生まれ故郷
月面での一件以来、僕達の訓練内容は大きく変わった。体力作りや遠征のような基礎的な訓練内容から本格的な訓練内容へと変わり、銃火器などの実践的な訓練が追加されて更に忙しい日々を送ることになる。
そして初めて銃火器を目にした僕達はそれがどういうものなのか理解出来なかった。まさか相手を傷付けたり殺したりするだけの道具がこの世にあるとは考えたこともなかったからだ。
しかもこれがかなり簡単に扱える。1時間もしない説明でもう取り扱いが出来たことにみんなで驚愕した記憶がある。
他にもナイフや刃物の取り扱い、それを用いた戦闘術など実戦方式で訓練をしたり脳内にアプリを使って情報を蓄積させたりし、そのおかげで身体の動かし方やチームでの群体的な動き方など学ぶことが出来た。
この訓練は100日で終了し、最後は残りの45日間を能力を使った戦闘訓練を念入りに行なう形になったのだが、これが予想していたよりも面白く自分はこの訓練に夢中になっていた。
戦闘訓練では案外ユーとかが上手く立ち回っていたり、やっぱりディズィーの能力が戦闘面でかなり有用だったりして、充実した訓練を行なえたと思う。
日が経つにつれてみんなが地球へ行くという事を自覚し始め訓練に力が入っていく。ここで学んでおかないと地球で死んでしまうし、仲間を危険な目に合わせてしまうかもしれない。そんな事まで考えるぐらいにはみんなが互いを思いやっていたと思う。あのアネモネや自分までもが思っているんだから間違いない。
そして最後の訓練を終えた僕達はその場で地球奪還作戦へ参加が認められ、地球へ降り立つ日取りが決められた。
地球へ降り立つ前にネストスロークから祝いとして豪華な食事と衣服を支給された。これにはみんな大喜びでユーなんか服を抱きしめて泣き出すほど喜んで、それを見たナーフとディズィーが泣き出すという混沌っぷり。
そして個人的にその様子を見ていたアネモネの柔らかな表情がとても印象的だった。彼女は一歩引いたところから良くみんなを見てそんな顔をすることが多くなったと思う。とても大切そうな笑顔をする彼女は、こう…なんて表現したらいいのか…とても、魅力的…?っと言い表すのかな?良く分からないけど。
でも、アネモネのそんな変化はとても好ましいと思うのは間違いない。最初は僕と同じく誰ともコミュニケーションを取らなかったのにね。実際は結構寂しやがりだと思うよ彼女は。フェネットも気付いているんじゃないかな。
あ、フェネットで思い出したけど支給された服は戦闘服だったんだけど、フェネットだけちょっとサイズが大きかったのは面白かった。AIへ質問した時の返答だと向こうも想定していない身体のサイズだったらしく1番小さいサイズがそれしか無かったらしい。
地球へ行こうとするのはやっぱりガタイが良い個体が多いからだろう。フェネットも最初は文句を垂れていたけど着ている内に慣れたらしい。僕達も少し袖が長いフェネットの戦闘服姿には慣れた。
僕達の着ている戦闘服は白いというより雲のような灰色で今まで着ていた服に比べてかなり厚く作られており全体的に重い印象を受けた。これは実際に着てみて重く感じる事と、ネストスロークの未来を背負うという重さの2つの意味でだ。
これを着るからには地球奪還作戦を成功させなければならないと使命感に駆られる。
僕達は絶対に地球を取り戻す。このネストスロークには未来はない。食料の問題や個体の生産に必要な物資の不足などの問題が山積みで、マザーの計算ではそう遠くない未来にネストスロークは滅ぶという結果が出ている。
だがこれはこれから産まれる能力者によっては回避出来る。例えば自分の能力による食べ物の巻き戻しだ。
訓練をしているとどうしても食べられない時がある。疲れや時間が取れなかったりなど色々な理由があるが、その時は自室の棚の中に食料を保存して後で食べたりする事が一時期流行した。
しかし保存した食べ物を放置して腐らせてしまう事が頻繁に起こってしまう。良く分からないけど食べ物は時間が経つと食べられなくなるらしい。その事象を腐るとエピに教えてもらった。
試しに食べようと包みを開いた時にその食べ物から異様な臭いがしたので食べようとは思えなくて、誰もそれを口にしなかったから良かったけど、腐った物を食べると体調を崩したり最悪死んでしまうだとか。
だから僕達はこの腐った食べ物の処分に困っていた。捨てる場所はない。食事の際にトレイと包みを一緒にワゴンの上に置いて持っていってもらうけど、食べ物そのものを持っていって貰えるのか僕達には分からなかった。
食べ物を残すなんて文化は僕達には存在しておらず、残して腐らせた事に罪悪感を感じ、どうにか出来ないか頭を抱えた。その時に時計の事を思い出しこの腐った食べ物を腐る前へ戻せないか試してみたけどこれが大きな問題へと繋がる。
食べ物を管理している船員達が回収される包みの数に気付いた。いつも人数分の包みが返却されるのに僕達のところから返却される包みの数が毎回バラバラだったのだ。
しかも包みだけで食べ物の返却はない。食べ物を残すなんて事は滅多に起こらない事だけど無くはないのだ。それなのに何故このような事が起こるのか。船員達は僕達が食べ物を手元に置いている事に気付いた。
ネストスロークで製造される食べ物には保存料や防腐剤は入っていない。それらを製造する余裕も資源もないからだ。なので食べ物の消費期限は非常に短い。1日や2日経つだけで腐って食べられなくなるし、この時代の人間はそこまで消化器官が強くないので尚更食べられないのだ。
ここからは僕とアネモネがマザーから呼び出されてそこで聞かされた内容だから実際にどういう経緯があったのかは分からない。どうやら僕の能力がネストスロークの船員達にバレたらしい。そして僕が地球奪還作戦に参加していることも食べ物の返却から露呈してしまった。返却は個人ではなく所属している地区によって纏めて返却されてしまうからだ。
それで僕が地球へ降りることを船員達が大反対しているとマザーから聞かされた。命を捨てに行くようなもので資源の無駄だと…。
そこで僕は気付かされた。船員達は地球には興味なくこのネストスロークでの生活にしか興味がないんだと。地球を奪還するよりも食べ物の廃棄の無駄や余計に掛かっているコストの削減に僕の能力を使うべきだと進言が挙げられた。
勿論僕以外にもアネモネにもそういう話がされた。彼女の能力は元々コストを大幅に削減出来ると判断された経緯がある。僕達2人は地球に行くではなくネストスロークに残ったほうが良いとネストスロークが判断した。
「しかし我々はR.E.0001とA.N.0588の2名は地球奪還作戦への参加を認め予定よりも早く地球へ降り立つ事を決定しました。」
マザーは続けて言った。地球奪還はネストスロークの第一目標でありこれがラストチャンスだと。
「確かにあなた達2人を失うのは惜しい。だが我々は賭けることにしました。地球を奪還しこのネストスロークが地球へ降り立つ未来を。」
元々は地球で製造され地球からこの宇宙へと飛び立ったこの宇宙船。マザーはこのネストスロークと同じ時に製造され、それからずっと人を管理し続けてきた。
「我々の役割をあなた達に託します。このネストスロークを地球へ帰還させる大重要任務を与え、あなた達をこれから1000秒後に地球へと送り込みます。」
正規のやり方で地球へ降りることは不可能になった。船員達が阻止しようと色々と働きかけている。僕達が使う手筈だった宇宙船は使えないようにメンテナンスを中止させてしまった。
「あなた達447期生が地球奪還作戦へと向かう為に使う宇宙船は定期物資搬出船です。荷物に紛れてネストスロークから出発してもらいます。」
アナウンスが掛けられ戦闘服を着てから集まるように指示がなされた。そして8人全員が集まった所で急な出発を言い渡される。みんなの表情が硬い。僕のせいでみんなに迷惑を掛けてしまった。だが後悔する時間も謝罪する時間も僕達には残されていない。
「脱出用のルートはモニターに映します。これを100秒で頭の中へ叩き込んでください。」
脱出…僕達はこのネストスロークが脱出する形で地球へ向かうことになっていた。まるで逃げるような形じゃないか。本当に僕たちらこれから地球を奪還しに行くんだよね?
「では皆さんお気をつけて。あなた達の世代で地球が奪還されることを衛星軌道上から祈っております。」
それがマザーとの別れの挨拶になった。まさかこんな送り出しをされるなんて…みんなもこんな形で地球へ行くことになるなんて想像していなかっただろう。
指定されたルートを走っている間も皆が無言のままで、ただ目的の地点までひたすら向かっていく。一度も訪れたことがない場所や見たことのない地区を過ぎていき、その間一人も船員とはすれ違うことはなく、あのマザーが指定したルートなだけがある。
そして目的地である搬出用の宇宙船へと辿り着いた僕達は宇宙船へと乗り込み…
「定時搬出用宇宙船sa.zx07は出発します。」
聞いたこともない音声のアナウンスを聞きながら生まれ故郷であるこのネストスロークを出発したのだった。




