自分の未来
[観測記録431 毎年のことだが今年は一番酷い様子だ R.E.0001の存在が比較対象として存在している為に447期生の間で軋轢が発生するかもしれない だが嬉しい誤算もある R.E.0001にコミュニケーション能力の芽生えが観測された 我々はこのまま観測を続ける]
人と話す理由を問われれば、昔の自分は分からないとしか答えれなかったと思う。何故そんなことが必要なのかも分からなかっただろうから。でも今なら少し分かる。人と話すことは生きる上で必要だってことを。
「あー……そろそろ夕食の時間だと思うけどどうする?私がまた取ってこようか?」
今日一日でフェネットがとても優しく気の回る性格なのは理解している。だからまたここで食べようと言ってくれたけど、そう何度も好意に甘えるわけにはいかない。
隣に座っているアネモネと目が合う。…彼女も自分と同じ気持ちのようだ。
「いや、良いよ。食堂に行くから。」
「フェネットに明日も明後日も持ってきてもらう訳にはいかないから。」
だから僕達は断りを入れて一緒に食堂に行こうとフェネットを誘った。そしたら彼女は快諾してくれたので3人で部屋を出て食堂のホールへ向かう。
食堂に到着するとチラッとだけこっちを見る視線がいくつもあったけど、ずっとこちらを見る者は居なくてみんな目の前に置かれた栄養補給食を無言のまま口に運んでいた。
「…こっちに座ろうか。」
食事するときはワゴンが食堂に運ばれてくる。そのワゴンにはトレイが段のように重なっていてそれを一人一人が順番に取っていく形だ。あとは自由にテーブルに座って食事をするんだけどみんなバラけて座っているように見える。人と人との距離がいつもより広い。
「食べたらお互いの部屋に戻ろうか。」
「うん…そうしたほうがいいね。」
このあとは解散してお互いの部屋に戻ろうと小声で話し合う。すると僕達の後に来た個体が話し掛けてきた。
「あーあのさ、ちょっと席一緒でいい?みんながバラけてて座れるところがさ。」
確かにみんな一人や二人でテーブルを使っているから使用したい個体は溢れてしまう。それでもここを選ぶには理由があるんだろうな。
「僕はいいけど…。」
「私も構わない。」
「えっとディズィーだよね?私の隣座ってよ。」
ディズィーと呼ばれた個体は僕達の中でも身体が大きい。小さいフェネットと隣同士で座るとその差にビックリする。本当に同じ同期の個体なのか疑わしい。
「あ、ありがとう。断られるかと思ったから嬉しいよ。俺はディズィー。えっとアネモネとアインだよな。よろしく。」
「こちらこそよろしくディズィー。そっちはフェネットよ。」
「フェネットです。こうやって話すのは久しぶりかな?いつもはユー達と話しているよね?」
ユーって誰だっけ?地球について話していた子かな?
「うん…あそこに座っているんだけどさ、ちょっと話しかけ辛くて…。」
大きい身体なのに縮こまっていて食事をするディズィー。彼は小心者なのかもしれない。もしくは仲間思いなのだろう。彼女達を気にしてそっと見守っているのだから。
「そっか…まあ、食べようよ。そのために来たんだからさ。」
フェネットはそう言ってトレイに載っているオレンジ色のプロテインバーを口にする。自分もそれに続いて緑の硬い固形を口にした。
「…俺さ、人工衛星の技術職に就くんだ。」
誰かに聞かせるような言い方ではなくポツリと溢れたような声だった。
「ここより狭いし重力も無い。でもさ、そこから月が見えるらしいんだ。ここよりは月に近いから俺はラッキーだな。」
…彼の話を聞いて思い出したけど確か彼は月で働きたいって言っていたっけ。
「それでさ、ああ…なんか聞いちゃ悪いとは思うんだけど、多分このままだと聞く機会ないと思うし、少し聞きたいことがあるんだけど…。」
…まあ、そうなるよね。一応は覚悟しておいていたから普段どおりに話せると思う。
「…僕でいいなら聞くけど。」
「…ありがとう。アイン…でいいよな?アインは月で暮らすのか?」
「いや、月には行かないよ。」
やっぱりこの話題か…。最初の方からこっちをチラチラと見ていたからそうなのかもしれないとは思ってたけど…
「え?なんで?せっかく月に行けるんだぜ?地球をその目で見ることが出来るのに?」
地球か…そうだね。
「うん。地球は見に行くよ。」
「え?月には行かな…あ、最上位階層には見れる場所があるとか?」
「ううん。最上位階層にも行かないよ。」
「「「えっ!?」」」
おぉ…3人の声がハモった。そんなに驚かれることかな?
「あいつ…最上位階層行かないって言ってるぞ。」
「ねえ…なんで行かないんだろう?」
…みんな聞き耳を立ててたのか。こっちの会話をみんなが聞いているっぽいな。なら丁度いい。ここで話してしまおう。
「じゃあアインは将来どうするの?他に示された役割があるの?」
「マザーから示された役割以外にも選択肢はあるって最初の方の授業で教えてもらったじゃん。」
「教えてもらったっけ?」
「いいや、そんな記憶ないけどな…。」
「まさか…!」
ディズィーもフェネットも覚えていないらしく首を傾げる。でもアネモネは覚えていたようだ。
「僕は地球に行くよ。」
トレイに載った最後の固形食を口に入れて夕食を食べ終える。
「…地球って、行けるの?」
「何を言っているのフェネット?行けるよ。今も地球で仕事をしている人だって居るはずだし。」
「能力判定Sだと行けるのか?」
「志願制って言っていたから分かんないけど…まあ高い方が行きやすいんじゃないかな?」
フェネットとディズィーの質問に答えつつ周りの反応を見る。中には立ち上がってこの席まで来る個体も居る。
「ねえ…ちょっと話を聞かせてもらったんだけどアインは地球に行くの?」
「ユー…。」
ディズィーが彼女のことをユーと呼んだ。つまりこの黒い髪の個体が例のユーって呼ばれている個体か。ディズィーの知り合いで地球の服の事とかを話していた記憶がある。
「うん。地球奪還作戦に参加するつもり。」
「本当っ!?」
アネモネがテーブルをバンと叩き椅子から立ち上がる。みんなが何事かと彼女を見るけどアネモネは気にした様子もなく自分の進路を口にした。
「私も!私も地球奪還作戦に参加するつもりなの!一緒の考えの個体が居るなんて信じられない!」
アネモネは笑っていた。今まで見たことがない程に。彼女がここまで感情を表に出す所は見たことがないから本当に嬉しいんだと伝わってくる。
「う、うん…僕も自分以外に地球へ行こうとしている個体が居るなんて思わなかったよ。」
「アネモネも…?私聞いてないんだけど…。」
ルームメイト同士でも話していなかったのか。まあ自分の将来のことだし自分で決めるものだと思うから話さないのは別に変ではないと思う。
「ごめん…これは自分で決めるものだから。人に言うものじゃないと思ったから言わなかった。」
ならなんで人の封筒を勝手に開けて見せたの?人に言うものじゃないなら人に見せるものでもないじゃんか…。
「アネモネも能力判定Sだよね。じゃあS判定の能力者が2人地球へ行くの?」
「自分の場合は行けたらね。成績が良ければ行けるらしいけどコミュニケーション能力とかが足引っ張るかもしれない。あまりそこら辺の基準が良く分かってないから不確定だけど僕は行くつもり。」
「私も行くよ。絶対に行く。」
アネモネも自分と同じで強い思いがあって志願しているみたい。彼女の能力なら間違いなく行けるだろう。
「…なら私も志願する。」
「「フェネット!?」」
アネモネと同じタイミングで同じ反応をした。いきなりフェネットも地球へ行くと言い出したらそりゃあこんな反応をするよ。
「だって、このままだとやりたくない仕事を死ぬまでするだけだし、それに面白そう…と思ったから。」
か、彼女らしい答えだ。面白そうだから地球へ行くというのはフェネットっぽい。
「いやいやいや、なにしに地球へ行くか分かってる?バグと呼ばれる人類の敵と戦いに行くんだよ?あなたは戦えるの?」
「戦うよ。だってそれが自分の選んだ役割なんだから。人にどうこう言われる筋合いないでしょ?」
「そりゃあ……そうだけど……。」
ルームメイト同士色々とあると思う。自分には分からない領域だ。
「…なら俺も地球へ行くか。そこなら地球見放題だし月も見れるよな?」
今度はディズィーまで地球へ行くって言い出したよ…。そんなに人工衛星での仕事が嫌だったの?




