心の繋がり
伊弉冉をちゃんと書くのは初めてだったので書いていて新鮮でした。
この場に3人の血の繋がった家族が集まり、1人はもうこの世を去ってしまった。残った2人は伊弉冉と美世の腹違いの姉妹のみ。この2人がこんな最悪なタイミングで再会したのは誰かが描いた脚本通りか、または運命のイタズラか。
だが、もうこの2人が再会してしまった。それは最早どうしようもない事実であり覆せようがない。これは必然的な出会いのようなものだった。
そしてボロボロの姿の伊弉冉が美世の下に歩み寄る。着ていたシャツとスカートは見る影もなく下に着込んでいたインナーが露出していた。ここに来るまでに破れてしまったのだが、彼女の全速の疾走に服が耐えられなかったのが原因である。
「…そんな気は、していたんだ…。」
近付けば近付くほどにそれが自身の父親であることが分かってしまい、美世の手で父上が殺されたことも分かってしまう。
父上の頭は首から上だけになり、壁に叩きつけられて血を流していたのを観察しながら美世を刺激しないようにと感情を表に出さないようにしつつ、彼女の側へと向かった。
「お前と血が繋がっているんじゃないかって…気が付いていたのに気付かないフリをしていた。…お前に尊敬されたかったんだ。天狼として、先輩として…お前に接した。…私が弱いばかりに全てをお前に押し付けてしまったんだよ。ごめんね…美世っ…。」
伊弉冉は美世を後ろから抱き締めて自分のもとへと引き寄せる。彼女を父親のもとから引き離す為に。
「…殺してください。私は、あなたのお父さんを殺しました。組織の者を殺めたんだから、殺されないと…。」
美世は全てを殺りきった。もう思い残すことは無いとばかりに伊弉冉に自分を殺すよう懇願する。しかしそれを受け入れる彼女ではない。
「殺さないっ。誰にも殺させない…!お前は私の家族だっ!妹だっ!絶対に……お前を幸せにしてみせるからっ…!だから私と…お姉ちゃんと一緒に居てくれ…!」
伊弉冉は涙を流しながら美世に懇願する。生きて欲しい。償いをさせて欲しいと。罪は自分にあると美世に言い聞かせて彼女を救おうとしたが、美世はもう生きる気力も何も残っていない。
母親を自分の手で殺して失い、更には父親も手にかけて殺害した。そんな子供が生きていて何になる?次は伊弉冉を…姉を殺すか?そう望まなくても殺ると決めたら躊躇わないのが私という存在だ。何がきっかけでそうなるか分かったものではない。
「…もう帰る家がありません。」
あの家には帰れない。あそこに私の居場所なんて元々無かった。私が図々しく居座っていただけで彼らは被害者だったんだ。
「私が家を持つからそこで私と一緒に住もう。」
私は家族を壊す。もう2つも壊した。また壊してしまう。そんなのはもう嫌だ。
「…私は伊弉冉を殺すかもしれません。」
罵倒してほしい。なぜ殺したんだと殺意を向けて殺してほしい。そうじゃないと終わらない。私という存在はもう役割を終えたんだから…ここで終わらなければどこで終わるって言うの?
「お前より強くなる。そんなことはさせないし起こさせない。」
なんで優しくするの。もう止めて、苦しいよ。私はもう終わりたいのに…!なんで優しくするのっ!
「…わたし、には、つみが…っ!」
駄目だ。悲しくないのに涙が出る。私に泣く権利すら無いのに…!まさか許される事が嬉しいとでも思っているのか私はっ!?そんなわけ無いだろうっ!!両親を殺しておいて許されて泣くなんて、なんて浅ましい生き物なんだ私は!
「お前の罪は私の罪だ。私も償う。」
出来るだけ美世に対して真摯に伝わるように思ったことをそのまま口にする。
「欲しくないですっ…。あなたの優しさも温もりもいらないですからここで殺してくださいよ!もうこれ以上生きたくないんですッ!!」
ここで死ねないなら、これからはこの人に生かされる人生を送る事になる。それは一生伊弉冉に負担をかけ続ける事を意味する。そこまでして生きたいなんて到底思えない。
…そんな美世の心情を伊弉冉は理解し手段を変えることにした。これしか美世を救う方法が無いと決めて…。
「…いや、お前には生きてもらう。」
伊弉冉はそう言って私に抱きついていた腕を離して立ち上がる。そして父親の頭の元へ向かうとおもむろに片脚を上げて…
「これで共犯だね。」
電撃を纏った伊弉冉の足が振り下ろされ父親の頭を粉砕する。頭蓋骨は砕け皮膚は裂け、そこから脳が漏れ出して辺り一面に飛び散った。その光景を見た美世は状況が理解出来ず伊弉冉を見る。
そして伊弉冉が振り返るとその表情には優しげな笑みが浮かんでいて、それを見た美世は何も言えないままその場に座り込んでいた。
「大丈夫だよ。電撃で焦がしたから私が殺ったと組織は思う。私の能力は上には知られているし、美世が私と同じ能力が使えることを知らない。」
それはまるで妹の失敗を姉が肩代わりして自分のせいにしようとしているようだった。これには流石に美世は反論をしようと口を開いたが。
「お前は始めからここには居なかった。私がここに父を断罪しに来たことにする。私と父との確執は組織内で有名だ。誰も疑わないから美世に責任は追及されない。」
美世が話しだす前に伊弉冉は正面から彼女を抱き締めて一方的に提案を口にした。それは反論は許さないと言っているような迫力があり美世は言葉をつっかえてしまう。
「そもそもの話、京都中を停電させて、しかも私の存在はカメラに撮られてしまった。だから最初からね、私は何かしらの形で責任は取らないといけなかったんだよ。一つ二つ罪が増えても私の断罪は変わらない。組織と世界に不利益を被ったからね。」
これ以上言わせては駄目なのは分かっていた。でも身体のコントロールが効かないので反論をすることがそもそも出来ない。何故なら伊弉冉から電流が流されて身体の自由を奪われているからだ。
美世は電気に耐性があるが伊弉冉程ではない。本気で電流を流されれば美世は抗う事が出来ないのだ。しかも美世を通じて床面に電流が流れて床が焦げていく。それは見る人が見れば分かるが高圧の電流を流さないと出来ないような焦げ跡だった。
つまりこの場に天狼が居て能力を行使したという証拠になりこの場所自体が一部の人間にしか知られていないという特性上、彼女が犯人だと断定されるのは間違いないということだ。
「最後に姉としての務めを果たさせて欲しい。姉に花を持たせてカッコつけさせてくれよ。」
伊弉冉は本格的に美世の意識を奪おうと、抱き締めていた腕の力を強め美世の肺から空気を押し出す。そして同時に電流を流し美世の神経に干渉して電気信号を完全に閉じると、美世の意識は一瞬でブラックアウトし、そのまま失神してしまった。
「…お前を心の底から愛している。私はお前を家族として愛していた。私には家族と言える人達は居なかったから、本当の家族は美世…お前だけだ。」
父親は政治の道具として母に私を産ませて、組織の駒として厳しい訓練を強要した。母はそんな父との間に儲けた娘である私を愛する事が出来ず、半ば育児放棄をし無関心を貫いた。
私には家族というものが分からないけど、美世と未来を語り合ったり、訓練をしたり、一緒に戦った時は確かな人との繋がりを感じた。
ねえ知ってる?私はずっとそんな相手を欲していたってことを。私がね、アイドルに傾倒したのは愛情を向ける相手を欲していたからなんだ。
だから同じ趣味を持ち、同じ能力を持ち、同じ様な境遇の妹を私は見捨てない。私はこの数ヶ月とても幸せだったんだよ。
「死神。後は頼んだぞ。」
伊弉冉の正面には死神が立っていた。彼は悲痛な顔でその願いを拒否せずに受け入れる。
「…お前には美世の傍に居てほしかった。彼女を導き、間違った方向へ行かないように見守って欲しかったんだ。」
それが死神の理想で、考えられる限り最善な未来だと確信していた。しかしそれはもう難しくなってしまった。伊弉冉は自分の意志を曲げないだろうと、ひと目見て理解したからだ。
「導くさ。美世が正しい方向へ行けるように私が代わりに行くよ。それがきっと良い。」
彼女は大切そうに美世を抱えて死神に渡した。そして伊弉冉は部屋の外へと歩いていく。しかし部屋を出る時に一度だけ振り返り美世の姿を目に焼き付ける。
「…愛してるからね。」
そう言い終えて伊弉冉はその場を去って行き、その場に残されたのは1人の男の死体だけだった。
姉妹愛は尊いと思います。




