覚醒の時間
いつも平和であってほしいと心の底から思います。
白髪の少年はこの階層で最も自由に動き回れる空間においても…一人ぼっちだった。このアリーナに来て走り回ったり能力を行使し始めて談笑しだしたりするグループが現れた辺りからこの展開は予想出来ていた。
なので育成AIはアナウンスを流してペアを組むように指示を出すことにした。こちらから動かなければ彼は誰ともコミュニケーションを取らない事が証明出来たからだ。
「2人ずつペアを作ってください。お互いの能力向上の為に相手の能力とベルガー粒子を視認出来るようになりましょう。特にベルガー粒子を視認出来るようになるのは必須項目です。」
この時代の能力者のほとんどはベルガー粒子を視認することが出来る。しかしたまに視認出来すぎる者も居るのだがそういう場合は調整対象になり脳への手術が行なわれる。
この時代には探知能力者は居ない。というより探知能力者を生産しないように徹底して管理をしている。そういう指示の下に生産調整が成されているのだ。
「…………」
しかし誰もが人に声を掛けられるようには調整は成されていない。特に初めて製造したシリーズは個性豊かに成長させてそのシリーズの特性をちゃんとレポートにまとめてから次のナンバーに調整、反映させる流れがある。
なので出来るだけ早い段階で調整はしたくないというマザーサイドの事情があるので放置するしかない。例え彼のコミュニケーション能力を育む為に催されたデモンストレーションであっても放置するしかないのだ。
彼がこのデモンストレーションのせいでよりコミュニケーション能力が低下するような評価が成されても、育成AIは特別に彼一人の為にあれやこれやはしてあげられない。そういう風には育成AIも製造、設計がされていないからだ。
「R.E.0001。あなたって能力が確定していないの?私はある程度能力を行使出来るからもしそうなら見てほしい。」
そんな一人ぼけっとしていた少年に声を掛ける者が現れる。その少女は同じく一人ぼっちでこのアリーナの中をウロチョロとしていた赤い髪の個体。お互いにペアを作る相手が居ないために消去的にこの2人で群れる選択肢しか無かった。
「…いいけど。」
「ん。じゃあ見てて。…あ、私A.N0558。あなたって確かファーストナンバー個体だよね。」
この2人、話せば話せなくない。ちゃんとコミュニケーションが取れるようだ。この結果に育成AIは満足しレポートに書き込んでいく。
「うん…、R.E.0001。それがシリアルナンバー。」
「R.E…愛称はある?もし無いならさ、私が…付けてあげようか?」
愛称というのはその者の一生のものになることが多い。なのでかなり仲のいい者同士でしか愛称はつけない。しかしこの2人…そもそも仲のいい相手は居ない。なのでそういうセオリーを知らないのだ。なので白髪の少年は特に気にした様子もなく了承して初めての愛称が付けられる事となった。
「えっとね……りー?レー?……ワン?……ルワン?」
愛称を付けたことのない少女は唸りながらも一つの愛称を思い付くが、思い付いた本人は納得がいっていないようだ。
「ルワン?それが自分の愛称?」
「いやちょっと待って。もっと良いの考えるから。」
手を前に出して少し待ってと伝える少女。頭を抱える程に悩むが良い愛称が思い浮かばない。
「せっかくのファーストナンバーなんだしそれに因んだ愛称が付けられると良いんだけど〜…。」
頭を捻るたびに赤色の髪が揺れて目を奪われ、少年も目を左右に動かしながら少女の毛先を追いかける。
「アール…イー…ワン……アイン?」
「アイン……アインが自分の愛称で良い?」
少年にとって呼び方などどうでも良い。しかしせっかくこうやって悩んで愛称を付けてくれた相手に対してそんな態度と言動をするのは失礼だと考えて表には出さなかった。
「いや聞かないでよ。自分で決めて。…それで、君は気に入った?嫌ならいいんだけど…。」
しかし相手も初めて愛称を付けたので自信が無いのだろう。お互いに積極性が欠けているために話が中々進まない。
「あーA.N0558が付けてくれたしアインで良いよ。」
「それって気に入ってはないけど私のためにそれでいいってこと?」
言葉のチョイスに間違えた事に気付いた少年は慌てて言い直す。
「アインが良い…!アインって呼んでよ。今からアインって名乗るからっ。」
「…ほんと?本当に良いって思ってる?」
どれだけ時が流れようと男が女の機嫌を取るのは変わらない。そしていつも男サイドが苦労するのだ。
「うんうん。」
頭を縦にブンブンと振って必死に肯定する様は普段の彼から見られない姿で少女も納得がいったようだ。
「良かった…あ、なら私の事も愛称で呼んで。」
「あるの…?」
かなり失礼な聞き方だったが少年もこの少女が一人で過ごしているのは知っている。数の少ない狭いコミュニティに4年も過ごしているのだから嫌でもお互いの事をある程度は認知しているのだ。
「私が自分で付けた。」
「…………」
しかしこれは予想外、この長いネストスロークの歴史において自分で自分の愛称を考えて付けた者は居ないだろう。流石にこれには驚いてしまい絶句してしまう。
「あのね。…地球にさ、私と似た髪の色の植物があるの。」
「ショク、ブツ…?」
少年にとって植物自体が初耳で何の話か理解出来ない。このネストスロークにも植物は存在するがこの階層には存在しない。情報としても公開はされているが貴重なデータ使用量を消費しないと手に入らない情報なので少年が知らなくても不思議な事ではなかった。
「あ、知らないか。えっとね、植物って地球に生息している生き物で私達とは違う生物なんだけど…」
周りには能力を行使しお互いにアドバイスのような感想を言い合っている中、何故か植物の話をし始めた2人に育成AIは困惑する。
[この2名のコミュニケーション能力は深刻と判断 だが初めてのコミュニケーションの為にここは様子を見ようと思う]
しかしここは何もせずに放置してみることにしたAIは引き続きふたりの様子を観測する。
「でね。その中に赤色の種類があるんだけどその名前が“アネモネ”って言うの。私のシリアルナンバーってA.Nじゃない?だから良いなーって思っててアインには私のことを……アネモネって、呼んでほしいの。」
アネモネ……アネモネ。ちょっと発音というかおかしな感じがするけど、本人がそう呼んでほしいって言ってるからそう呼んであげよう。
「アネモネ…?」
「なにアイン?」
「いや呼んだだけだよ。」
「ふふっ、知ってる。」
そう言って微笑む彼女の顔は今まで誰にも見せたことのないような笑顔でそれを見た少年もつられて笑顔を浮かべた。
「私の能力見せてあげる。今なら前より出来そうな気がする。」
「僕は能力をちゃんと行使したことが無いから良いアドバイスとか出来ないと思うけど…ちゃんと見てるから。」
その時少年は初めて他者をちゃんと認識し自身を正確に認識した。他者が分からなければ自身という存在を定義しきれない。人は他人を知ることで初めて自分を知ることが出来るのだ。
その結果少年の脳の奥にあるまっさらな部分に自分という個が生まれ自分という存在を定義することが出来た。
これはこれからの彼にとってとても大きな気付きでありきっかけになった。彼の真の能力が形になりこの世界に定着していく。
「じゃあ私の手の中を見てて。」
アネモネの手の中に透明な何かが動くような気配を感じ取ったアインはそれを凝視する。その何かは周りの空気を巻き込み2人の髪を揺らしてそれでも動き続けていく。まるで回転しているようだとアインは思った。
「これ…空気?空気が回ってる?」
「うん。私は空気を動かせるの。…アインだけには教えてあげる。」
アネモネは悪戯っ子な表情を浮かべてアインにだけ聞こえるように声量を絞って話しかける。
「私これよりも大きく動かせると思うんだけど、まだ制御下におけるのがこの手のひらに収まるぐらいでまだ難しいの。もしもっと大きい空気を操れるようになったら一番に見せてあげる。」
それを聞きアインが初めに思った事はそれは育成AIに話した方が良いということだ。そうすれば彼女の将来の為になる。まあ自分にもAIにもあとで話すだろうと考え直しそれには触れないことにした。
「うん…あ、アドバイスというわけでもないけど一つだけ…。」
少年の目には回り続ける透明な空気以外にも見えていた。
「なに?」
「アネモネのベルガー粒子って…」
それ以上は言わせてはならないと能力者の勘が働きアネモネは制御しきれない空気を動かそうと粒子を放出する。
[規定値以上のベルガー粒子を確認………これはA.N.シリーズのーーー]
「赤い色をしているんだね。」
アインがそう口にした時にはアリーナ全体が台風のような突風に巻き込まれてその言葉が誰の耳にも入ることは無かった。
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