京都交戦 ⑥
死神が負けるイメージが湧かない。誰も勝てんやろこれ。
死神が創り出した結界内に怪異点は閉じ込められた。もうこの結界内からは出られないらしいが、彼女は暴れ回りその度に透明な膜みたいな結界も形を変えて蠢いている。
「私から美世を奪っておきながら次は私の命を奪うっていうのッ!?」
私は直接耳に声を入れられている様な不愉快な感覚に襲われて眉をひそめる。
「最初からあの子はキミのものじゃない。ミヨはミヨ自身のものだ。…それに、お前は人の命を奪い過ぎた。」
死神はそう切り伏せて彼女を地面に落とした。結界が地面に接地することはなく、地面の中に隠れてしまう。どうやら物理的な影響力は無いらしい。だが黒い影の方は地面の上へ落ちて徐々に人の姿を模していく。
「3人だろうと私は殺してみせる……美世の為だもの。私はお母さんなんだからあの子の為に頑張らなきゃ。」
本当にそう思っているから質が悪い。もう彼女は救えないとここで再認識した。存在自体も凶悪なのにその在り方自体が一番危険なのだ。
こちらの理解を超えた狂気の先に居る。誰も彼女を本当の意味で救える者が居ない。もし…仮に救える者が居たとしても、そいつ自身は救われないだろう。
「ならここで居なくなったらいいんじゃない。」
アネモネの煽りに反応して影がどんどん膨張していく。それを抑えようと結界が縮まろうとするが間に合わないようで、次第に影が女性の形へと変わり全身の姿が形作られる。
シルエットからそれは美世の身体を模したスペアに憑依した怪異点だということは分かる。だが素肌が出ている箇所は無く全身を影に包んでいた。足の先から髪の毛の一本一本まで黒い影に侵食され保護されている。
「……最初からこうすれば良かったわ。これならあなたの厄介な能力は受けない。」
影の中に居るので美代は気圧の影響は受けない。彼女は空気の出し入れを継続的に行なう事で好きなだけ影の中で呼吸する事が可能になった。しかも探知能力のおかげで影の中からでも外の情報を得られるので死角も存在しない。
しかも太陽の光が上から照らされているのに彼女の影は濃いままで薄くなったりはしない様子だった。まるでそこに闇があるみたいに真っ黒で、全ての光がそこに行くと脱出する事ができない事は見て分かる。恐らく天狼が放つ光ではもう影を薄くしたり無効果したりは出来ないだろう。
光をも吸い込む彼女の影はもはやブラックホールと表現しても差し支えがない。美世やルイスが行使する【堕ちた影】の更に先を行くその性質に天狼が警戒レベルを上げる。
「……結界とやらの効果が無さそうだが。」
天狼が物凄く言いづらそうに死神に向かって声を掛ける。流石に何も出来ていない自分が死神に文句は言えない。
「……ミヨのハハなだけある。めちゃくちゃだ……。」
死神は懐かしい思いを抱きながら警戒を強める。美世もそうだったが、ここぞという時に力を発揮するタイプなのだろう。ここから逆転してくる可能性すら感じさせる。
「でも、結界自体は機能しているんでしょ?」
アネモネは死神に話しかけるが天狼視点だと彼女達の身体が重なっているのでとてもシュールに写っている。
「奴は結界外には出れない。こちらの攻撃が通るはずなのだが、結界内なら奴の能力も射程圏だろうな…。」
「つまりあの透明な膜までがアイツの射程って訳か。視覚化出来るだけでも有り難い。」
天狼と死神達の間に怪異点が立っている位置関係だったが、天狼達がじりじりと距離を詰めて包囲網を縮めていく。能力者同士での戦いなのにどうやら彼女達は接近戦を行なうつもりらしい。
「シッ!」
先ずは天狼が電撃の纏ったジャブを影を纏った美代に向けて放つ。電光を発した拳が美代に近付いても影が薄くなる事はなく、無人島で初めて美世がルイスと戦った際に使用した戦法は効きそうにない。
そして結界内に天狼の拳が侵入する。透明な膜の触り心地は無い。あるのはそこから先は自分達が居る空間とは違うという感覚だけだ。
「フッ!」
それからワンテンポ遅れて死神が手刀の構えで横に払う。動き出しは別々だが、死神の攻撃は天狼の攻撃よりも素早くほぼ同時に2人の攻撃は怪異点を捉えようとした。
……だが攻撃が当たる前に美代の身体は不自然な程にブレて空中で回避行動を取りカウンター気味に攻撃を放つ。その攻撃はあまりにも無造作でただ手を振るったり足を適当に蹴り抜いたりといった型も何もないモーションだ。
しかしその攻撃の威力はバカにならないもので、天狼が咄嗟に蹴りを利き腕で受け流したが受け切れず接触した皮膚は裂けて血が吹き出し、死神の方はモーションの関係上回避も防御も間に合わなかった。
「…ワタシが居るからって大振り過ぎ。」
意外な事にアネモネは天狼でも受け止めきれなかった怪異点の攻撃を捌いてみせた。その動きは熟練されたもので攻撃を完璧に受け流し死神をカバーしながらもアネモネは攻撃に移る。
「……お前に合わせる。好きにやっていい。」
死神はアネモネに合わせる事にした。彼女の方が肉弾戦が向いていると思い出したからだ。
「反撃させないで行くよ。」
アネモネの動きは死神よりも速くそれでいて鋭い。死神が一回殴る頃にはアネモネは二回殴り掛かっているような差があった。
そんな速度のまま攻撃が降り掛かってくる美代は完全に防戦一方になり反撃をする暇が無い。……いや、死神とアネモネが反撃の隙を与えてくれない。しかもこの2人の軌道が重なっているのにお互い干渉しないせいで拳同士が重なったりする。
なので防御する事すら難しく、軌道の途中で枝分かれもしたりするものだから、そんな経験の無い攻撃に美代は何回もマトモに攻撃を食らってしまう。
「くっ…。」
彼女の影に攻撃が当たると打撃音が響く。影を纏っていてもこの2人の攻撃は通っているようだった。
(足手まといだけはゴメンだ!)
それを聴いて天狼も攻撃に参加する。アネモネや死神に比べて速度が落ちるがそれでも他の能力者に比べれば驚異的な速度だ。生き物が出せる限界の速度と言っていい。
拳や足を震えば空気が斬り裂かれ真空波が発生し、攻撃が当たれば小耳の良い音が鳴り響く。どうやら天狼の攻撃も影を纏った怪異点相手にも当たるようだ。
「ウザったい!」
前からも後ろからも攻撃を受けて悪態をつくが反撃に移れずフラストレーションが溜まっていく。特に前に居るアネモネ達が脅威で反撃の糸口も見つけられない。
なんせアネモネと死神は互いに自由に動きまわり独特な角度、位置から殴りや蹴りを放ち続けていたからだ。
彼女達は別に地面に立たなくても空中で姿勢制御が出来るので頭が地面にすれすれの状態からも殴りかかったり、斜め上へ回し蹴りを何回転もしながら放ったりと彼女達にしか出来ない姿勢の状態から絶え間なく攻撃が飛び掛かってくる。
「げふっ…!?」
回避も防御も出来なかった美代の腹部にアネモネの裏拳が入りそのタイミングで天狼の肘打ちが背中に直撃。文字通り挟み込まれた彼女の身体は激痛で一瞬身体が硬直し、そこに死神の追撃が入る。
「オエッ!」
天狼が咄嗟に肘を引いた時にアネモネの裏拳に重なる様に死神の蹴りが決まり美代の身体は真横にある建物の柱まで吹き飛ばされ外壁を粉砕しながら叩き付けられた。
この3人の波状攻撃を受け止め切れず美代の身体はボロボロになり、死神の蹴りで内蔵に損傷を負い口から出血して数々の攻撃で骨も数箇所ヒビが入り痛みと熱で頭が働かない。
「こんのっ…能力者共ッ…!」
立ち上がり反撃しようとした時にはアネモネと天狼はもう駆け出して怪異点に飛び蹴りを放っていた。それを食らった美代は建物の玄関のガラスを突き破りエレベーターの扉にぶち当たって床へ落ちる。
「「【再現】」」
アネモネと死神の手には見慣れた“銃”が握られており引き金が引かれる。2つの不可視な弾丸が軌道上を走りその先にある美代の身体を貫いた。
彼女の胴体と思われる箇所に直径10cmの風穴が2つ生まれて美代は絶叫した。
「ギャアァアアッ!!!」
(痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いッ!!)
あまりの激痛に能力が解除されて影が消えていく。すると傷口から血と内蔵がドロっと床面に垂れて慌てて両手で押さえても止まるどころか……
「【気圧変動】!」
「ガハッ…!」
気圧差で私の体内にある内蔵と血が外へと流れ出ていく。せっかく産んで創り出した私の身体が駄目になるっ……!これでは私はもうすぐ動けなくなって能力すら使えなくなってしまう!
「ーーーこれでやっと身体の方は殺せるな。」
右手に銃を構えた死神がトドメを刺そうと怪異点の元へと向かう。銃口を敵の頭に合わせながら……。
3人に勝てる訳ないだろ!




