逆向する
週末には地球へ降りるって言ったな……あれは嘘だ。多分あと3話掛かる。
アナウンスから言われた内容が理解できない。物資ってそもそも嘘の内容で、本当は僕達が予想していない事態にどう対応するかを見る訓練ではなかったの?
「物資をここまで持ってくるのがこの訓練の目的であり、それであなた達の評価を決めることになりますが…このままではあなた達を地球奪還作戦へ参加させることは難しいでしょう。」
アナウンスが嘘を言うことはない。つまりこれは真実であり僕達が間違っていたことになる。
「あ、あのっ!」
「A.N.0588、どうしましたか?」
「私達が進んだ先には補給ステーションは無く、辺りを見回してもそれらしき建物も見かけませんでした。なのに物資を持ってこいってどういうことですか。」
そうだ。僕は直接見たわけではないけどユーとディズィーが能力を使って辺りを確認した。間違いなくそんなものは存在しなかったのに何故こんなことを言われないといけないのか。
みんな混乱している表情だし不安そうにもしている。納得のいく回答が無ければ自分はネストスロークに反乱を起こす所存だ。
「ーーー規定によって訓練の際に我々は口出しをする権利がありません。」
「はあ…それで?」
予想していたような返答ではなかったせいでアネモネの抜けたような声を漏らした。
「なので我々は見ているしかありませんでした。あなた達が地図とは違う…予定されていないルートで向かわれたのを。」
「「「「「「「「はあ?」」」」」」」」
みんなの声がハモり、月面基地内に間抜けな声が響き渡った。…どういうことだ?
「…エピ?」
マイが首をグギギッと曲げてエピの方を向いた。すると自然とみんなもエピの方を向く。彼の発言で僕達はあのルートを進んでいったけど、どうやら間違っていたらしいルートを進んでいたみたいだ。
「……………………ちょい待ち。」
エピは慌てて壁に取り付けられたガラスの窓から宇宙を眺め始めた。
「えっと、地球があそこ…上と下は白いじゃん?…あ、北半球を上にした映像ばかり見てたせいで…!あれ南半球が上なのか!じゃあ俺が上下反対で見上げてて…」
不穏な…不穏なワードがここからでも聞こえてくる。もうみんな分かってしまった。僕達はどうやら真反対に歩いていたらしい…8時間も。
「スゥー………………解決しました。ご迷惑をおかけしました。」
アネモネがアナウンスに向かって謝罪した。僕達もそれに習う形で謝罪を述べる。ご迷惑をおかけしました…!
「本当に申し訳ございませんでした!!!」
後で教えてもらったけどエピがドゲザという謝罪方法で僕達に頭をこれでもかってぐらいに床に擦りつけながら謝ってきた。…誰にでも失敗はあるさ。それが今回かなりヤバい事になっているだけで彼を責めようとは思わない。彼だけに責任を負わせるつもりはないから。
みんなもそう思っているはずだ。誰もエピを責めようとは…
「こんのバカエピ!!」
…マイがエピの胸ぐらを掴んでブンブンと振り回しエピの身体が8の字を描いた。月の重力ならエピぐらいの体重だとああやって振り回すことが出来る。でも今のマイならネストスロークでもああやって振り回してそう…。
「やっぱり女の子って怖い。」
ディズィーがうんうんと頷いてくれた。分かってくれるのかディズィー…!
まあ、そんなこともあり僕達はあと3時間と30分で目的地にある物資をここまで持ってこなくてはならなくなったんだけど、さてどうしたものか…。
「まだ訓練は続いています。我々は公平に判断します。なのであなた達が時間までに物資を持ってくればそれで構いません。」
それは良かった…このミスでそもそも訓練を続けさせてくれないかもと思っていたから本当に良かったよ。まだ僕達には地球へ行けるチャンスが残っている。
「…単純計算しても歩いていてじゃあ間に合わない。能力をフル活用しないと無理。」
アネモネの言うとおり残された時間では到底間に合わない。なので能力を使ってどうにか目的地に向かって物資をここまで持ってこないと…。
「私がまたサイコキネシスで行こうか?私一人なら行けるよ?」
「ユーは地図読めるの?それに一人で行けてもここまで物資持ってこれないと意味ないんだよ?どれぐらいの量で重さか分からないのに無茶よ。」
ナーフの言っていることも正論だ。彼女はもう能力を使っていてあとどれぐらい使えるか分からない。僕達は長い間能力を行使することに慣れていない。ユーの顔色が良くないのをナーフは気付いている。
「なら俺が走って行ってくるよ。まだ体力残ってるし異形能力者なら能力の継続力は高い。」
「いや無理だと思う…急ごうとすればさっきよりも激しく動くことになるけど、ディズィーの筋力ではあの宇宙服は耐えられない。それはあなたが一番分かってるでしょう?何度もどれぐらいの動きに耐えられるか試してたじゃない。」
アネモネの指摘でハッとなる。そうだ、ディズィーは最初の方で高い位置まで飛び回っていたけど、それは最初だけで途中からはそこまで激しくは動いていなかった。アネモネは本当に良く見ている。ディズィーも図星を突かれたみたいで項垂れている。
「他に長距離移動出来る能力なんてみんな持っていないよね?」
フェネットは皆の顔をキョロキョロと見比べるけど誰も心当たりはない。だが問題なのは距離ではない。
「僕達の抱えている問題なのは距離じゃないよ。」
「アイン?」
「どういう意味?距離じゃないならなんだっていうの?」
みんな不安感を抱いているせいで視線がいつもよりキツめだ。そんな視線を向けられれば前の自分なら萎縮してしまっていただろう。だけど今の僕の中にあるのは一つのことだけだ。
「僕達が抱えている問題なのは距離じゃなくて時間だよ。時間が無いから困っている。時間さえあればこの距離は歩いていても間に合う。」
「ごべん゛よ゛お゛お゛おおお〜〜!お、お゛れがバガだっだがら゛〜〜!!」
「あ、エピを責めているんじゃなくて…」
「そうよ!ちゃんと反省しなさいバカエピ!!」
「マイも落ち着いて…」
ユーがマイの背後に回って羽交い締めにし止めてくれたから話を戻そう。…何気にユーって身体能力高めだよね。器用っていうか気配の消し方が上手い気がする。
「誰も長距離を移動する能力者が居ないのなら短時間で移動する能力者がやればいい。」
もう実際に体験し証明出来ている能力者がこの場に居ることをみんなは気付いていない。
「それってアインが一人で取りに行くってこと?さっきみたいに一瞬で能力を使ってか?」
「うん。これが一番良い方法だと思う。」
「でもそれってまたアインに負担かけることになるよね?さっきあれだけの能力を行使したんだよ?分かってる?能力の使い過ぎは脳を潰すことに繋がる…最悪の場合は死ぬんだよ?」
「分かってるよ。大丈夫だからここは任せてほしいかな。」
みんなの静止を振り切って能力を行使するためにベルガー粒子の操作を行なう。
「ーーーR.E.0001のベルガー粒子の活動を確認。施設内での能力の行使は規則で禁止されてます。」
アナウンスが何か言ってるけど僕の聞きたい内容とは違うな。
「ねえ、聞きたいことがあるんだけどいい?」
「アイン…?」
いつもと違うアインの雰囲気にアネモネは心がザワつくのを感じる。
「なんでしょうR.E.0001。」
ヘルメットを被り直し外へ向かいながらAIに問う。今の僕の心にあるものはこの感覚に身を任せてどこまで行けるのかを試すことだけだ。
あの時の能力の感覚が未だに脳にこびり付いている。またあの感覚を掴めるのなら何度だって戻れると思う。
「時間設定について質問。どの時間軸までに持ってくればいいの?」
これは本来であればあり得ない質問だ。どの時間軸と問われれば今から約12200秒後としか答えられない。しかし相手がR.E.0001なら話は変わってくる。マザーAIへと通信を行ないどう返事をすればいいのか判断を仰ぐ。
するとマザーが直接R.E.0001に返答を述べる特別措置が図られた。
「勿論今から12207秒後の地球時間12:00です。それまでならどの時間でも構いません。」
「分かりました。なら最悪……昨日でも構いませんね?」
アインはそう言い残し…その場からかき消えたのだった。




