人類の進捗
僕達は物資を運びながら地球での人類の拠点となる場所へと向かっていた。物資は車輪の付いた見たことのないカート…?という道具に載せているのだが、こういうところは実際に見てみないと知れない部分だ。
「なんか、思ってたより……平和なんだけど?」
「そう…だよね?」
ネストスロークとは違う月面に近い地面の上をカートを引きながらそんな感想を言い合うナーフとユー。みんなにあの後に合流し事情を説明した。僕達をわざわざ迎えに来て貰った事とこの辺りには危険なバグは居ないことをだ。
この辺りは人類の数少ない占領地域で、ここ以外に物資輸送用の宇宙船が降りる事は出来ない。しかも降りる時間も決まっているだとか。詳しくは知らないけど空を飛ぶバグが居て宇宙から降りてくる宇宙船に群がったりするかららしい。
「そういえば自己紹介はまだだったな。俺はF.G.0099。みんなからはファグって呼ばれてる。R.E.0001は?」
迎えに来てくれた3人の中でリーダー的な位置にいると思われるファグと名乗った個体からなんて呼ばれているかを聞かれた。ファグは金色の短髪で僕の3倍は体重があるんじゃないかってぐらいに体格が良い。ファグと僕は同じカートを押しながら世間話のような話をする形になってしまった。
「えっと、アインと呼ばれてます。」
「へー面白いな。アインか…良し覚えたぞ。アインはS判定の能力者なんだろ?歓迎するぜアイン。」
「はぁ…。」
こちらの情報をある程度知っているのか。思っていたよりもネストスロークが彼らに情報を与えているな。
「それで気になっていたんだがどうして地球に来た?お前ぐらいの判定を貰ったら将来は安泰だろ?なのに地球に降りようなんて良く思ったな。」
不思議な事を聞く。理由なんて言わなくても分かるだろうに。
「地球へ行きたいって理由以外に動機なんて無くないですか?ファグも地球へ行きたいから来たんですよね?」
当たり前なことを言ったつもりなのに彼は驚いたような表情で僕の顔を見る。…なんでこんな目を向けられないといけないんだ。
「すげーな…俺は来たくなかったぜ地球には。でもこれしか選択肢が無かったし同じ様な立場の仲間も居たからな。みんなで地球に来るしかなかったんだよ。」
…どの期生にも同じ悩みを抱えているんだな。
「自分もです。」
「え?」
「一緒に来た仲間も同じ様な選択肢しかなかったんで誘いました。」
「あ、そっちか。…なら、後悔させるなよ。仲間達の期待だけは裏切っちゃ駄目だ。これ、先輩としてのアドバイスな。」
「分かってます。自分達の代で絶対に地球を奪還してみせます。」
「…あー、そっちか。」
ファグはそう言ってから何も話そうとせず無言のまま自分と一緒にカートを押し続けた。自分にとってはそっちのほうが気楽だから良かったけど、何か引っ掛かるような会話の終わり方に僕は不信感をファグに抱く。
(ファグ…悪い人ではなさそうだけど、一度アネモネと話した方がいいかもな。)
こういう時はアネモネの考えを聞きたくなる。僕はアネモネの姿を探した。すると少し離れた所に自分と同じ様にカートを押しながら、僕と同じ様な事を考えていそうな顔のアネモネが僕の方を見ていたのだった。
そして僕達は開けた土地から森の中へと入り、木々の生い茂ったその景色に興味を惹かれながらもカートを押し移動し続けた。
地面が凸凹していて非常にカートを押しづらかったけど、カートが押しやすいようある程度は整備されている。それでも慣れていない自分や他の仲間達も苦戦していた。
森へ入って40分が経った頃、僕達の目的地でありこれからここで暮らすことになる地球基地へ辿り着いた。
月面基地とは違ってここの基地は…なんて言ったらいいのかな。…自然が豊か?基地の天井部に草木があって上からではここに基地があるようには見えない。
もしかして空を飛ぶバグから隠しているのか?可能性は高い。こっちのほうが確かに見つかりづらいな。
それから基地はネストスロークみたいに金属で出来ている部分と木を加工して作られた建物が複雑に混ざり合っていて見ているだけで面白い。ネストスロークからの物資では基地全体の加工に必要な材料が得られないからこうした造りなのだろう。
「おーい!新人共が来たぞー!」
基地の外で作業を行なっていた人達がこっちに気付き駆け寄ってくる。歓迎されていると見ていいのだろうか。中には車と呼ばれている機械に乗ってこっちに来る者も居た。…あれで迎えに来てくれればよかったんじゃないか?荷物が運べるような造りだよねあれ?
「うおおーー!話には聞いていたけど今回は人数が多いな〜!」
「へー女の子の方が多いんだ。珍しいね。」
「誰がS判定の能力者!?2人居るんでしょ!?サンプル頂戴!!」
基地から出てきた人達も合わせると中々の数になり僕達は先輩達に囲まれてしまう。ここに先輩達の数はおおよそだけど15人は居ると思われる。
「ほらほらみんな新人達が戸惑ってるでしょう。オリバは達は物資を運んでミナ達は新人達を基地の中へ案内して!」
片腕の無い女性が車の上へ上がり指示を飛ばすと皆がすぐに言われた通りに動き出した。…今まで会った中で1番怖い女性かもしれない。
僕と似た髪色の女性、ここでは当たり前なのか髪を後ろに纏めて縛っている。背丈はあまり高くなくて寧ろ他の女性達と比べると小さい。
服装はかなり自分達と違って上は黒地のシャツを1枚着ているだけで下は迷彩柄のズボン。右腕が無く肩周りに酷い傷跡があって見ているだけで痛そうに思える。
良く見ると彼女の顔には右目を隠すように布が巻かれていた。怪我をしているのか?あっちこっちに小さな傷跡も見れるし彼女がどうやってここまで生きてきたのか興味をそそられる。
(バグと戦った時の傷だろう。後で話が聞けるといいんだけど。)
僕達はミナと呼ばれた女性に案内され基地の中へと向かった。この時もミナは銃を携帯しており室内でもそれは変わらない。人がこうして暮らせている場所でもバグに襲われる事はあるのかな。
「あの、ミナ…?少し質問をしてもよろしいですか?」
「ぶふっ!何その話し方!ここじゃそんな話し方聞けないからつい笑っちゃった。」
ミナは僕達を案内するために先頭を歩いていたけど、笑いだしてから立ち止まりこちらに振り返った。
「…ここの人達って粗暴な性格の個体が多いんですね。」
「あ〜そういう認識か。そうかそうか。私も昔はそういう感じだったかな。」
壁に背をつけて少し懐かしむ表情のミナ。僕達と昔は一緒だった?
「ネストスロークの教育とかでそんな考えが前提というか根幹にあると思うけどここは衛星軌道上じゃない。地球よ。地球には地球のルールがあるの。」
地球のルール?そんなことは教わっていない。ここもネストスロークの管理下にある筈だからネストスロークの規律で運用されていると思っていたけど違うのか?
「ルールその1ッ!」
人差し指をピンと立てたミナが得意げな横顔でここのルールを教えてくれる。
「死なないこと!死んだら仲間に迷惑もかかり非常に悲しい。だからここじゃ死んじゃ駄目。」
な、なるほど確かにルールとして必要なことだ。死んじゃ駄目なのは分かりきっている事実だけど、ルールとして設ける事でみんなに共通した認識をさせることが出来る。
「そしてルールその2ッ!物資調達任務はそこそこに!これで死ぬ事が多いからね〜。ルールその1が大原則だからそれに抵触する事は禁止ね。」
…聞き間違いか?ミナはなんて言ったんだ?
「ルールその3ッ!戦闘行為はご法度。生存優先!バグに近付くべからず!」
「あの、それって地球を奪還する事も抵触するんじゃないですか?」
アネモネが一歩前に出てミナに質問を投げる。アネモネが言わなくても誰かしらが言っていたと思う。ルールその1を守ろうとするのならバグとの戦闘行為も極力避けなければならないことになる。
それは…矛盾している。地球奪還作戦に参加した者達がバグに関わらないようにしているなんて。
「え、当たり前じゃん?地球奪還なんて出来るわけないし、君達も任期を無事に終えたいのならここで数年平和に暮らすしかないよ?」
ミナはそう言い特におかしな様子もなく僕達の案内に戻り説明を終えた。僕達はここで地球奪還作戦がとんでもない状況であることを認識したのだった。




