因果律系能力
[観測記録581 信じられない事象を記録している データに異常な数値が入力され続け止める手段が無い R.E.0001の位置情報に矛盾が生じている この影響でERRORを吐き続けているがR.E.0001の能力によるシステム障害と推測し我々は観測を続けることにする]
R.E.0001の位置情報はどの時間、どの地点にいるのかは彼の着ている宇宙服の発信器から観測している。なので普通の場合は彼がA地点に居た場合、そこから歩いてB地点に向かった際に1秒後にはR.E.0001の位置情報が更新されるという流れのはず。
だがR.E.0001の位置情報はおかしい。随時更新されるべき時間の表示が逆だ。R.E.0001は1秒毎に前の時間が更新されている。時間が進んでいない…R.E.0001は1秒毎に時間が戻って位置情報が更新されていく。彼は一人だけこの世界で逆方向の時間を進んでいるのだ。
だから彼を観測すると1秒毎に彼が前にここに居たという記録が更新され続ける。今もR.E.0001は目的地である物資が置かれた基地まで進んでいる。いや、進んでいるというより戻っていると表すのが正しいのか?
我々が存在するこの世界において時間とは一定方向に進む。だがR.E.0001だけがその制約から抜け出している。彼を直接視認できないのは我々と違う時間の流れの中を進んでいるからだろう。正に“特異点”と呼ぶに相応しい。
この世の摂理では我々は現在とこれから起こり得る未来しか観測出来ない。なので過去へと向かうR.E.0001の観測は結果という過去の観測から発生するデータからしか認識出来ない。
R.E.0001はこの世の誰にも干渉し得ない領域へと足を踏み入れたのだ。それを観測出来たということは正に奇跡の所業…!
[ーーー凄い これは大変素晴らしい 我々は神の領域に辿り着いた これはただの時間操作ではない 事象に対する新たなアプローチの手段を手に入れたのだ]
今まさにR.E.0001が行なっている事は原因から結果へと向かう道筋を逆方向から進んで因果を逆転させる行為そのものだ。そんなことはどのような理論にも存在しない。想定することすら不可能の能力。
[R.E.0001の能力を【時間操作型因果律系能力】と正式に呼称する]
ただの時間操作ではなく、事象の反転こそがR.E.0001の真の能力…。これはどのような手段を講じても手に入れたい。この世界の全てに干渉し得る能力だ。これを欲しない者など居ないだろう。
マザーはアインを観測しながらあらゆる推測、論理を立ててアインの能力を推測していく。自身の処理能力の3割を割いて能力の解析を進めることにした。
[凄まじい…1番新しいはずのこのデータ R.E.0001が能力を行使した1秒後 つまりは1秒前のデータが理論上は最も新しい記録のはずなのに随時更新されていくのはそれよりも昔の記録という矛盾 我々にはこの概念を想定したアルゴリズムは存在しない]
先ずは新しくアルゴリズムを組み立てることから始めなくてはならない。計算をしようにも式が正しくなければ答えは導き出せないのだ。新たな式、新たな記号、新たな数値をR.E.0001の能力へと向かうよう並列に処理していくしかないか…。
マザーがアインについて考えている時に同じ様な内容を考えている者が居た。アインと同じS判定を受けた能力者であるアネモネは目の前で起きた事象を脳内で整理し結果を導き出す。
(…恐らくだけど、アインは私達とは違う時間軸に居る。)
突然消えたように見えたのは恐らくその時間に居ないからだ。距離の問題じゃない。時間の問題だとアインは言った。同じ場所、つまり変わらない距離感に私とアインがその場に居たとしても時間軸がズレれば私からは観測出来なくなる。
私には1秒前の景色すら視認することは出来ないのだから誰も過去を目で見ることは叶わない。たったそれだけの事なのに何故出来るのかが分からない。
「ねえ…アインってどこに行ったの?私達ってここに居てもいいの?」
「フェネット落ち着いて。アインは物資を取りに行ったの。時間の流れから逆行しながらね。」
アネモネの言葉に1番早く反応したのはマザーのアナウンスだった。
「A.N.0588。あなたには分かるのですか?R.E.0001のやっている内容を。」
この声…やっぱりさっきの声とは違う。聞き覚えのある声だ。…マザーか。
「…なんとなくですけどね。アインが時間を戻すだけではなく逆らう事も出来るのは実感して知ってますから。」
ここまでに一瞬で来れたのも似たやり方だと思う。ここから違うルートを進み辿り着いたあの場所、そこからここまでの結果を逆転させて時間を省略した結果が瞬間的な長距離移動。私にはそれが分かる…気がする。
「非常に興味深い。やはりあなたの能力者としての判定はR.E.0001と同じS判定で間違いありません。あなたにも期待していますよ。」
そんな期待された内容を言われようがアネモネは無表情のままアナウンスを聞き流す。彼女にはネストスロークに対しての思い入れはない。いま彼女にあるのはアインのことだけだ。
「ねえねえ、アネモネはアインが今なにをしているのか分かってるんでしょ?ちょっとみんなに分かりやすく話してよ。私達に出来ることがあるか知りたいの。みんなもそうだよね?」
ナーフ…彼女の最初の方のイメージは最悪だったけど、彼女の仲間思いな言動や現実的な思考はとても好ましく思っている。ただいつも冷静なのにたまに熱くなるところが少し欠点だ。特にユー絡みになると彼女は感情的になりやすい。
「分かった。私の分かってる事や推測とか話すね。」
色々とありすぎてみんな頭が回らないだろうけど、それでもちゃんと聞いてくれてスムーズに説明をすることが出来た。途中いくつか質問とかあったりして全て話し終えるまで30分以上も掛かってしまった。だけどその甲斐もあってみんな落ち着いた表情でアインの状況を認識してくれたようね。
「アインって本当に凄いやつなんだな…いつもはなんか、ぬぼーって感じで頼りない雰囲気だけど。」
「俺はあいつはやる奴だって分かってたぜ?やっぱり乗ってよかったわ!」
感想がバカっぽい。でも正直な意見だと感じる。
「エピは黙ってて。」
「ウィッス…。」
エピは失敗して落ち込んでたけど、こうやって一人でメンタルコントロールしてくれるから助かる。多分気を使うよりもマイみたいにイジってあげた方が良いのかもしれない。地球へ行った際はメンタルがやられちゃう子が多いと思うし彼には今後期待って感じかな。
そしてディズィーは思っていたよりも頭が回る。宇宙服の強度を確認したりいざって時は行動も早い。彼みたいな能力者は戦闘時に期待できる。でも率先とした一面がもっとあれば尚良い。
マイはエピに付いてきたって印象であまり協調性の無いタイプだと思ってたけど、すぐにみんなと仲良くなったり勉強も訓練も熱心にするタイプ。弱音も少ないし責任感もある。これからの成長が楽しみ。
「なるほどね…アインばかり負担かけてしまって申し訳ないよ。」
ナーフは本人が思っているよりも感情豊かな子だ。このメンバーで1番仲間思いだと思う。
「だね…。私が飛んだときにもっと情報を報告したりもっと前のタイミングで辺りを確認出来てたら違ってたのかな。」
ユーはここ最近で最も成長した子だ。訓練の最初の方は彼女が辞めてしまうんじゃないかって予想していたけど、私の予想を裏切る成長を見せつけた。精神的にも肉体的にも彼女は成長し頼りになる仲間になったと感じる。
「私は今回の訓練なにも出来てないよ…あのまま歩き続けていたらお荷物になってたかもしれない。」
「フェネット、大丈夫よ。あなただけじゃない。私は能力が使えるような環境でも無かったから本当にお荷物だったわ。」
「ううん…アネモネはみんなを引っ張ってた。アインもアネモネを頼りにしてたし私も頼りにしてたと思う。でもそれじゃあ駄目だって今回の訓練で気付けた。アインが物資を持ってきてくれれば、まだ訓練は続くしそこで絶対に結果を出してみせるんだから。」
フェネットは強い。肉体的にはこの中で1番弱いかもしれない。でも自分の弱いところから目を背けない強さがある。それに私とアインは彼女に何度も助けられている。
その事を彼女は当たり前のように考えているから私は彼女に頭が上がらない。
…私は地球へ必ず行く。そしてそれはここに居るみんな全員でだ。もちろんここに居ないアインも勿論というか決定事項。彼無しでは地球奪還は不可能だろう。
(必ず私達は地球へと向かい…………)
「うん。頑張れフェネット。」
アネモネの目的は地球奪還と別にある。地球奪還は目的ではなく手段に過ぎない。
(…このネストスロークを壊滅させる。)




