殺意を向ける対象
急展開が続きます。
これは…どうしたものか。ファグに能力を見せるつもりはない。アネモネから強めに「能力を見せるな」と言われているからね。自分としてもまだ能力の開示はしたくない。
「…寝不足と慣れない運転に疲れてて能力が使えません。」
「…嘘じゃないだろうな〜?」
ファグはふざけ半分で聞くような感じでこっちを見る。
「本当ですよ。自分でも驚いています。」
全て嘘という訳ではない。コンディションが良くなくて能力が暴発したり上手くコントロール出来ないかもしれない。そんな状態で僕の能力は使えない。非常に危険な能力だからだ。
「ま〜しゃーないか。慣れない環境に慣れない作業、それにしたこともない徹夜が続くとキツイよな〜。」
…ん?なにか違和感を覚える。なんだ?ファグの言う通り徹夜明けだから頭が回らない。
「…ちょっと周りの景色見てみろよ。気分が落ち着くしあまり地球の景色を見れる機会なかったろ?ちょっと遠出しないと見れないからな。」
「まあ、そうですね。確かにネストスロークじゃ見れない光景です。あっちは角ばっている光景しか見れませんから。」
ファグの言う通り地球の景色をこうやって見れる機会は貴重なものだ。何色にも重なった空模様に雄大な地形。どれも美しい光景に思える。出来ればあの青かった空を直接見れればどんなに良かったか。
「俺は何度も見ているせいで何も思わなくなったがアインには新鮮だろ。」
ファグは腰に付けたホルダーから目的の物をアインに気付かれないよう静かに取り出す。
「そうですね。昔の映像や写真は見る機会があったのですけど、最近の地球に関しての資料はあまり無いですから。」
「ほ〜〜そっか…。ならここに連れてきて良かったよ。」
取り出した物を手に取り能力を行使する。対象は大した大きさではない。問題なく能力で干渉できる。今さっき試しに能力を使っておいて正解だったな…。
「俺は見慣れちまったよ。最初は戸惑ったり失敗したりして…気が付いたら慣れている。怖い生き物だよ人間は。」
(…ここで気付かれたら終わりだ。静かに、静かにこいつを起こして…)
カチリッ…と音が鳴った気がしたが、風の音が混ざってどこから鳴ったのか聴き分けられない…良く聴いたことのある音のような…?
「でもな…やらねえといけねえ時ってあるもんだよ。やりたくてやるわけじゃねえ。仕方なくやるんだ。だから…」
ファグは能力を行使する。対象はホルダーから取り出した物の一部だけ。それだけでことは済む。目にも止まらない速さで射出されたそれはアインの背後から襲い掛かり彼の体内に侵入した。
「なに…これ、熱、い…っ!」
聴き慣れた衝撃音の後に来る異様な腰周りの熱さと一人で立っている事が出来ない程の下半身の虚脱感。それらが同時に襲い掛かって僕は地面の上に倒れ込む。そして腰の熱さが突然引いてきて激痛に変わり、体温が急激に下がって寒気に襲われる。
「ファ…ファグ…!?」
倒れたままファグの方を見ると彼の右手には拳銃が握られており、銃口の先からは硝煙が立ち上っていた。この拳銃で背後から撃たれたことは間違いない。
「お前が着ている戦闘服は普通に撃てば弾丸を防ぐものだが、弾丸を加速させれば服を貫通出来るんだよ。まあ、あまりにも加速させ過ぎると銃身がイカれちまうがな。」
腰から頭の天辺まで突き抜けるよな激痛のせいで話が半分も入ってこないっ…。でも、彼が戦闘服を着た相手に対して発砲した経験があるのは分かる。彼の慣れた動作から嫌な慣れ方を感じ取れた。
「前、にも…誰かを、撃った、のですか?」
口を開き言葉にするだけで骨が軋むような激痛に襲われる。急な出来事のせいで頭が混乱して能力の行使が中々上手くいかない…。
「ああ。能力者ってのは痛みで上手く能力が使えなくなるからな。こうやって不意打ちで撃てばどんな能力者だって地べたに這いつくばる。特に痛みに慣れていない奴は効果てきめんだぜ。」
そうか…やっぱり前にも撃ったのか。何故そんなことを…ッ?
「俺みたいな奴からしたら此処は居心地が良いんだよ。なのにたまにお前みたいな居心地を悪くする奴がやってくる。しかも周りを巻き込むような奴は最悪だ…。さっきのお前の言葉には俺も揺さぶられたよ。」
暢気に構えていそうで銃口だけはずっと僕に向けられている。…本当に嫌な慣れ方だ。こうやって人を殺すのにこいつは慣れている。
「最初は迷ったよ。殺すか殺さずに野放しにするか。でもよ〜危ねえって思ったんだわ。やっぱり車は良い。車で走れば考えがまとまってやることが見えてくる。…ここは本当に良い所だよ。誰にも見られず聞かれず殺せるからな。」
銃口の先が完全に頭部に合わせられ引き金に指が掛けられる。
「お前の死体はバグが食うから誰にもバレない。…知ってるか?地球で死ぬ奴らはバグに殺されるだけじゃないんだぜ?人間同士で殺し合って死ぬ奴が結構居るんだよ。でも上の奴らはそれを知らない。降りて確認しないからな。バグに食われましたって言えば簡単に信じる。」
「…屑、フォグ…お前はバグ以下だ。」
上体を無理やり起こしてこの屑を睨む。初めてだよ。こんな感情を人に向けるのは。バグに対して抱く感情以上の殺意をお前に抱いている。
こいつは間違いなく僕以外にも同じ様な事をする。自分と同じ目標を持ったアネモネ達を襲うだろう。それは絶対にさせない!ここで殺らなければ仲間が殺されてしまうっ!
「あーはいはい。どうせ俺は異常者ですよ〜。欠陥品だから地球に来てんだろうが。S判定の能力者なのにそんなことも分かんねえのか?」
ヘラヘラと笑いながらフォグは車のボンネットから降りて、まるで見下すような体勢で拳銃を構える。…間違いなくこいつは撃つ。速くベルガー粒子を気付かれないよう表面に…!
「じゃあな間抜け。地球奪還は俺に任せて死んでくれや!ハッハッハッ!」
フォグが引き金を引き切る前に僕はある能力を行使した。咄嗟のことだから上手くいくかは分からないけど、今の状態ではこれしか選択肢はない!
銃声が鳴り音速よりも速い弾丸が僕の眉間目掛けて飛んでくる。視認なんて出来ないし音よりも速い弾丸を音で反応して回避行動を取ることも不可能。僕が取れる行動はたった1つ。弾丸を受けることだ。
「…はあ?当たった…よな?この距離で外すわけない。」
フォグは確かな感触を覚えたのに目の前のアインが自分を睨み続けていることに驚愕した。
「…痛っ。」
それに対しアインは眉間に感じる痛みに顔を顰め反撃に転じる。
「なっ!?立ち上がるだと!?」
服から出てた出血の量を考えれば立てるわけがない!まさか能力ッ!?こいつ異形型の能力だったのかッ!?
「クソッ!さっさとくたばれやっ!!」
残った銃弾を全て撃ち込む。全ての弾丸に能力を行使し音速を超えた速度の弾丸を射出した。…だが、どれもアインに当たると衝撃音が鳴るだけで何も変化が起こらない。間違いなく当たっているのに何故だッ!?
「おわっ!?」
撃ち込んだ弾丸が跳弾して顔の横を掠めた。まさかアインに当たって跳ね返ってきたのか!?どんだけ硬いんだあいつの皮膚はよ!?
「…フォグ、お前は僕の能力を知らないまま襲い掛かってきたのが間違いだった。先に能力を教えて僕の信用を得ようとし、油断を誘うとしたんだろう?」
お前は僕という能力者に知られた。その結果から逆行するだけで僕はお前に先手を取れる。時間の進行する方向を選べない程度のお前が因果律の操作を出来る能力者に勝てると思うなよ?
「な、なんなんだよこの能力は?ふざけんなよ!」
フォグは後退りし僕と距離を取ろうとする。…その拳銃の弾数は知ってる。訓練で使ってたから。自分よりも体格で劣る僕が怖いのか?
「自分の動きを固定しているんだよ。全ての事象には前後関係がある。つまり軌道があるんだ。その軌道を固定すれば弾丸程度の干渉は受けない。…ちょっと痛いけど。」
衝撃や熱、重力には干渉される。後は分子同士の分子間力とかもね。でもある程度は無視して軌道を固定出来る。
「動きを再現し、無駄な干渉を取り除く。【再現】…と、僕は自分の能力をそう呼称している。」
初のアイン戦闘場面です。




