初戦闘
先ずはこの腰から血が吹き出るのを止めなければ失血死してしまう。どれだけ血が流れたのか、あとどれだけ流すと危険なのかは分からないけど僕には止める手段はある。
血の流れにも現在から未来への時間の流れがある。なら僕の能力でそれを止めることだって出来るはずだ。身体の表面に纏わせたベルガー粒子を操作して銃創の周りに纏わせる。それから出血し続けている血の軌道を固定し失血させた。
だが弾丸が体内に残っている。確かこういう物が体内に残っているのは危険だ。弾丸は貫通している方が良いらしい。弾丸などに使われている鉛が血に溶け込んで鉛中毒を起こしてしまうからだ。
なら体内に残っている弾丸にもベルガー粒子を纏わせて軌道を創り出す。…この弾丸を逆行、させて…ッ!
「…ッ!」
傷口を抉るように弾丸が引き抜かれる。あまりの痛みに涙が出てきて奥歯が砕けるんじゃないかってぐらい噛み締めて耐え抜いた。まだファグが居るのに泣いていられない。
「なんなんだよお前…っ!お前みたいな奴がこんな所へ来てんじゃねえよッ!」
ファグは叫びながら腰のホルダーから新しいマガジンを取り出してリロードを始める。…ここで引かないのなら僕も引かないよファグ。
腰から取り出した弾丸を掴みファグの方へ向ける。弾丸が相手に見えるように弾丸の底面であるベースを前にして構えた。
「次は銃身がぶっ壊れる程の速さで撃ち抜いてやるッ!」
目は血走り口の端からは泡のような唾液が漏れてとても醜い…。これがファグの本性か。やりたくないなんて言っておいて、人を殺すのを選択肢として考えている奴がほざくな。
「逆行しろ…【逆行】」
僕はファグとは対象的に淡々と能力を行使し弾丸を射出した。この弾丸が音速の速度で射出された軌道は創り出せている。この軌道をファグに向けて逆行させるだけで僕の戦闘は終わりだ。
「ガフッ!?」
僕の撃ち出した弾丸はファグがこちらに発砲するよりも前に彼の首を捉えて貫通した。首元の襟を緩めて着こなしている彼は僕の逆行させた弾丸を防げなかったようだ…。
「…バグよりも人間を殺すのが早かったよみんな。」
首から血を吹き出しながら倒れたファグは痙攣しながら口から大量の血を吐き出して…動かなくなった。恐らく死んだんだろう。脊椎を創傷させたのかもしれない。それならもし即死しなくても治療出来ず助けられなかっただろう。
「僕は謝らないよファグ…。君は危険な個体だったから。」
ネストスロークで生産される個体の中にはファグのような危険な思考パターンを持つ者が産まれる。教育段階で分かれば処分するか調整をするんだけど、稀に彼のように周りに気付かれずに潜伏している。
僕はその個体にたまたま当たり殺し合いを興じた…それだけだ。僕は別に殺したくて殺したんじゃない。
『でもな…やらねえといけねえ時ってあるもんだよ。やりたくてやるわけじゃねえ。仕方なくやるんだ。だから…』
その時に彼の言葉が頭の中でリフレインした。今の僕と同じ考えであることに気付いてしまった。全くといって同じ事を今ぼくは考えている。
「………みんなの所へ行かないと。」
能力を使って戻ろうと思ったけど、この状態であの空間に行くのは危険過ぎる。僕もまだあの空間のことを理解していない。もし戻れなかったらどうなってしまうか、考えるだけで恐ろしい。
「車…車を使えば。」
車で移動すればすぐにとはいかなくても1時間で戻れる筈だ。運転席に座りエンジンを起動させる為にスイッチを押す。…だが音が鳴らない。もう一度押すが何も変化が起こらないのでブレーキやシフトを確認するが特におかしな点は見られない…。
「なんでだ?説明された通りにしているつもりなんだけど…。」
車内だけではなく車の外側に目を向けると原因が分かった。ファグが撃った弾丸が僕に当たって跳弾したんだけど、僕の表面に触れた為に全ての弾丸に軌道が創られていた。その軌道の先にこの車に繋がっている軌道を見つける。
「これは…運が悪い。」
車から降りて見てみると車のボディーに銃創を見つけた。恐らく車の大事な部分に弾丸が貫通し車が故障してしまったのだろう。どうしよう…直したくても能力が使えるようなコンディションではない。寝不足や初めて人を殺したという精神負荷に加え腰のダメージが深刻だ。この状態で能力の行使は難しい。血の流れを止め続けるだけで精一杯だ。
…道は覚えている。歩くしかないな。
「ファグ、君は置いていくよ。バグに食べられていなかったら回収しに来る。」
傷口を手で押さえながらみんなが居る基地へ歩き出す。急がないといけない。…ファグは人を殺すのに抵抗の無い個体だった。他の先輩達もそうかもしれない。
アネモネ達が心配だ。まだ僕が基地に居た時はみんなはまだ寝ていた。寝込みを襲われたらどんな能力者でも簡単に殺されてしまう!
「急がないと…!」
夜になると活発になるバグも居る。この状態で襲われたらろくに対抗も出来ずに殺されてしまう。急いでこの丘を越えて森へ入ろう。
(持ってくれよ…僕の身体っ。)
僕は歩き続けた。何時間歩いたかは分からない。意識が朦朧とし、能力を行使し続けないと出血で死んでしまう。そんな中で歩くだけでも今の僕には難しい。…辺りも暗くなってきた。間に合ってくれ…。
木々の間に作られた道を進む。体力が無く下の方ばかり見ていたせいで僕は異変に気付かなかった。もっと前からそうだったのかもしれないのに、気付いたときには手遅れだった。
空の様子を見ようと思い顔を上げた時にようやく僕は異変に気付いたのだ。
「なんだあれ…。」
空が色んな色をしているのは知っている。夜になってもそれは変わらない。でもあの色はいつもと違う。明らかに暗いのだ。まるで景色に一本の線を入れたような異質な薄暗い線が縦に一本引かれている。どこからその暗い線が引かれているのか上の方を見てもまるで分からない。
…宇宙から降り注いでいるのか?それぐらい遠いぞ。こんな事象は能力でしかあり得ないし、みんなの能力にあんな事象を引き起こせるものは無い。つまり他の能力者が能力を行使している!
「急げっ…!」
棒のようになっている足を無理やり動かして基地へ走る。多少の出血はもう仕方ない。足の軌道を操作して能力で走る。筋肉はもう限界だからまともに動いている脳を使わなければ…!
基地が見える距離まで来るとあの暗い線が基地の方から立ち上っているのが分かって嫌な予想が頭に浮かんでしまう。もう戦闘状態に入っているか…!?
だが明らかに静か過ぎる。ここに来るまでに発砲音も聴いていなければ人の声も聞いていない。戦闘は起こっていないのか…?
いや、基地に入れば正解が分かる。もし…アネモネ達に何かあれば僕が先輩達を殺すだけだ。そこは迷わない。例え先輩達が仕方なくそんな選択肢を取ったとしても、僕はやるだけだ…
暗い線の発生源の下まで来た僕の前に現れたのは予想していない状況だった。基地の前で先輩達が真上を見て立っている。そしてそのすぐ近くにある暗い線、その先は影だった。そこに光が無いから暗い線に見えたのだ。
そしてその影の中央に居た者、それはバグだった。見たこともない人型のバグ。
二足歩行をしているそのバグはまるで服を着ているような姿で非常に気味が悪い。だって、それが服ではなく皮膚なのは質感で分かったからだ。…顔は見えない。頭部を隠すように傘のような帽子のような物を被っている。
所々は人に似た形状なのに人ではあり得ない部分もある。先ず身長が高い。周りに立っている先輩達と比較しても2メートル以上ある。…いや、バグもそうだけど先輩達は何をやっているんだ?バグが目の前に居るのに空を見ているぞ?
だが更に観察していると他にもおかしな点が見えてくる。先輩達は真上を見ているけどあんなふうに真上は向けれない筈だ。あんな向き方をすれば首の骨が折れてしま…う…
そう…先輩達の首は折れていた。首と頭の付け根の首が折れて文字通り本当に真上を向いている。後頭部が首のとこへ来ていておかしな向き方をしていた。
僕はその時やっと気付いた。バグは人を襲う生き物でこの基地には多くの人が集まっている。いつ襲ってきてもおかしくないと自分の口で言っていたのに関わらず、この事態を予想もしていなかったことに。
僕の居ない間に基地がバグの襲撃にあっていたのだ。




