大地の上で出会う
宇宙船が地球へと降り立った。僕達はアナウンスの指示を待たずに物資を下ろすためのハッチの扉を開く。みんなこの日の為に辛い訓練を耐え抜いてきたんだ。目の前に地球があるのに我慢なんて出来るはずがない。
ハッチが上から下へ開閉されていくと最初に感じたのは…匂いだ。どう感想を述べたら良いのか分からないけど、これが地球の匂いだという説得力はある。色んな物が合わさっているのにまるで不快感のないそんな匂いだった。
そして次に感じたのは風。ネストスロークで風を感じることは殆どない。空調で空気の入れ替えがあっても肌で感じるほどではなく、訓練で走ってもランニングマシンの上だから風を切るような体験はしない。
経験があったとしたらアネモネの暴力的なまでの防風。それが僕達の知っている唯一の風。しかしこの風は柔らかくどこまで進んでいくような風だ。この風は能力ではなく地球が起こしている事象であることが信じられない。しかも地表全てに吹いているんだよね?想像もつかないよ。
それから僕達が風を感じた後…最後に感じたのは光。ネストスロークにあった照明なんて比ではない。開きかけのハッチの扉から入ってきた光が船内全てに行き届く。この光は一方向を照らすような光ではない。まるで光そのものの塊が僕達に向かって来たみたいだ。
何もかもが想像を超えた体験、まだかまだかとハッチが開き切るのを待つ僕達。すぐ手を伸ばせばそこには夢にまで見た地球が待っている。
「ああ……これがっ……、本当の地球…っ!」
ハッチが開ききり僕達の目の前に地球が現れる。映像でなければガラス越しの景色ではない。肉眼で、直接見る地球だ。あまりの美しさに呼吸をする事を忘れてしまう。瞬きなんて勿体なくて出来やしない。それに足を踏み出すことだって…。
開いたハッチの上までは吸い寄せられるように無意識に歩いて来ていたけど、地球の表面に足を踏み出す事が出来ない。
「…せーのでみんなで行かない?」
「フェネット…それはナイスアイデア。」
誰も行かないのならみんなで行ってしまおうという逆転的な発想。これなら踏み出せそうだ。じゃないと多分一生ここに居て地球を眺めていたと思う。
「じゃあ…タイミングは誰が言うの?」
「そりゃあ…みんな?」
「みんなで行くならみんなで言おうよ。」
「賛成、ここに居続けるとなんか頭おかしくなりそう。早く先に進みたい。」
ナーフは今にも吐き出しそうな顔色でとても緊張していることが伝わってくる。まさか地球を目の前に吐くわけにいかない。早く地球に降りてしまおう。
「手を繋いで横一列ね。」
みんなで横一列になり手を繋ぐ。1番左から自分、その右にアネモネ、フェネット、ナーフ、ディズィー、ユー、エピ、マイの順番だ。
「地球を奪還しに来てるのに何をやってるんだろう私達。」
そう言いながらもアネモネのその表情は明るい。隣にいるフェネットも釣られて笑顔を浮かべる。
「でも、嫌いじゃないでしょ?」
「…まあね。」
「私達らしいよこういうの。」
脱出する形でネストスロークを出て、地球に降りたら宇宙船からなんとなく降りれなくて…確かになんか、らしいって感じがする。
いつもと違うのは目の前に広がっているこの景色と覚悟の違いだ。もう目の前まで来てしまったんだ。やるしかない。それしか選択肢は残されていないのだ。
月面で働くことも生産系の仕事をすることももう出来ないし選べない。僕達は選択してしまった。地球を奪還するために自分の生き方を全て捧げなければならない。でないとここに来た意味とこの選択に意味が無くなってしまう。
「じゃあ行くよ?いっせー…」
アネモネとフェネットの合図に僕達は繋いだ手を振り出して地球へ一歩を踏み出した。
「「のーでっ!!」」
ジャンプ気味の僕達の一歩は確実に地球の大地を踏んで人類の故郷へと帰還した。
「「「「「「「「ただいまっ地球!!」」」」」」」」
その時、僕達に風が通り過ぎる。地球も僕達の帰還を待っていたのだろうか。
「ははっ…はははっ!ついに来たんだ地球に…!」
喜びを噛み締めながら地球へ来た事実に身体を震わせる。間違いない。僕はここに来るために生まれてきた。そう思わせるものが確かにここにはある。
「…いや、ちょっとみんな。ここ敵に占領された星の上よ?喜んでいる場合じゃないんじゃない?」
ナーフの指摘に我を忘れていた僕達は冷静になり辺りを見回しても戦闘隊形を取る。訓練で仕込まれたせいでみんな合図無しでこの陣形を取れるようになっている。
ディズィーが盾役として前へ立ちその後ろにはユー、マイの2人。更にその後ろに左右へ展開したナーフ、エピ、フェネット、アネモネの4人。そして陣形の真ん中に自分という基本的な形。
この陣形は僕がみんなをすぐに能力の射程圏内に入れて能力を行使出来るようになっている。僕の能力はみんなを強化することが出来ると最近分かったことでこの形に落ち着いた。
「…物資の中には銃火器が入ってると思う。」
また船内に戻らないといけないのか…。やっと地球に足を着けたのに僕達は宇宙船の中へと入って物資のベルトを外していく。ディズィーとユーにはハッチの所で辺りを監視してもらう。ディズィーの視力とユーの張れるバリアならバグを見つけ出し咄嗟に防御が可能だ。
「…こっちは食べ物。多分私達だけなら何十日も食べていける。」
「…これだ!みんなこの荷物に銃が入ってる!」
ナーフが銃の入った箱を見つけ出しみんなに銃を行き渡らせる。これが無くては戦えない者も居る。僕とかは銃がなければ打点がないからね。
「弾を込めて。みんな弾倉が外されてるから。」
銃と銃弾は別々の箱に入れられており誤作動で暴発しないように管理されていた。今の状況ではこれが命取りになるかもしれない。みんなも焦りの表情で弾を込めていく。
「ユー!ディズィー!」
ナーフが銃をユーとディズィーに渡す。ユーに渡したのは自動小銃のカテゴリーに入るアサルトライフル。マガジンに入る弾の数は30発でそこまで多くないが、1発1発がバグに対しても有効な威力を発揮するように開発された特殊な弾丸だ。
そしてディズィーに渡されたのは皆が携帯している銃の中で一際大きい自動機関銃。弾数は驚異の60発でアサルトライフルの2倍あり、しかも弾丸の大きさは1.5倍もある。これで撃ち抜かれればどんな生物も死んでしまうに違いない。
「外の様子は?もし囲まれたら私の能力でこの辺り周辺吹き飛ばすから。」
アネモネがアサルトライフルのコッキングレバーを引きながら物騒な事を言い出す。見た目もかなり物騒だけどね。
「僕はいつでも戻せるようにしておくよ。」
自分もいつでも能力を行使出来るようにベルガー粒子の操作を完了している。敵がどう来ようとも迎撃が出来る態勢だ。
「みんな!何か来る!」
ディズィーの一言に一気に緊張感が増し、身体を物資の箱に隠すように動き静かに様子を伺う。自分達からは決して動かない。これも訓練で教わったことだ。物資の限られた状況では戦闘は出来るだけ避けなければならない。僕達もずっと戦い続けることは出来ないのだから。
「ディズィーもっと身体を隠して!」
「分かってる!でも、あれが何なのか確認しないと。」
ディズィーは頭をハッチの外に出して外を見続けていた。その行為はとても心臓に悪い。見ているだけでこっちの心臓が高鳴って嫌な想像が浮かんでしまう。
「流石に目立ち過ぎたよね。あんなに轟音を鳴らして降りてきたんだから。」
考えてみれば敵地に音を鳴らして来たんだから囲まれてもおかしくない。それなのに僕達はいっせーのーでって言いながら地球に降りていた。かなり間抜けな行動だと今更ながら恥ずかしくなってきたな。
「…こほん。」
みんなの表情が赤く染まっている。…同じ事を思っていたんだろうな。死因が地球に手を繋いで降りたら不意打ちで殺されましたは笑えない。
「…来た!」
ディズィーが敵の姿を完全に視認した。どうやら地球へ来て早々僕達は歓迎されているみたいだ。




