途切れる繋がり
書き終えました。アルセウスやってきます。
…おお、おおおお落ち着け私。まだ早まる所じゃない。まだ勝負は決まっていない。諦めたらそこで試合終了だ。例え先生に元カノが居たとしてもなんら問題はない。寧ろ先生ってやる事はやってるんだなって事が分かったのは良い収獲とも考えられる。
「詳しく………説明して下さい。今、私は冷静さを欠こうとしています。」
しかし口から出たのは嫉妬の言葉だった。…ストンと心の中でハマッたよ。この人は敵だ。先生とのランデブーを邪魔する悪い女ね!ぶっ殺してやるッ!
「まあ、嘘だけど。」
嘘かいっ!なにも罪もない人(仮定)を殺めてしまう前に聞けて良かった。
「…あっぶねーもう少しで殺してしまう所だった。」
年上の女性に弄ばれた。普通に引っ掛かったよチクショー。
でも言わせてほしい。この人凄い重要そうな人じゃん。その人が先生と恋仲だったって言ったら説得力あるじゃんか。だから騙された私は悪くない。この人が悪い。悪い能力者だこの人は。
「いやこれくらいで殺されちゃ命がいくつあっても足りないよ。ワタシは持ってないけど。」
…色々と、気になる事はあるけど、先ずは状況を理解する為に情報が欲しい。だから優先するべき事はここはどこか。貴方は誰なのか。そして…お母さんはどこに居るのか。この3つを優先して聞き出さないといけない。だから私にされていた質問をちゃんと答えて、この人との間に信頼関係を築いていかないとかな。
「…質問に答えますね。私のはっきりとしている最後の記憶はお母さんに取り込まれる前までですね。そこからは長い間眠っていた様な感じでした。」
「…やっぱりそこだよね。うんうん。分かったよ。ありがとう答えてくれて。」
とても優しい声だ。初対面の筈なのにこの人は私の事を知っていたような気がする。それもここ最近じゃなくて結構前から。
「じゃあ色々と説明するね。ワタシの名前は…オリオン。キミが知ってるオリオンの先代にあたるかな。」
「じゃあオリオンさんの…先輩、なんですか?」
いくらなんでも若すぎるでしょ。見た目は大学生か高校生ぐらいじゃない?彼女が本当にオリオンとして活動していたのなら私と同じかそれよりももっと若い頃からになる。
…私また騙されてる?
「そんな疑いの目はやめて。事実だからね。あ、天狼はワタシの事を覚えているから聞いてみれば分かるよ。彼女がまだ小さい頃にワタシがオリオンとして活動していたって証言してくれるはず。」
…頭が混乱してきた。この人は天狼さんとも知り合いで、今のオリオンさんとも知り合い。…年いくつだよ。
「…納得は出来ませんけど分かりました。でも呼び方が困るんですけど。…オリオンさんと被ってますから。」
別に本名を聞き出そうとは思っていない。もし言われても本当かどうか判断出来ないしどうでもいい。
「そう…だね。名前ね。言っても良いんだけど長いし発音しづらいから…アネモネ、うん。“アネモネ”って呼んで。」
アネモネ…?確かお花の名前だったよね。実際に見たことは無いけど明るい色の花だった気がする。…そうだ。彼女の髪色みたいに赤い花だったはずだ。
「アネモネさん。」
「はい。」
髪の明るさと裏腹に結構リアクションがアッサリとしている人だ。感情の起伏が少ないというか余裕さを感じる。どっしりと構えている訳じゃないけど寄り掛かっても倒れない芯の強さを感じる。
「それであなたの名前というか呼び名は決まりましたけど、私としてはここがどこで、私はどうしてここに居るのかとか聞かせて欲しいと思っているのですが…。」
もう単刀直入に聞くことにした。この人は多分敵ではない。かと言って味方と聞かれたら答えられない微妙な所だ。でも人に対し誠意を示す人というのは分かる。
「あーそうだよね。ここか…ここはワタシの部屋かな。この部屋の住人なのワタシは。」
女性の一人暮らしだとちょっと狭い気はするけど良い部屋だと思う。こうやって見てる分にはね。でも実際に暮らすとなるとこの部屋は致命的な欠陥がある。
「この部屋以外にも住みやすい物件はあると思いますよ。だってここ、“トイレ”ありませんもん。」
間取り的に言うと私達の居るこのワンルームしか存在しない。つまりトイレが無い。トイレが無い!!乙女の危機を私は切実に感じている。考えれば考える程に尿意が呼んだ?って聞いてくる。呼んでねえ!
「あーー、そっかそっか。じゃあ創るね。」
そう言うと部屋の隣にトイレらしき小部屋が突然創り出された。急にドアが壁から出現したよ。めっちゃ良い部屋やんここ。好きに増築出来るもん。どうぶ◯の森かな?
「お風呂とかキッチンも出せるんですか?」
「…なんか新鮮。人が住むにはそういうのいるよね普通は。ミヨのおかげで人間らしい生活を思い出してきたよ。」
そ、そうですか…。一体どうやって生活してたんだろうこの人。
「あのう…。」
「あ、ごめんごめん。えっとこの部屋はね。ワタシの記憶を“再現”して創られている空間。だから外には何も無い。知ってると思うけど。」
思い出…?この部屋はアネモネの記憶を再現して創られた空間なの?この人の能力なのかな…。いまいち分からない。
「だから出れないよ。ミヨの能力じゃここからは出れない。外とは隔絶された閉鎖した空間だから。」
「じゃあ私を閉じ込めておく為に、私はここに寝かされていたんですね。」
「理解が早くて助かるよ。」
お互いに落ち着いた雰囲気で話しているけど話している内容は物騒なものだ。私はどうやらここに閉じ込められているらしい。
「理由はなんですか?私が危険だからですか?それなら殺した方が安心ですよ。」
この発言に対し相手がどう対応するかで、この人がどういう立場でここに居るのかが分かる。
この状況を考慮して推測を立てると、もし私を殺さないつもりなら、私を殺した場合に私のお母さんが殺しに来るということが分かっている。その可能性が高い。そしたらこの人は私の敵だ。お母さんを知っているからね。
「それは誤解、逆だよ。あなたを死なせない為にここに閉じ込めているの。」
私よりもヤンデレな事を言ってるよ。初対面の女性にここまでされる事はとても怖い。それは今までの経験則から分かる。
「…先生はあなたのハハオヤを殺すつもり。だから全てが終わるまでここからは出さない。ここを出る時はあなたのハハオヤが死んだあと。」
うん敵だね。例え私の為とか言っていても私のお母さんを殺そうとしているのなら敵だ。それが先生であっても…。
「出ますよ。あなたを殺してでも出ます。先生と敵対してでも止めます。私には責任がありますから。」
「それは無理だよ。絶対に出来ない。」
ただの脅しと思っているのか、アネモネは特に気にした様子は見られない。まさか私と殺り合っても勝てると思っている?
「やってみないと分からないじゃないですか。」
私はベッドから立ち上がり毛布を身体に巻く。ちょっと動きづらいけど一人の能力者ぐらいは殺せると思う。
「んーちょっとな…そういうのは良くないと私は思うよ。」
「良くないことだってぐらい分かってます。でも目の前に邪魔な物があったら退かすでしょう?」
「ミヨじゃワタシを退かせないよ。だって…」
アネモネは私に一つの事実を告げる。
「死神とのパスが切れてるから。あなたはただの探知が出来て電気を発生させられる能力者にしか過ぎない。」
私はそう言われて先生とのパスを確認した。
「…嘘。」
「ここはね。先生が創った空間。時間操作型因果律系能力による事象だから今のあなたでは干渉する事は出来ない。」
私はベッドに座っていた。身体に巻いていたはずの毛布は巻かれておらずその間の記憶は無い。どうやって私が立った状態から今の場所まで動いていたのか理解出来ない。
「もう特異点じゃないから私達には干渉できないし、あなたはここに居るという因果律は覆さない。あなたはここで誰にも見つからず誰にも干渉されない。それを覆せるのは私達のみ。だからね…」
アネモネが壁に掛けられていた上着を外して上に羽織る。
「ちゃんとお留守番しててね。怪異点を殺し終えるまで。」
アネモネは消えた。出口の無い筈の部屋から外へと出て行ったのだ。私はその事象を観察する事すら出来ず、この部屋に一人取り残されたのだった。
主人公のアイデンティティが奪われる話でした。
 




