別離した空間にて
この2人の組み合わせ……もしかしてヤバい?
まるで長い間眠っていたかのように瞼が重たい…。そう認識した瞬間から私の意識は浮上し、身体に神経が通ったような感覚を覚えて完全に覚醒する。そして私は…
「知らない天井だ…。」
…と、お決まりの第一声を上げた。これを言えるかどうかで自分の頭が回っているかどうかが分かる。これぞ私だって胸を張って言えるもんだ。
「おはようミヨ。ちゃんと身体も魂も無事で良かった。」
声をする方向を見るとそこにはやけに古めかしい本を読んでいる女性が椅子に座っていた。顔を下げて本を読んでいるから顔が良く見えないけど、その目にかかる垂れた髪はなんとも言えない色をしていて目を奪われる。
赤と黒を混ぜ合わせたような深い赤色で、一般的な赤毛とは違った色合いだ。染めるかカツラでも無い限りあの色は出ないと思う。…地毛、じゃないよね流石に。でも良く合っているし違和感が無い。彼女は自然体であの髪色なのだと思わせる何かを持っている。
「お、おはよう…ございます…。」
一応挨拶されたので挨拶を仕返す。
「おはようございます。」
そして更に挨拶を返す。私はやられたらやり返す女、伊藤美世。倍返しだ。
「…えっと聞こえてるから。それで体調の方はどう?」
…独特なイントネーションだ。海外の人かな?もしくはグンマーか修羅の国の九州とか東北とかの外国の人とかかな。
「あ、大丈夫…だと思います。……え?」
私はベッドに寝ていたんだけど、起き上がって毛布を捲ったら…裸体だった。衣服という文明人必須アイテムが装備されていない。しかも眼鏡まで外されているよ。あれが無いと私のアイデンティティが…。
「ああ、服はそっち。」
赤髪の女性が指を指した方向を見ると見るも無惨な形に整形された私の制服が机の上に置かれていた。
…あれを着ていた人は事故にあって死んだんじゃないかってぐらい原型留めていないんだけど……。
「私の制服に何か恨みでもあったんですか?」
私の質問を聞いて彼女は初めて顔を上げた。……綺麗な人だ。人種は…分からない。アジア系に見えなくもないしヨーロッパなどの欧米系に見えなくもない。どっちにも寄っていてどっち付かずって感じ。
(オリオンさんに似てる……)
「え?」
あ、声に出ちゃってた。どうしよう。
「……うーん、そんなに似てるのかな彼と。こっちに来る前は言われたことないのに。」
「あれ、オリオンさんの事を知っているんですか?」
私はただの疑問を口にしただけだったけど、赤髪の女性は私の反応を見て何かを納得したようだった。
「あーなるほど、そこまでしか覚えていないんだ。良かったね。」
良かった…?誰かに言った風に聞こえたけどこの場には私達しか居ない。つまり私に言ったことになるんだけど……言い間違いかな。
……いや、そんな事よりこの状況なに?ここどこよ。10畳ぐらいの部屋に木で出来た古いテーブルとイスとベッドが置かれてて結構手狭に感じる。しかも壁には棚が敷き詰められているから更に圧迫感がね。窓も木の枠みたいなやつで塞がれていて外を見れない。…でも部屋は仄かに明るい。この人が本を読めるぐらいにはね。
棚を見るとそこには彼女がもっているような本や紙束が収納されていて部屋全体がとても古いように感じる。まるで映画のセットみたいで一昔のお家みたいだけど、ここに誰かが住んでいるのだろうと思わせる痕跡があっちこっちに見て取れる。
彼女がここに住んでいるかどうかは分からないけど、住んでいるのは人かどうかも分からない。だって、私の【探求】にはこの部屋しか探知出来ない。この部屋から外は何も無い。全くの虚無だ。
どうやってこの部屋に入れたのかは検討がつかない。どうやって出れるのかもね。まさか叡智な行為しないと出れない部屋っ…!?女同士でなんて私どうしたら……
「そんなに珍しい?」
部屋を見回していたら声を掛けられた。オリオンさんの知り合いっぽいから敵とすぐに判断はしづらいけど、場合によっては私をここに拉致監禁してる悪い能力者かもしれない。油断は禁物だ。
「警戒しないでよ。順序よく説明するから。」
本を閉じて棚に本を片付ける彼女の後ろ姿を眺めながらいつでも能力を行使出来るように準備をしておく。場合によっては出会って5分でバトル的な展開もあり得る。
「えっと…じゃあミヨって最後に憶えている事はなに?」
説明する前にまさか質問をするとは予想外。えっと、確か…………
「……」
「…言いたくない?それならそれで良いのだけど。」
美世の最後の記憶は恐らく母親に取り込まれる寸前の所だろうとオリオンは考えていた。なので話しづらいなら話さなくても良いと伝えた。
「あ、違います。記憶が曖昧で上手く思い出せないんですよ…。」
美世が非常に言いづらそうに口をモゴモゴしだした。その様子を見ていたオリオンは美世を制止した。
「本当に言いたくなかったら言わなくても良いよ。辛い記憶だったと思うし…」
「オリオンさんが実は死神で、お母さんとバトっていたような気がするんだよな…。」
ーーー殆ど記憶していた。もろに覚えていた。オリオンの予想していたよりも美世は状況を知っていたのだ。
「でもまさか違うよね…。風邪引いたときに見る夢のような内容だったし、実際に眠ってたしな…。」
ここは腹を決めて話そう…彼女はそう思い真実を口にする。
「あのね実は…………え、言うな?なんでっ!?」
「…大丈夫ですか?」
この女性は情緒不安定で精神がちょっと病んでる人なのかな。一人芝居を始めて葛藤している。
「……本当に良いのそれで。………いやあなたがそれで良いのなら……分かった。そうする。」
話し合いは終わったらしい。ずっと一人で喋っていたけど…。
「……誰かと話していたんですか?」
私の質問に難しそうな顔で唸りだすこの女性は何者なんだろう。名前も知らないしなんでここに私と2人きりなのかも分からない。
チラッと彼女の後ろを見ると軍服っぽい上着が壁に取り付けられたコート掛けに掛けられてるし、もしかしてこの人は軍人さんなのかな?
「……もうひとりのワタシ、とかかな。」
……アテム?千年パズルに閉じ込められていたの?
「ああ…そうなんですね。」
私はとても可哀想な人を見る目で彼女を見た。こんな所に居たら精神を病んでしまうだろう。だからここは話を合わせよう。うん、居るよね。もうひとりのあなたはきっと心の中に居るから。
「……ワタシが変な人扱いされてる。」
え、変な人ですよね?
「ゴホン。えっとね。あなたが見たそれは夢です。とてもうなされてましたからね。悪夢のひとつやふたつは見てしまうでしょう。」
お、おぉ……切り返してきた。ちょっとゴリ押し気味だけど悪い人では無さそう。私の寄生先レーダーがビンビンに反応している。多分雪さんや天狼さんタイプ。間違いなく面倒見が良い人だよ。私の野生の勘がそう告げている。
「あ、はい。それは分かってますよ。」
「え?あ、そう…なら良いんだけど…。」
私の反応が拍子抜けだったのか、肩透かしを食らう美人さん。彼女が動くたびに赤髪が煌めいて目を奪われる。
「それで私の最後の記憶ですよね?聞きたいことって。」
「あ、うん。もし話せるのなら聞かせて欲しいかな。」
お互い探り探りの話し方で一向に話は進まないけど、お互いに気を遣っている事は分かっているので不快さは感じない。
「……それを言う前に私から一つだけ聞かせてもらえます?あなたってもしかして死神のご知り合いですか?」
(…やっぱり良い勘してる。)
「あなたの言う先生って死神のことだよね?それなら答えはイエス。古い仲だよ。」
美世はあるワードに引っ掛かった。……古い仲?
「あの…一体どういったご関係で…?」
私は恐る恐ると、ある疑惑を晴らす為に質問を投げ掛けた。だがそんな私の様子を見た彼女が少しだけ口角を上げて答える。
「ワタシと先生とはね……」
ゴクリッ……唾を飲みこんでその続きを聞こうと私は彼女を急かす。
「あなたと先生は……?」
そして彼女は満面な笑みで…
「元恋人同士だよ。」
核爆弾を投下した。
出会って5分で修羅場




