今にも手記を食らってしまいそうなアネモネを引き剥がすのに苦労しそうだ。
(どうしたものか…。)
ここで真実を話してしまうか?でもシルバーもファグのような思想を持っていた場合にはどうなってしまうか想像がつかない。いきなり襲ってくるような事は無くても寝込みを襲われる…なんてことはありそうだ。
シルバーを信じられる材料が無い現段階では敵として見るしか行動が取れないか…。
「シルバー…一度この情報を整理する時間を貰えませんか?いきなりこんな情報を知ったせいか、上手く頭の中に入っていかなくて…。」
この提案はシルバーが元々そうしようとしていた提案に寄り添ったものだ。前回の彼女は僕達に情報の開示だけをして話し合いを後日に持ち込んだ…つまり彼女はこの提案に乗る。間違いなく。
「ああ、そういう事なら構わない。なんだったら後日にまた手記を見てもらっても良い。」
良し。シルバーは僕の提案に乗ってくれた。早くこの場から離れて明日起こる事をみんなに教えないと…
「いえ、私は大丈夫です。私は残って見させてもらうので、アインのように戻りたいって人は戻っ…」
「アネモネ、また見させてもらえるんだから一度みんなで考えよう。」
急いでアネモネの手を掴み、言い終わる前にアネモネを部屋の外へと連れ出そうとする。彼女は無理やりでもここから連れ出さないと!
「だから私は…」
「アネモネ。」
彼女の手をギュッと握り目で訴える。これ以上は言葉には出来ない。ファグとシルバーが居るせいで僕の行動は制限されている。だからこれで伝わらなければ最悪彼女だけこの部屋に置いていくしかない。僕達には時間の猶予が残されていないのだから。
「………はぁー。分かった。アインがおねむだからみんな部屋へ戻りましょう。」
…これ伝わったか?本当にそう思われているかもしれないけど、アネモネをこの部屋から連れ出せる事に成功した。
「そうか。ならまた後日に時間を決めてこの部屋に集合だ。」
「はい。時間を作ってくださりありがとうございました。貴重な資料も見させてもらってなんとお礼を言ったら良いのか……」
良かった。これで部屋に戻ってから明日について話し合いが出来そうだ。
「あ、そうだ。アイン明日空いているか?」
落ち着け…表情に出すな。いつものように反応しろ。
「…明日何かあるんですか?」
ファグ……お前の考えていることは分かっているつもりだ。今決めたんだろう?僕を殺すことをさ。
「いや、少し気になってな。何も無いのならそれでいいんだ。おやすみ。」
ファグは笑顔で挨拶を言い、僕は無表情のまま会釈だけに留めて部屋を後にしようとする。もしかして今ここに居る僕の行動がファグの決意を後押ししたのかな…。もしそうなら彼にはもう一度死んでもらうだけだけど。
「また明日。」
そんな心無い言葉を言えるぐらいには僕の精神には変化が起きている。記憶しか変わっていないのに性格にも影響があるということは、記憶による影響力は凄まじいって事になるよね。
「アイン?なんか大丈夫か?確かにやべー事書いてあったし、俺には全部のことを理解出来るような内容でも無かった。でも今のお前はちょっとおかしいぞ?」
ディズィーがそう思うならみんなにも奇妙に思われているだろうな。だから僕は人差し指を口に当てて部屋へと急ぐ。そして男子に振り分けられた部屋へみんなを連れて行き、ドアを閉める前に廊下を見渡した。…誰も来ていないな。
「マジでどうした?アインらしくないぜ?」
「エピは黙ってて。これだけ周りを警戒しているんだからよっぽどの事があるのよ。」
みんなもあの手記に関して色々と考えたいだろうに僕の行動からそれどころではないと察してくれて思考を切り替えてくれている。本当にありがたい。すんなりと本題に入れそうだ。
「…落ち着いて聞いてほしい。」
「落ち着くのはあなただけどね。」
確かに…それはそうだ。みんなは落ち着いている。僕だけが忙しなく辺りを警戒して部屋の中を立っていて、みんなは疲れてそうな顔でベッドに座っている。
「そうだね……ちょっと待って。………………ふぅ。良し大丈夫。」
みんなを見ていたら落ち着いた。やらないといけないって気持ちになって思考が冴えてきたおかげだ。明日になる前に行動方針を決めよう。
「先ずは僕は明日から来た。」
「…なるほどね。食堂の時に入れ替わったの?」
「そうだけど違う。入れ替わってはいない。そこもちゃんと説明する。明日何があったのかみんなに話さないといけない。じゃないと最悪みんな死ぬ。」
脅すつもりは無かったけどみんなの表情が凍りつく。僕がこんな嘘を言うやつではないとみんなが知っているからすぐに信じてくれてた。
「…マジ?」
「マジ。因みに僕は死んだ。」
(…と思う。未来から来た僕はこの時間には来れなかった。つまりあの空間の流れに飲まれたのだろう…。)
「はあ!?なら今のアインは!?」
「そんな因みにの後に言うような内容じゃないよ!」
「死んだの!?なんで!?明日何があるっていうのっ!?」
みんなからの総ツッコミに僕はたじろぐ。みんなの言う通りちょっと軽く言い過ぎた。
「えっと何があったのかは僕の視点からの情報しか知り得ないけど、それでも分かっている事は言うよ。昨日は…って言ってもみんなからは今日の事でこれからあったはずの事か。でもこの僕にとっても経験のしていない事で…」
「いや!もう分からん分からん!何時の話をしようとしているんだ?俺にはもう理解が出来ていないけどみんな分かってる?」
「今のアインは明日から来たというより今日と明日の記憶があるって事。そしてこれから話すのはシルバーの部屋の中であったであろう会話や出来事の話よ。」
いやアネモネが分かりすぎてて怖い。なんであんな説明で僕の状態すら分かるの?怖いよ…本当に怖い。
「今の話でそこまで分かるのアネモネぐらいよ…。」
フェネットや他のみんなも同じ様な感想を抱いていそうだ。アネモネだけが異常なまでに察しが良すぎる。
「あーそうだね。アネモネの言う通り。今の僕は未来の記憶、明日の死ぬ直前までの記憶がある。それで僕が早く切り上げてしまったけど、あの後にシルバーから“始まりのバグ”について教えてもらった。青い瞳をしているっていう共通点があるって。」
「青い瞳…?それが共通点なの?」
「青い瞳なんて人にも居るじゃん?それだけの共通点って…」
「うん…瞳だけじゃなく実際は眼球全体が青い。だから見ればすぐに分かるよ。」
この一言で部屋の空気がガラリと変わった。この情報には経験から来る感想のようなものが含まれている。つまりこの話の流れから明日起こるであろう出来事に関係しているのは明白だった。
「…明日、来るのね?」
「うん…僕は奴から逃げるためにこの時間に託した。奴は倒せない。だから奴から逃げる為にみんなに集まってもらったって訳だよ。」




