邂逅の時
これ分かっていた人居たかな?
彼女の言った真実は間違っていないと思う。先生がそれを拒否しないで顔を背けたからだ。昔の私ならそれでも先生を信じてその手を取ってあげれたけど、今の私にはそこまでの思いはない。
「自分という人格や思考パターンを再現され続ける無限地獄に落ちたくないよね?そこに魂なんてものはない。心だって再現された偽物。本当の美世はそこで終わって伊藤美世という人格が独り歩きし始める。それは何の為に?…そんなものは決まっているよね。平穏な世界を創り出す為にだよ。」
目的の為に実行される能力…それが先生の本質。私の行き着く先は時間操作型因果律系能力を行使する知能だけの存在……
もしそうなったら私はこの世界の平穏を維持するための存在になってしまうのかな。この世界に降りかかる厄災を処理し続けるような毎日を千年以上も続けるんだよね…。途方も無いよ。だって千年以上も存在し続けるってことは厄災も千年以上発生するってことだ。
なんて損な役割なんだろうか。
「心はもう決まったよね。私の手を取って美世。私は美世が本当に望んでいるものを与えられる。」
「私が本当に望んでいるもの…?」
私の望んでいるものはさっき言った通り身の回りの人達の安全と幸福だ。特に…私と一緒に過ごしてくれたあの家族のことが気がかりでならない。あの家族には幸せに過ごしていて欲しい。
「美世が本当に本当に望んでいるものだよ。本当に美世が理想としている事はなに?」
そんなものは決まっている。私が心の底から望んでいることは…お母さんとの生活。ただ普通の幼い頃みたいな生活がずっと続けられればいい。お母さんと2人で細々と平穏に過ごせれば他にはいらない。
そもそも私が関わらなければあの家族は平和なんだ。天狼さんも理華も雪さん達も私と関わらなくても大丈夫だろう。私が干渉してしまったから巻き込んでしまった事が多い。私がそこに居なければもっと世界は良い方向に進んでいたと思う。
それが最善策であり私の望み。もっと欲を言えば私はこの能力を手放したい。もう能力者とは関わり合いたくないから。
「叶えられるよ私達なら。…美世は前に話した一巡目と二巡目の世界の話を覚えてる?死神が介入したから二巡目の世界が生まれた事とかさ。」
覚えてる。とても印象に残る話だったし、先生が関わっている内容だったから。
「美世の意識って一巡目の世界にはなくて二巡目のこの世界にあるよね?」
それはそうだ。私は今いる空間しか認識していない。私以外の人間もそうだろう。蘇芳だって知っているだけで意識はここにあるはずだ。
「それはそうでしょう。」
私の顔の右側に顔を並べるようにしてもたれかかっている蘇芳を横目で見る。
「それは一巡目の世界が過去になったからなの。美世は一巡目の世界をIFの世界線、つまり並行した世界の事って認識してるけどそれは違うんだよ。死神が一巡目を終わらせて二巡目の世界を基本軸にしたの。」
つまり先生は一巡目を過去にした。二巡目のこの世界が未来になり現在にしたから……。
「一巡目は本当に悲惨だった…死神が世界をやり直そうとするぐらいにはね。」
蘇芳の言葉に何かを思い出したのか、先生が神妙な顔のまま目を伏せる。
(…先生がやり直したかった程の世界?)
一体どこからどこまでやり直したのかは分からない。でも先生の能力ならなんでも出来るのに、わざわざやり直そうとする選択肢が出てくるなんて相当な世界だったんだと思う。
「酷いよね。これだけ言っても真実を話してくれないんだよ。美世の事を信用していないんだね。」
「それは違う!言えないのには…理由がある。」
先生が強く拒否をした。でもその後は声が細くなってしまいどうにも信用しきれない。もし言ったら私の先生に対する心象が変わってしまうような内容だからだろうか。
「私って先生にとってなんですか?」
ただの生徒?体のいい女?それとも面倒臭い奴?別にこの3つのうちどれかだったとしてもいい。でも、先生にとって私は伊藤美世という能力者の知能としてしか利用価値が無いのなら…、私は蘇芳の手を取る。だって私の考えでは恐らく蘇芳は先を知っている。
彼女は私がいま最も欲しているものを私に提示してくれるだろう。
「ワタシにとって、ミヨは…」
白髪の髪が風に吹かれる。先生の葛藤している表情が良く見えるけど、そこで葛藤し即答してくれないのは疚しい気持ちがあるからですか?
「決断力の無い男って美世はどう思う?私は嫌だな〜頼りないって感じるし。…疚しい事があるんじゃないかって思わない?」
後ろから抱き着く体勢を取り始めた蘇芳は私の右肩に頭を乗せて両腕で私を巻き付けるように抱き締める。彼女がそんなにボディタッチをしてくるとは思わなかった。多分先生に見せつける為だと思うけど…ちょっと止めてほしいかな。
「疚しい所なんて無い。……ワタシにとってミヨは世界で一番大切で大事な存在だ。これはミヨが能力者として優秀だからではない。ミヨと一緒に居てミヨの成長を見続けたからだ。」
「先生…っ。」
心が熱くなる。能力者としての私ではなく私個人が大切だって言ってもらえた。…やばいよ嬉しい。
「それにワタシがミヨの知能を求めている?正直な話だが美世の思考パターンはワタシには読めないし理解不能だ。散々振り回されてきたからな。ミヨひとりに世界を預けるなんて危険な真似は出来ない。周囲が可哀想だ。」
………心当たりがありすぎるし実感のこもった声色だ。しかも一度口に出したら止まらなかったのか、余計な事まで言われた気がするよ。
「…へー私の言葉で意見を変えたんだ。特異点だもんね。いくらでも未来を変えられるけど、美世はそれじゃ満足出来ないよ。」
「何でもかんでも与えればいいもんじゃない。寧ろ何もかも与えてしまい彼女ひとりに押し付けてしまったからこうなっている…。ワタシは後悔しているだミヨ。君に能力を与えすぎたとね。…考え方によってはそのおかげで選択肢は増えたのかもしれない。だが取らなくてもいい選択肢までミヨに与えてしまったと思っているよ。」
「…先生は関係ありません。私が自分の意志でお母さんと…父親を殺しました。全部自分の意志で選択し全部私の責任です。」
どんな理由があろうと殺すという選択肢を選んだのは私だ。他にも無限にある選択肢があったのに私は殺すことが選んだのだから、それは私の責任であるのは変えようがない。
でもその答えに蘇芳は納得がいっていないようだ。隣にいる蘇芳がとてもつまらなそうな顔をしているのが引っかかる。彼女のそんな表情は見たことがない。
蘇芳は自分の思い通りにならないことがあると不機嫌になってしまうのかもしれない。彼女の能力の関係上すべて思い通りになってきたから、その弊害からなのかなと考えてしまう。
「…ここでこれを言うのは死神に負けたみたいで嫌だったんだけどしょうがないかな。美世が死神に囚われるのはもう御免だし。」
背中に居た蘇芳が私を振り向かせて私達は正面から至近距離で見合う。突然彼女が私をじっと見始めた。目を開けて彼女の青い瞳が私の目に映り込む。
「なにどうしたの急に。」
声がひっくり返らないように気を付けて蘇芳に真意を問う。彼女が無駄なことをしないのは分かっている。だから私はこのあとに起こるだろう出来事は私にとってとても重要なことなんだと考えて気を引き締めた。
「………」
無言が続く。先生も訝しんで蘇芳を凝視しているけど蘇芳はずっと笑みを私に向けている。蘇芳の顔がちょうど視界いっぱいになる距離感のまま10秒ぐらい時間が経った。
(こんなに長いあいだ蘇芳の顔を初めて見続けたけど………なんか既視感みたいなのを覚えるな。)
ずっと前から知っているような感覚。この距離感もそうだ。こんな近い距離感でお互いの顔を見るのはお母さんとぐらいだった……………お母さん?
そこで私は既視感の正体に気付く。なんでお母さんがここで出てきたんだ?蘇芳とお母さんは年がまるで違う。寧ろ私との方が似て…い…る………っ!?
私は蘇芳の顔をまじまじと見た。色んな角度で何度も何度も確認する。そうすればそうする程に私の中にある疑惑は確信へと変わっていく。
「……質問していい。」
待っていたとばかりに彼女は微笑む。その微笑みが最早答えになっていた。形ばかりの質疑応答が始まる。
「何でも聞いてよ。」
「……あなたは前にお母さんを守りたいって言ってたよね。つまりあなたのお母さんってまだ生きているんだよね。」
「そうだよ。」
「蘇芳の…………父親ってさ、生きてるの…?」
「ううん死んだよ。殺されたの。」
「………私が知ってる人?」
「美世が良く知っている人だよ。」
「…………………私が殺した?」
「うん。さっき殺してくれたよ。」
とても嬉しそうな顔で蘇芳は答える。その表情は私の身体に憑依したお母さんと良く似ている。……私はあんな風には笑わない。
「最後に質問させて…」
「うん。」
ここまで聞けば誰だって気付く。私は勿論のこと、先生だって同じ答えに行き着いている。
「まさか……そんなばかな……。」
先生も知らなかったのなら相当上手く隠していたんだろう。そんなことが出来るのは彼女ぐらいだ。
「私の父親とあなたの父親は…………同一人物?」
「うん、そうだよ。あの邪魔な父親を殺してくれてありがとうねお姉ちゃん。」
彼女の今まで見たことのないその表情は……天狼さんが私を異母妹として認識した時の表情とそっくりなものだった。
結構伏線が張ってあったんですが気付いた人居ましたかね。美世と蘇芳が血の繋がった姉妹と気付かれないように分かりやすく天狼というダミーを置いていました。この3人が姉妹だと分かっていたのなら凄いです。




