将来の選択肢
現代ではない時代を書くのは新鮮で楽しいです。
[観測記録301 R.E.0001が生産されてから4年の月日が流れる そして遂に能力の覚醒が観測された 能力の詳細は不明であるが今までに無い特殊な能力と判断 しかも今までに観測された能力の中でも彼の能力は異質の一言に尽きる これは非常に喜ばしいことである 我々はこのまま観測を続ける]
彼らが生産されてから4年の月日が過ぎる頃には447期生の全員が能力に目覚め、自分の意志で行使出来るようになっていた。ある者は自分の能力に喜び、中にはこんなものかと諦める者も居る。だが皆一様に己の将来の事を考えねばならないと自覚していた。
そんな中でも誰からも期待されている者達が居た。1人は白い肌に白い髪色。目は銀色の瞳で幼いながらも顔立ちが整っていて非常に目立つ容姿をしている。しかし内面に関してはどのシリーズよりも出来が悪いとの評判だった。彼はあまり周囲とコミュニケーションを取ろうとはしないので、そのせいで内面に関しては問題ありと評価を受けていた。
そしてもうひとりは赤髪の少女。だが赤髪と一言で言っても彼女の髪の色は表現しきれない。まるで赤と黒を混ぜ合わせたような深い赤色で天井から照らされる照明に照らされると光が吸い込まれたかのように黒さが際立つ。顔立ちも少年同様整っていてこの個体も周囲から浮いているといった印象を受ける。
そんな2人が所属している447期生は全員で35人。男が17人、女18人の構成だ。男女比率は特に指定されていないが大きく偏る場合は性別を変更させる場合がある。しかしこれは別にペアとして生み出している訳ではない。しかし男女比率が偏れば思想や考え方も偏ってしまう。それを防ぐための簡単な処置と言っていい。
そして彼らだけではないが、この時代に生み出される人間は繁殖行為が出来ないように遺伝子操作をされているので男女の比率はそこまで重視していない。重要視されているのは数である。この宇宙船内で賄える食料と電力は決まっているので、増えすぎないよう人間の数はAIによって調整しているのだ。
人はいずれ死ぬ。死んでいった船員を補充する形で生産する人間の数が決まる。つまり彼らが生産される前の年は35人死んだということだ。
このネストスロークに乗員している船員の数は4591人。これを多いと思うか少ないと思うかは人それぞれだと思うが、この時代に生存している人類はその程度しか残されていない。
それが現人類の状況であり、これから先はもっと数が減っていくだろうとも言われている。なにしろ時を重ねる度に食糧難が深刻化し、全員に食べ物が行き渡らなくなっているからだ。
例え現人類全員が能力に目覚めているとしても栄養を取らなければ餓死する。どのような能力者であっても基本的には旧人類と変わらない。食べなければ死ぬ。それがこの世の摂理である。
だがそんな摂理に異を唱える能力者が現れる。R.Eシリーズの最初のナンバーを与えられた少年の能力が人類を救うと噂され始めた。彼の能力は強いて言うなら“時間操作”
なんらかの原因で腐敗させてしまった食糧を少年の能力で元に戻せる事がネストスロークの上層部の耳に入った。それだけでも彼の能力の価値は凄まじいが最も評価された点、それは人の怪我すら元に戻せてしまう事だった。
彼の能力の対象はこの世界に存在する物質全てという驚異の結果で結論に至った。今回はその経緯をレポートとしてまとめようと思う。
機械が密集した薄暗く狭い空間に一人の少年が椅子に座らされていた。機械が放つ光だけが照明代わりになり様々な器具が身体の至るところに装着されているのが見て分かる。
「R.E.0001の脳波のパターンから能力の行使が可能と判断、能力の行使を補助するアプリケーションを行使します。」
R.E.0001の頭に装着された脳波を外部からコントロール出来るヘルメット、そこから音声が流れた。少年は脳が勝手に動くような不愉快な感覚に苛まれたが、同時に今まで動かしたことのない脳の部分が急激に活動し始めた事を認識する。
「ベルガー粒子を確認…測定値は平均値を上回る値を確認。現在のアプリケーションでは動作が安定しません。今しばらくお待ち下さい。」
マザーからの補助を申請している間、少年は自身の脳の奥にあるまっさらな部分を感じ取っていた。ここに何があるのかは分からないが、自分にとってとても重要なものが在ると確信し、更にその向こう側へと手を伸ばしていく。
そうしている間にマザーは申請を受諾。新たなアプリケーションを作成してから申請のあったR.Eシリーズを担当しているA.Iに送信した。だが送った直後に突然エラーが発生しマザーがそのエラーを確認する。
エラーの原因はそもそも申請そのものの記録が無くなっている事だった。マザーの記録媒体には確実に申請の信号を受信し保存されている。つまり向こうのA.Iの記録が失われたということになるのだが、問題はそれだけではなかった。脳波をコントロールする装着器具内の時計が狂っていたのだ。だがこれはあり得ない。
このネストスローク内のネットワークに繋がっている機械は全てワールドクロックで制御されている。もし誤差があったとしても、数百年に±0.00001秒未満のズレしか発生しない。しかし今回は67秒もズレていたのだ。
マザーはR.E.0001の能力測定を中断することにし機械のメンテナンスを実行した。彼の能力を測定するには万全の状態で実行しなければならない。なにしろ初めてのシリーズである。どのような能力を発揮するのか予想が立てられない。
マザーは万全を期し幾度も測定を実施したが、その度にエラーが発生し機械内部の時計が狂うという結果が幾度も繰り返された。
しかしこれが3回を超える時にはこの結果は偶然ではなくR.E.0001の能力による影響とマザーは断定していた。彼は補助なしで能力を行使しているのは間違いないと。
彼が生まれてからまだ4年しか経っておらず、外見年齢も12才までしか成長していない。そんな彼が一人で能力を行使している時点でこのシリーズが当たりだというのは間違いない。しかし能力がどういう型でどういう系統なのか判断がつかなかった。
つまり新種の能力なのは間違いないのだが、既存の測定方法が全て意味を成さないという事になる。マザーは自身の演算領域の1%を使用し測定方法を模索した。
[観測記録367 同期である447期生との自由時間において未だにコミュニケーションが取れていない所を見る限りだが…性格面においては少々問題があると判断する]
周囲の個体以外にAIからも内面に関して低い評価がなされていた。この狭い居住スペースにおいてコミュニケーションが取れないというのは致命的である。彼のような性格ばかり量産されればコミュニティが崩壊するリスクが増えてしまうのだ。
[だが大人しい性格とも捉えられる 凶暴な性格よりは扱いやすくこれからの加工次第では理想的な船員を生産出来るかもしれない 我々はこのまま観測を続ける]
447期生の暮らす居住区は真っ白な壁と床と天井に覆われており、真っ白な間接照明だけが彼らを照らしている。居住区の真ん中には食堂とフリースペースを兼ねたそこそこ広いスペースとその周りに2人部屋がいくつも設置され、この階層に複数の人間が問題なく暮らせる設計がなされていた。
因みに居住区の中でこの階層が一番の最下層でその上に行くほどに住む船員の階級も上がっていく。下の階層に住んでいる人達は上の階層には行けない。権限が無いからだ。その逆に上の階層に住んでいる者は下の階層に行けるが滅多に降りてくることはない。わざわざ自分の住んでいる階層よりも質の低い居住区へは訪れる理由が無いからだ。
そんな最下層に住んでいる船員とも認められていない彼らは今日も将来について熱く語り合っていた。
「俺は月面基地で肉体労働をして稼ぎたいな…。異形型だし月に行ってみたい。それで月面から地球見たりとかが夢だな〜。」
そう話しているのはD.Zシリーズの0061の少年。肌は黒く髪も目も黒い典型的な黒人で、幼いながらも筋骨隆々で非常に逞しい。447期生の中でもずば抜けた身体能力を兼ね備えた異形型能力者であるが性格は非常に大人しく調整されている。戦闘向けではなく肉体労働に特化したシリーズである彼は月への就職を希望していた。
「私はまだ決まっていないけど出来れば生産系の職に就きたいかな。暮らしが安定しているって話だし。」
黒髪に白い肌色の彼女はY.U.0671。手先が器用で協調性の高いシリーズとして評価されており、彼女もその例に漏れずに協調性が高い個体として周囲に認知されていた。コミュニケーションも取れて集中力もあると自負しているので彼女は生産業務に就きたいと考えているようだ。
「まだ具体的な能力が測定されていないのに自分の意志で職業が決まるわけないじゃん。」
そう話す彼女はN.F.0081。ネガティブな思考パターンを持つシリーズだがリアリストで頭が切れる個体が多いのが特徴。髪は紫色で瞳も紫色と人口的に加工された外見的特徴を持つ彼女だがその表情はどこか楽しそうに思えた。
「えー分かんないじゃん。私と同じシリーズは生産系が多いって聞くしその為に私は生産されたんでしょう?」
「…その考えってあんまり好きじゃないな〜。なんか…つまらない?…あ〜訳分からないねこれ。」
自分でも自分の言った言葉の意味が分かっていないのか、疑問形で答えてしまう彼女は自分でもおかしいと感じていた。この感覚を言語化するほどの知識を与えられていないし、これからも得れないだろうと諦めて彼女は思考を放棄する。
「つまらないってなんだよ。自分に適した職に就いて働くのが普通だろ?それに俺は目標あるしユーにも目標があるかもしれないじゃん。なあ?」
ユーとはY.U.0671の愛称である。このネストスロークにおいて名前とは型式を判断するシリアルナンバー。だからこうしてお互いに呼びやすい愛称を付けるのは自然な成り行きなのである。
「ん〜〜〜特に今は無いんだけど将来は服を作りたいって思っているよ。」
「「服?」」
2人が自分の着ている服を見る。この場にいる全員が同じデザインで同じ素材を使った服を着ている。灰色のシャツに灰色のズボンと特に面白みもない服装だ。
「服を作りたいの?なんで?機械で作るんでしょう?人が作る意味無くない?」
「いや月面で使用するスーツとかを作りてえんだよユーは。」
「ふふっ。どれも外れだよ。今着ている服のデザインを考えたいの。…前に見た地球の映像を覚えてる?」
地球というワードに反応する者が居た。その会話には参加していなかったが、地球について考えていた少年と少女の2人が聞き耳を立て、別々に周囲の椅子に座って盗み聞きをし始めたのだった。
今週はもしかしたら投稿が出来ない日があるかもしれません。




