初めての暴力行為
なんだろう…聞いていてなんか恥ずかしくなってきた。だってこれは…僕達が聞いていて良いものなのかが判断出来ない内容だと思う。
えっと、ここまでの流れを整理するとナーフはユーの将来の為に地球へ行こうとしていて、それなのにユーが地球へ行こうとしている。なのでナーフはそれを止めたい。でもユーとディズィーはナーフと一緒に地球へ行きたいらしい…。
お互いがお互いのことを思いやっているのに致命的に意思疎通がなされていないというのが自分の見解だ。こんなに仲が良いのに意見が食い違うものなのか…人との関係性というものは難しい。多分自分には向いていないだろうな。コミュニケーションというそのものが。
「そ、そんなこと頼んでいない…。」
ユーはナーフの言い分を否定した。何故彼女がナーフのことを否定するような事を言うのかが分からない。これは僕だけだろうか?他の個体は何故そんなことを言うのか分かるのかな?
そんなユーの言葉にフェネットが反応する。
「それを言っちゃ〜駄目だよユー。ちょっとそれは酷いよ。ナーフがこんなにも頑張って恥ずかしそうに話してくれたんだからさ。」
ちょっとだけ場を盛り上げるような言い方をした。だがこれが原因かは分からないがナーフの気に触ったようで彼女の表情がみるみると不機嫌そうなものになっていく。
「恥ずかしがってない!それとユーは駄目じゃない!」
フォローを入れたのにフェネットはナーフから否定の言葉を浴びせられる。これがコミュニケーションか…勉強になるな。他人同士では分かり合えないということがよく分かる。
「ちょっと、フォロー入れたのになんであんたが怒るの!」
「無関係なんだから話に入ってくるな!」
「フェネットもナーフも落ち着けよ。お前たちが言い争う必要ないじゃないか。」
ディズィーが見かねて参戦するが、腰が引けて少し情けない。頼りになりそうな体格なのに性格が負けている。まあ、もし自分がディズィーみたいに彼女達を止めようとすれば僕も彼と同じようになるからこれ以上は言えない。頑張れディズィー。
「「黙ってて。」」
「はい……」
…負けちゃった。というか怖い。2人の目がとても怖くて直視出来ないです。ベルガー粒子も凄いことになっている。…まさか能力を使ったりしないよね?
「…もういいよ。ナーフの言うことを聞く必要ないもん。頼んでないし…」
「あんたっ…!」
ユーの一言でキレたフェネットがユーの服に掴みかかる。しかし背丈の関係でそうには見えづらい。フェネットの方が背が低いからユーを見上げるような構図だ。
そんなフェネットは片手で彼女の襟元を掴みもう片手はまるで殴りかかるんじゃないかってぐらいに…
「ちょっ!それはマズいから!」
流石に止めに入る。ここで暴力がご法度だ。そんなことをすれば最悪の場合は調整…更に最悪の場合は殺処分が待っている!フェネットを止めないと……
「何ユーに手を出そうとしているんだっ!!」
フェネットが拳を振りかぶった所でナーフがフェネットの頬を殴ってしまった。
「べフッ!」
能力者のナーフが思い切り殴ればフェネットの小さな身体は簡単に吹き飛んでしまう。僕達の上を通過し壁の方まで放物線を描いたフェネットはそのまま…激突した。あまりの出来事に僕達は無言のままフェネットが床に落ちていくのを見届けていた。
………………静寂だ。いつアナウンスが流れてもおかしくない緊張感に包まれて僕達は何も行動が取れないでいた。しかし1人を除いてだが。
「フェネットを殴ったな!」
アネモネがナーフの腹部に拳を入れてしまった。その反動でナーフの腰は折れ曲がり足先が床から離れてしまうほどの威力の一撃。ナーフの口から唾液と胃液の混ざった体液と嗚咽のような声が漏れ出す。
「ゴフッ!」
ああ…手を出してしまった。これは駄目だ。やってはいけないラインを越えてしまっている。こんなことを見逃すような管理は自分達はされていない。
そして予想していた通りにそれはやってくる。アナウンスがかかる前の特徴的な音が聴こえてきた。これが鳴るとアナウンスが掛かるということをみんなが知っている。
「ーーー暴力行為を確認しました。」
ピリッとしていた空気が嘘のように消えて今までにない緊張感が空間を支配する。こんな内容でこの時間にアナウンスが掛かることは一度も無かった。だからこのあとにどういう内容が続くのか想像がつかない。
「本来であれば即調整行きです。しかし…毎回この時期には暴力行為が起きます。」
つまり今回の暴力行為はネストスロークからしたら予想していた内容だったということ?しかも前期生達もこうやって衝突していたとは驚きだ。
「なので今日に限りネストスローク側からの介入はしません。今日だけ目をつむります。なので速やかに夕食を済ませて自室に戻るように。」
そう言ってアナウンスが終わった…。良かった。本当に運が良かった。アネモネ達が連れて行かれると覚悟していたからこの結果は悪くないと思うしかない。1人は気絶して、1人はダウンしている事を考慮しなければね。
「…アネモネは気絶しているフェネットを自室に運んで。ユーとディズィーは蹲っているナーフを連れて行って。」
とりあえず僕は3人に指示を出してこの場を収めることにした。これ以上暴力行為はさせない。能力者同士が争ったら最後には能力が飛び交う戦場になる。この狭い空間でアネモネの能力が暴走したら恐らく死人が出てしまう。
「…明日、フェネットに謝ってね。」
「…あ、あなた…先に…謝ってよ。お腹が…き、気持ち悪い…。」
「ごめんごめん。ほら、謝ったから明日お願いね。」
この会話を皮切りにみんなは片付けを始めていく。こんなに怖い会話を今まで聞いたことがない僕達は会話の内容に触れられずに淡々と片付けを済ませて自室へと逃げるように向かっていった。明日は今日よりももっと怖いことがあるかもしれない事には目を瞑ってね。
はあ…。今日は刺激の多い一日でとても疲れてしまった。自分もさっさと部屋へと戻ろうか。休まなければ明日を乗り越える事なんて叶わないだろう。明日、嫌だな…。また殴り合うのかな。
「あ、アイン。ちょっといい?」
誰も居なくなった食堂でユーが僕に話し掛けてきた。…まだ何かあるのだろうか。今日だけでどれぐらいの経験を積まされるんだ僕は。もう疲れているから眠りたいんだけど…。
「うん…どうしたの?」
少し嫌そうなのが顔に出てしまったけど、ユーは床というか足元を見ながら話すのでバレていない。彼女は申し訳無さそうな感じで話し始める。
「あのさ…ちょっと謝りたくて、それでちゃんとお話したくて…私の部屋に来てくれる?」
「…うん、まあちょっとなら良いよ。でももしアナウンスが掛かったら自室に戻るからね。」
これほどアナウンスが流れてほしいと思ったことはない。正直ユーのことは苦手だ。彼女は今日一日で苦手になったと思う。悪い子ではないと思うんだけど…。
「うん、それでいいよ。じゃあ来て。」
本日2度目の他人の部屋へお邪魔することになった。今日だけでかなり色んな事を経験していると思う。だから僕の脳が今まで使ったことのない所が使われているような気がするよ。




