軌道の先に視えるもの
まただ。またこの感覚…初めて明確に能力を行使した時と同じ感覚。時計の時間を巻き戻した際に現れたあの軌道…それが遙か彼方の向こうまで続いている。
「僕達の軌道か…」
アネモネ、フェネット、ナーフ、ユー、ディズィー、エピ、マイ…そして自分の軌道がずっと向こうまで視える。あの時に視た時計の軌道は停止位置からほんの少ししか動いていなかったけど、この軌道はもしかして月面に来たときからずっと…?
もしそうなら…まさか、戻せるのか?この軌道の位置を月面基地まで戻せば僕達はここに来たという事象が無かったことになる。
なら…今やるべきだ。ここで僕がやらなければこのままみんなで窒息死するのを待つことになる。それだけはあってはならない。
生物にも軌道があるのなら僕の射程圏内にあって効果範囲内にもあるということ。なら能力の行使をしても問題なく事象変動が引き起こされる。
「あ、アネモネ…。」
声が絞られて最後は自分にしか聞こえなかったかもしれない。つい彼女を頼ろうとしてしまった。ここでアネモネに能力の行使をしてかいいかを聞いてしまったら彼女に責任を押し付けることになってしまう。
それはあまりにもアネモネを便利に使うことだ。彼女が良いと言ったから能力を行使しました。それで失敗しましたなんてあってはならない。…自分の判断で責任を持って能力を行使するんだ。それが自分の役割で最低限の責任の取り方だと思うから…。
「みんな!」
スピーカーを通じてみんなに伝わっていく。それに反応したアネモネ達がアインの安否が確認出来た。
「アイン!?どうなってるのっ?こっちからじゃ視認することが出来ないよ!」
「アネモネ!…みんなを僕の所まで来てくれ!僕の効果範囲内に入れば戻れるかもしれない!」
アインには珍しく大声で話している。それが分かっているアネモネ達はアインを信じて密集した粒子の中へと入っていく。
「これ…本当に見えないんだけど、大丈夫なの?」
彼女たちには粒子がまるで煙のように見えるせいで視界が塞がれたような状態だ。アインは粒子を色として認識出来る影響で彼女達のことを視認出来ている。
粒子その特性上、彼女達の身体を通過して存在している影響で粒子の動きが阻害されることはない。なのでアインのベルガー粒子内に入ると彼女達の軌道がベルガー粒子で構築されその場に残り続ける。
「僕のベルガー粒子に触れる…というより僕の射程圏内に入ると軌道を創り出せるのか。」
「キドウ?何の話だよ?というかアインどこだ?みんなも近くに居るよな?」
アインのベルガー粒子は彼を中心に半径10メートルにも及びその中ではどこに誰が居るのかは分からない。分かるのは軌道の動きを追えているアインだけだ。
「ディズィー大丈夫だよ。みんな近くに居る。これから能力の行使をするから動かないでね。…正直このあとはどうなるかは分からないけど、何故か大丈夫な気がするんだ。だから心配しないで。」
「能力者の勘ってやつ?信じていいんだよね?」
「…信じるしかないでしょ。アインが地球へ行きたいって言ってから私達は始まったんだから、アインの能力で終わっても仕方ない。」
「みんな〜〜!手を繋ごうよ〜〜!最後はみんなと居たい…!」
「エピ!情けない声出さないの!ほら手を掴んで!」
僕を中心にみんなが手を繋いでいくと自然とみんなの距離が近くなりお互いを視認出来るような位置関係になった。…そうだ。どうせなら最後はみんなの顔を見て終わりたい。
(まあ終わらせる気なんて更々無いけど。)
「じゃあ…行くよ?みんな準備いい?」
みんな心の準備が出来たかを聞く。一人ひとりが皆の顔を見て頷き合い最後に僕の方を見た。
「私達は地球へ行く。だからアイン、ここは任せたよ。」
アネモネは微塵も心配していないような笑顔を見せて僕にそう言った。彼女の期待は重い。だけどそれに応えたいと思う。だから全力で能力を行使する。それでみんなと地球へ行くんだ!
「…ここまでの軌道を逆行させても時間が足りない。8時間戻すのには8時間掛かる。だからその間の時間を消すしかない。」
前とは違う。戻る点は同じだけどそれまでの工程とアプローチが全くといって異なる。つまり初めて行なうような能力の使い方になるけど、それが可能だと頭のどこかで理解している。
この感覚に任せて能力を行使するのは少し怖いけど、出来なければ僕達はどうせ死ぬ。アネモネ達が見ているのに弱気な考えは捨てろアイン。
視線の先を僕達の軌道へと向けた。…この軌道の通り動く必要性はない。巻き戻せば僕達は戻れるだろうがその時には全員死んでいるだろう。酸素を戻しながら軌道を沿って逆行させるのは多分難しい。これに関してはできる気がしない。だからこの軌道を削除することにした。
だからこれは時間操作ではない。言うなれば事象操作、因果律…と言った方が正確か。僕は多分だけど時間操作よりもそっちの方が本質的に近いんだと思う。
目を瞑り能力の行使を開始する。軌道は事象そのもの…因果律で言うと結果に位置付けされる。この結果を無かったことするにはこの軌道を削除すればいい。この軌道は僕にしか視えない…これは僕の脳だけが認識しているからだと思う。
だから現実の世界、原子が存在するこの世界にはそもそも存在しない。勝手に僕の脳があると認識しているだけだけど、この軌道には干渉することが可能だ。さっきから憶測で語っているけど間違ってはないと思う。
つまり因果律というそのものを認識するために軌道として僕の脳が認識しているのだ。僕は因果律を操作する能力を持った能力者なんだ。
だって、そう考え能力を行使して気付いたら…
「………………戻った。」
周りは月の表面や真っ暗な宇宙ではなく、明るい照明がされた白い空間。8時間前に見た月面基地そのものだ。僕達が居たのは月面ではなくその上に作られた月面基地、あの時間は消え去り僕達は向こうへ行ったという事象そのものが存在していないことになった。
「え?え?え!?どういうこと!?なんでここに居るの!?アネモネ!?アイン!?みんな居る!?」
フェネットはその場をくるくると周りを見渡してみんなの安否を確認し始めた。次皆が居ることを認識し始めると次第に笑顔となり宇宙服のヘルメットを外してアネモネの元へ向かっていく。
「…ナーフ!ディズィー!」
「ユー…?ディズィー…?私達…戻ってこれた!」
「お、おおー!マジで戻ったぞ!スゲーぜ!あっははは!」
ユーとナーフとディズィーは抱き合いながらお互いの無事を喜び合い笑い声を上げた。
「すっげーな…。」
「エピ!戻ってこれたよ!良かったね〜!」
マイがエピに抱き着き喜びを全身で表現するが、エピの方は呆然と立ち尽くして現実感の無さそうな顔で天井を見上げる。そして照明の明るさで目を瞑ると、不安感から開放された影響かそのまま涙が出てきてマイと2人で床の上に座り込んでしまう。
「みんな…良かった。成功して…。」
自分だけ戻るような事が無くて良かった。ちゃんとみんながこの場に居て本当に、本当に良かったよ…。
視線をアネモネの方に向けると彼女は僕の方を見て笑顔を浮かべていた。お互い声は掛けない。だって、こうなることは決定事項として考えていたからだ。あくまで目的は訓練を終えて地球へ行くこと。このぐらいなんてことのないものだ。
「みなさん帰還されたのですね。…R.E.0001の能力で戻ってきたと判断しますが、それで…」
アナウンスだ。久しぶりに聞くと本当に戻ってこれたんだなって現実味を帯びてくる。これで訓練をクリア出来たし残りの訓練をこなせば次は地球へと…
「物資の方はどうしたのですか?」
「…………………え?」
そんな間抜けな声が部屋の中に響き、僕達はまだなにも成せていないことに今更ながら気付くのだった。




