選択からの追想
ユーが能力で上へ上がってから15分ほど経った時、彼女が僕達の所まで降りてきた。しかも上から真っ直ぐ降りてくるのではなく斜めから降りて来たことから、ユーは上へ行ってから周辺を飛び回っていたことが分かる。
そんな彼女の第一声は僕達の予想のしていない内容であった。
「ディズィー!ちょっと私と来てくれる?」
彼女の有無を言わさない言い方に僕達は出しかけた言葉を引っ込めてユーの選択を優先させた。彼女がそうしたいと感じたなら彼女に任せるべきだと皆が判断したのだ。
宇宙服に残された酸素量は残り少ない。余計な時間も会話に使う酸素も僕達には存在しないのだから。
「ああ!俺の目が必要なんだろ?いいぜ!」
ディズィーは快諾しユーと一緒に宇宙へと飛び立っていった。ユーの能力者としての感性を僕達は信じるしかない。
「私もここに空気があれば飛べるんだけどな…。」
アネモネのそんな言葉を聞くとこの月面において彼女の出来ることは限られていることに気付いた。月には空気がない。確か月の重力が低すぎて空気そのものが宇宙空間へと霧散してしまうからだったと記憶している。
自転も非常に遅いし磁場も発生しない。それにここは風が吹いたりもしない。水なんてすぐに蒸発するし気体化という現象そのものが発生しづらい環境下で彼女は能力そのものの行使がかなり制限される。
「地球へ行ったら期待してる。」
「アイン…うん、この訓練を無事にクリアして地球へ行こう。私達なら出来るはずだから。」
希望はある。みんなの能力ならどんな困難にも立ち向かえると僕は信じている。信じるという行為は希望的観測から起こる根拠のない理屈でしかないけど、もしそれで死ぬことになっても後悔はない。だってそれが自分の本当にしたいことなのだから。
「もし補給ステーションが見つかっても私達ってそこに向かえるのかな。」
「…それはその時考えましょう。」
「俺の能力をどう使えば役に立てるかな…。」
「私もこの間に考えておかないと。ただ待ってるのは性に合わないし。」
ナーフの言うとおり見つけたとしても難しいかもしれない。残りの酸素量を計算しても僕達に残された時間は個人差があれど1時間も満たないだろう。早く手を打たないと時間切れだ。
「あ、帰ってきた!」
ディズィーが一緒だから見つけやすい。…時間的にはかなり早く帰ってきたけど2人の間でどんな話があったのかな。
「無いっ!」
ユーの第一声をスピーカー越しで聞く。かなり耳鳴りがするぐらいの音量だったけど分かりやすい報告ではあった。
「落ち着いてユー。…無かったのね?」
「ああ、この近辺には補給ステーションどころか人の気配すらない。何も無かった。」
ディズィーの目で見つけられないのなら間違いない。この地図と訓練内容は嘘だったことがここで判明した。
「…じゃあ、次はどうするか考えよう。アイン、最初に確認しておきたいんだけど…戻せる?」
アネモネの発言でみんなの視線が僕に集まる。…正直な話をするとこの展開は予想はしていた。時間がない状況下で時間を操作出来る自分に白羽の矢が立つのは自然な流れだ。しかし僕は皆の期待には応えきれないと思う。
「ごめん…まだ時間という概念を捉えきれなくて、生き物を対象として能力の行使はまだ難しい。」
「そう…なら、今は歩きましょう。」
アネモネが再び先頭を歩き出す。向かう先は僕達が歩いてきた方向。つまり最初の月面基地に向かって歩き出した。
「戻るってことで良いんだよねっアネモネ。」
「うん。この先には何も無いことが分かってるんだから来た道を戻るしかない。フェネットは体調大丈夫?また歩くことになるけど…」
「うん…私のことは良いよ。アネモネはどうするか考えてて。」
フェネットの顔色はこのヘルメット越しでもあまり良くないことが分かる。でも彼女は心配をさせないために嘘をついている。それはここに居るみんなが分かっていることだ。事態は切迫している。残り時間は残り僅かで能力を行使出来る状態のうちになんとかしなければ…!
「ユーのサイコキネシスならみんなを運べない?」
「ナーフ…私の能力がそこまでじゃないって知ってるよね?この人数とあの距離までは到底無理。歩くよりは早いぐらいの移動はできるかもしれないけど…。」
「ならみんなの能力で今まで歩いてきた距離を移動出来そうなのある?」
「あったらとっくに試してるよ。正直アインの能力頼りだったわ。」
「まあそうだよね。私も時計を見ててアインの能力ならどうにか出来ないかなって思ってた。」
…試してみようかな。最後に能力を行使をした時点では生物に対して能力の行使は出来なかった。だけどもしかしたら今なら出来るかもしれない。出来なかったらその時に別の方法を考えよう。
「アイン。」
アネモネが真剣な瞳で僕の目を見た。こうされると目を離すことが出来なくなる。
「…なにアネモネ。」
「ーーー酸素って戻せる?」
アネモネの質問は現状の問題を解決する為の方法ではなく、問題解決の為に必要な時間を解決する方法だった。
(あ、…そうか。そうだよ。それなら出来るかもしれない。)
アネモネは訓練をクリアすることよりも切迫した酸素量を解決する為の手を考えていた。彼女の言葉のおかげで問題点の選別をすることが出来た。僕は同時に2つの問題点を考えてしまってて優先順位すら付けられていなかったみたい…僕もかなり焦っていたようだ。
「やってみる。」
ベルガー粒子を操作してみると頭の奥、脳の深い部位が熱くなるような感覚に襲われた。次第にベルガー粒子が自分の意思で動かせるようになり、粒子を身体の周りに纏わせる。これで自分の着ている宇宙服そのものが射程圏内に入ったことになる。
「どうなるか分からないから離れてて。」
アインが言う前にはみんなが距離取っていた。それ程までに彼のベルガー粒子が異常だったのだ。
「いや〜これは流石に凄いね…。」
「これがS判定を貰った能力者のベルガー粒子…?というか粒子って言っていいの?」
「もっと離れて!!巻き込まれても知らないからっ!」
アインの身体から漏れるように出てきたベルガー粒子はあまりにも多く、周りにいたアネモネ達を巻き揉む勢いだ。皆にはベルガー粒子を視認出来るのでそれを避けようと下がるが、アインのベルガー粒子が漏れ出す速度は彼女達の後退りの速度を超えていた。
「みんな!」
ユーがサイコキネシスを発動し皆をその場から弾き飛ばすように能力を行使した。そのおかげでアインの射程圏内から逃れることに成功する。だがその中心部に居るアインの安否は確認することが出来ない。それほどまでに粒子が分厚くアインを視認出来ないのだ。
「これだけのベルガー粒子をあの身体の中に閉まってたの?収容上手すぎでしょアイン。」
「初めて見たけど本当に同じ能力者なのか分からないレベルなんだけど…。」
アインの能力はあまりに特殊な為に能力の行使をするときはいつも個室かでマザーが付きっきりの時だけである。アインの能力は秘匿されている面もあるのでアネモネ達はアインがちゃんと能力を行使するところを見るのはこれが初めてことだった。
同じS判定を貰ったアネモネですらアインのベルガー粒子量に驚愕し何も出来ずにいる。このまま見ていることしか出来ない状況に歯痒い思いを抱くがアインを信じて待つしか彼女達に出来ることは残されていなかった。




