人生終期
書いていて鬱です。でも決定していた事なので書きました。
遂に美世がよちよち歩きが出来るようになり、私は益々我が子にのめり込む様になった。でもこれは仕方ないわ。この子の笑顔が尊いからいけないのよ。この子の成長が私の生き甲斐…。この子には私とは違った人生を歩んでほしい。
まだ生まれてから5ヶ月ぐらいでもう美世はよちよち歩きが出来るようになった。でも成熟が早いのは一種の悩みのタネでもある。もう顔立ちから見て私に似ている事が分かる。成長すれば私みたいに周囲の視線を集めてしまうだろう。
だから私は美世が生まれてから一度も誰かと性交渉をしていない。外聞も気にしないとこの子の将来に関わるからだ。
幼少期の幼い精神では曲がって育つ可能性がある。私みたいにはなって欲しくない。だからちゃんとした子達が集まっている幼稚園に預けた方がいいかもしれない。私が小さい時は母が家に居て私と二人で過ごす事が多かったけど、あんな環境は避けたいわ。
「…もう歩ける様になったのか。」
「…ええ。だから幼稚園を探した方がいいかもしれませんね。」
私が美世を構い過ぎてこの人を放置してしまっているけど、子供が生まれれば母親が赤ん坊に掛かりきりになるのは当然のこと。例え私がこの人に美世を触らせないようにしていたとしても、それは母親としての当然の権利だわ。だって赤の他人だもの。知らないおじさんには私の美世は触れさせない。関与させない。
そのせいでこの人との関係が崩れてしまったけど…別にどうも思わない。私には美世が居る。この人が私達の為にお金を稼いで来てくれるのならそれだけでいいわ。
それから私は幼稚園を探した。ただ子供を預けるのではなく、子供の教育に力を入れている幼稚園をだ。私立になると学習費がとても高くなるけど、これなら私の貯金を崩せばどうとでもなる。
出来るだけ私の力でこの子を育てたいと思っているからそれがベストだと思う。この子には最高の環境を用意してあげたい。
娘が幼稚園に通える年になるまで私が出来るだけ知育に関しての本を読みながら教育を施した。子育てというのはとても難しい。先ず母親としての責任に押し潰されそうになる。
本当にこれが正解なのか。私のやっている事は間違っていないのか。本当に美世の将来の為になっているのかが分からなかった。
そんな私の想いとは裏腹に美世は病気にも罹らず、すくすくと育ってくれた。それだけで幸せだと感じられるのだから愛おしいと思う。言葉も話せるようになって私の事をママと呼んでくれた時には涙が零れた。この子は一生大切にすると誓った瞬間だわ。
子育てをしていて意外と思ったのが、美世は結構活発な子でよく外へ遊びたがる子だった事だ。近所の公園へ二人で向かうと、一人でぴゅーっと駆けて遊具の所へ行ってしまうの。ボールもあれば疲れ果てて動けなくなるまで遊んでしまうのがとても可愛らしかったわ。
でも近所の男の子達と遊ぶせいで口調が男の子っぽくなるのは良くないわ。…早く幼稚園へ通わせて美世にとって良い人間関係を構築出来るように私が頑張らないと。
その日から益々美世に構い続けた。その結果私以外の人間にはあまり興味を示さない子に育った。一緒に誰かと遊んでもその子達とはコミュニケーションを取らなかったり、女の子から話しかけられてもつまらなそうにしていたのが印象に残っている。
それもどうかと思ったけど、美世の笑顔を独占出来るようになったのはとても喜ばしいので、特に育て方を変えようとは思わなかった。
強いて言えば旦那に懐かない子に育ってしまったぐらいで、そのせいであの人も家に寄り付かなくなったかな。美世と二人きりの時間が増えるから別に良いけどね。
「おかあしゃん!」
「おかあさんっね。ちゃんと言えるように練習しようね。」
「お、おかあしゃん!えへへっ。」
あーこの笑顔ならなんて呼ばれても構わないわ。この小さい手もプルップルの唇も可愛いらしい。目元も鼻筋も私に似て美人さんね。あの男に似ないで本当に良かったわ。でも…
「…ねえ美世。これ何本に見える?」
私は両手で7本の指を立てて美世に尋ねた。百まで数えられるから答えられるはず。
「う〜ん…ん?えっとね〜〜きゅう?」
やっぱり…美世はもしかしたら目が悪いのかもしれない。弱視では無いと思うのだけど心配だわ…。この頃から眼鏡を掛けさせるのは可哀想だし、もう少し様子を見てみましょう。
お母さんがついているからね。何も心配しなくていいのよ。
そして美世が3才になった時に幼稚園に通い始めることになった。美世が通う所は勉強をする時間が多く取られた私立の幼稚園で、小学校のお受験を想定した親が通わせるような所だ。
見回すとみんな品の良さそうな服装をしている。でもこの中だと私達親子が一番綺麗ね。奮発して衣服にお金をかけて良かったわ。
「今日からここに通うのよ〜。知っているお友達が居ないけど良い子に出来るよね?」
「…ん。」
ああっ!涙をこらえて涙目になってるわ…っ!でもお母さんの言われた事だからちゃんとしようって我慢しているっ!もう家に連れて帰ってうんと甘やかしたい!
でもここは心を鬼に…しないでご褒美で釣りましょうか。
「あのね。今日はお昼まででお母さんも一緒だからね。だから心配しないで。帰ったらパンケーキ焼いてあげるから。今日頑張ったら2枚焼いてあげるわ。」
「…3まい。」
この子ったらここぞとばかりに要求してくるじゃない。というかこの年で打算的に考えられるの凄くない?私の子ってやっぱり天才だわ。
「うん。焼いてあげる。」
「よるは2まい。」
絶対にこの子は私の子ね。将来大物になると思うわ。
「…生クリームを載せましょうね。」
仕方ない。涙目の美世にはお母さん勝てないのよ。あ〜ほっぺが両方とも真っ赤になってるのがたまらない…。今日は入園式で同い年の子達ばかりだけどやっぱり贔屓目なしでうちの子が一番可愛いわ…。
でもこうやって見比べると美世の小ささがよく分かる。別に誕生日が遅過ぎるわけじゃないんだけど……もしかして一番小さい?あの子なんて美世の倍はあるんじゃない?将来はお相撲さんかな?女の子でもなれるといいわね。
「おかあさん…。」
「あ、ごめんね〜。行きましょうか。」
入園式は無事に終わった。幼稚園でどう過ごすのかを説明してもらったり、先生達の自己紹介をしてもらったりして午前が過ぎていった。私達親子は帰宅しようと玄関を出て門のところまで歩いていたけど、そこで私は他の保護者達に呼び止められる。
一瞬私の昔の知り合いか、私の噂を知っている人達かと肝を冷やしたが、有り難いママ友(笑)達の審査会(笑)で呼び止められただけだった。
身につけている時計やバックから旦那さんの大体の年収は分かる。富裕層のグループだろう。美世を見るその下衆な目から是非うちの子と仲良くさせたいけど…うちの子に見合うお家柄かしら?的なのを知りたいのだろうと思う。
仲良くはしたくないけど、母親としてこういう付き合いも大事にしないといけない。私が優しく微笑みかければ周囲の人達は私に釘付けになる。目の前で私の笑顔を見たマダム(笑)達なんて頬を染めているからね。
「どうもはじめまして。是非皆さんとはお話がしたいなと思っていたので、そちらから声をかけていただいて嬉しいです。」
こう言ってしまえば相手は嬉しくてたまらないだろう。聞いてもいない事をペラペラペラペラと話し始めたわ。でもこのグループの中では私が一番年下だし、この感じなら可愛がって貰えそうだ。
暇を持て余した世話焼きのバカの相手は、適当な所で理由を付けて離脱し、帰宅した私は美世と二人でパンケーキを作って食べたりしたわ。
その日は無事に順調な滑り出しを決めたと思う。
そして幼稚園へ通い始めてから数ヶ月もすると、美世の秀才っぷりが幼稚園内で噂になった。あまり他の子達と比べた事が無かったからどれぐらい美世ができるのかが分からなかったけど、先生と他の親達の話ではどの私立にも受かると太鼓判を押された。
運動も抜きんでて勉強も出来る。しかもあの容姿に小さな身体…目立つのは当たり前だった。気が付いたら私達親子のカーストはトップになっていたわ。
あのマダム達も卑屈さが出てきて是非うちの子と仲良くなってねと言われたけど、うちの美世と仲良くなるにはちょっと頭が弱いと思うから人生やり直してきたら考えてあげるわね。
正直この時の私は有頂天になっていた。美世が良く言われるのが心地良くて色々と習い事させた。美世は全ての事で秀でていた。何を教えてもすぐに出来るし、それを周囲に自慢したりもしない。それが出来て当たり前みたいな態度なのよ美世は。
それが本当にたまらない。美世は他の子とは違う。美世は特別な子だと確信していた。だから美世が年相応の子供の精神である事を忘れてしまっていた。
「おかあさん…お勉強つまんない…。」
「なんで?勉強は分かるでしょう?家庭教師を雇ってみようかしら…」
「ううん。勉強が分かってもお母さん褒めてくれない。…つまんない。」
そこで私はハッとさせられた。娘に指摘されてやっと出来て当たり前になっていた事に気付いた。褒めもしない母親なんて最低だわ。
「美世ごめんね!美世はとても凄いわ。お母さんあまり勉強が出来ないからおバカさんなの。だから美世がどれぐらい勉強が出来ているのか分からなかったの…。本当にごめんね。美世はとってもすごいわ。」
それから私は美世に遊ぶ時間をちゃんと作ってあげる事にした。勉強は必要だからさせ続けていたけど、サッカーにはまった美世に付き合って公園に行ったりなど親子の時間を作る事を意識して過ごした。
美世は聡い。私が喜ぶ事が分かっているからちゃんと勉強で結果を出し続けてくれた。だから私はちゃんと褒めてちゃんと愛情を示した。
幼稚園を卒園して入った小学校は近所にあるなんてことの無い普通の公立。そっちの方がのびのびと育ってくれると思ったから私立には入学させなかった。富裕層の子供にいけ好かない奴が多かったのが決め手だったわ。
「お母さん〜〜テレビ始まるから早く〜。」
「はいはい。今行くわ。」
小学校に上がっても私と美世は大変仲の良い親子同士だ。でも少しだけ変わったのは対等に近しい関係になったことかしら。友人関係…に近いかしらね。一番近しい友人という表現がしっくりくる。お互い言いたいことを言い合って一緒に居るのが当たり前のような関係。
私には今まで友人なんて人が居なかったからこうやって二人リビングでテレビを見てあーだこーだと言い合えるだけで幸せだった。もしかしたら私が幼少期に出来なかったことを娘に求めているのかもしれない。それに美世が気を利かせて付き合ってくれている…。もしそうならなんて良い子なのだろうと思う。
しかしそんな生活は長く続かない。始まりがあれば終わりがある。崩壊したものはいずれ形を失い、最後は関係性が解消される。そんなこと…小さい頃から知っていたのにね。
「今度の水曜に話がしたい。場所は初めてデートに使ったあの喫茶店で時間は午前中。あの子は小学校だから大丈夫だろう?」
離婚を言い渡される…そう直感した。この手の男性を腐るほど見てきたから間違いない。そしてこの人は浮気をしている。たまに帰ってくる時にシャンプーの匂いがするし、もう指輪をしていない。私もしていないから人の事を言えないけど…。
「分かったわ。ふふ。久しぶりのデートですね。」
最後のデートに離婚を言い渡されるのは流石に堪えるわ。この人に未練なんて無いけど問題なのは経済面、もし美世との間に血が繋がっていないとバレたら私が原因の離婚になってしまう。慰謝料を支払わないといけなくなる可能性が出てくる…。それは困るわ。
私にはもうあまり貯金が無い。美世の為に湯水の如くお金を使ったからだ。ここで離婚したら今の生活水準は維持出来ない。それは美世の教育上よろしくない。
しかしだ、その気になればお金はすぐに集められる。売春をすれば簡単だ。今以上の生活だって送られる。でも美世の為だからこそやりたくない。美世にとって誇れる母親として接したい。後ろめたい気持ちで美世と過ごしたくない…!
そこで私はある男の電話に連絡をした。8年以上前に連絡先を交換し合ってそれっきりだったけど、念の為に残しておいて良かったわ。
「もしもし。お久しぶり。ちょっと会えないかしら?」
私は美世の父親を自宅へと招いた。もう残された時間は無い。3日もすれば離婚を言い渡されるだろう。手早くお金を用意するにはこの男を利用するしかない。
「さあ、入って。」
私は身体のラインが出る服装で男を出迎えた。男の雰囲気が変わるのが分かる。…久しぶりの逢瀬だ。美世の実の父親であるこの人とまた身体を重ねても特に問題はない。これも美世の為と思えば苦にならないわ。
「ねえ…久しぶりに私の身体を堪能して。」
リビングのソファーに押し倒され私はこの男の種を中で受け止めた。避妊薬を飲んでいたから妊娠の心配はない。私の子供は美世ひとりでいいのよ。
「ふふ。きれいにしてあげる。」
私はご奉仕し男に気持ちよくなってもらう事に全力を尽くす。全ては美世との生活の為に…。
3回の性交渉の後、服を着終えたタイミングで私は例の話を切り出す事にした。
「あの写真の子ね。あなたの子なの。」
男はなんとなく分かっていたらしかった。特に驚いた様子は見られない。
「それでね…まだ奥さんと結婚してるわよね。」
私は男の左手の薬指にはめられた指輪を見ながら話を続ける。
「もしこの事を奥さんにバラされたくなかったら…分かるでしょ?そうね〜1000万、用意してくれたら黙って…」
その時、胸に痛みを覚えた。そして次に鳩尾からへそにかけて何かの液体が垂れる感触がしたので、私は自分の胸の辺りを見下ろしてみる。
「な、なに…こ…」
私の胸に穴が空いていた。さっき感じた感触はその穴から血が垂れた感触だった。私は立っていられなくなりその場に倒れる。
胸全体に走る激痛に苦悶の表現を浮かべながらも、私は次第に動かなくなっていく自分の身体に恐怖を覚えた。
(なに…あれ。なにをされた?…あの男の仕業…?わたしは…しぬ…?)
男が電話をかけて今にも死にそうな私を放置している所から、犯人はこの男だというのは確定だった。どうやってやったのかは分からないけど、何かしらの兇器で私は刺されたのだろう。
「がはッ!ゴホッゴホッ…ゆ、ゆるさ…い、ゆる…さない…!」
殺してやるっ!殺してやるッ!!絶対にこの男は私の手で殺すッ!!お前の家族もだ!全員ワタシガ殺してやるッ!!もし美世に何かしてみなさいッ!必ず地獄から戻って来てお前を殺すわッ!!!
「アアああぁ…!」
悔しさと激痛で涙が出てくる。もう私は助からない。床一面に帯だたしい血が広がり声も出なくなりはじめた。
いよいよ瞼が開けられなくなり私は走馬灯を見た。久しぶりの父と母の顔。そして小学校中学校高校の知り合い達に…美世。美世美世美世美世美世美世。ほとんどが美世との思い出。私にとって人生の大半は美世との生活だった。
ああ…!私が失敗し死んでしまったらあの子の人生はどうなるの!?誰があの子に愛情を注いであげるの!この男も旦那もこの子に愛情なんか向けない。容姿が良いから最悪性虐待されるかもしれない…うああああっ…!ヤダ!そんなのはイヤよ!!私の美世に触れないで!あの子は良い子なの!私の子供に生まれたばかりにあの子は不幸になってしまう!
身寄りの無い美世なんて、よくても施設に入れられる未来しかない。施設に入っている別の子に襲われない保証なんてない。もしかしたら職員の玩具にされかねない…!
ごめんね…馬鹿で駄目なお母さんでごめんなさい…!きっとあの子は泣くわ。だれも慰めてくれないだろう。どこにも行けずにあの子は泣き続けるのよ…。
もっと…もっと一緒に居たかった。あの子の成長を一番近くで見守りたかった…。
でも、もう叶わない。私は死ぬ。もう意識が…ああ…。神様。最後にお願いします。私はうんと不幸な目に合っていい。だから美世には明日をください。誰にも邪魔をされない強さを与えてください。それからそれから…………
「…みよ。」
ずっと、あなたの隣に居たかった。
本当に殺したくなかったです。殺さないルートも考えたのですが、1話目から殺されていますし整合性が取れないので殺す事にしました。




