二対の点 ④
ここで戦闘パート終わりです。
正直ここまで上手くいくとは思わなかった。怪異点との間にパスが繋がっていたのを感知した際に思いついた作戦だったが、予想していた以上の効果が出たな。
もっと早いタイミングで仕掛けたかったが、流石に戦いながらではそっちにリソースは回せないので彼女に出張って来てもらったが…流石の一言に尽きる。
彼女の能力をまともに受けれる訳がないからこうなるのは分かっていた。…ワタシの苦労は何だったのかと久々に彼女と2人で語り合いたいものだ。
「カッ…シュー…シュー…」
もはや肺の中に空気は残っていないのだろう。窒息死するのは時間の問題、だがそれは後でいい。ミヨを救い出す事が最も優先される。
「届きそう?」
『もう間もなく届く コイツの稀有な特性のせいで時間軸が定められずにいたが……パスを通じて確定させる そうすればほんの少しだが戻せるだろう』
オリオンの身体から一本の怪腕が出現し美代の身体に触れる。直接触れる事で更に深い所まで事象を読み取り時間軸を設定していく。
『ーーー来た 怪異点ごと巻き戻すぞ』
「どこまで戻すの?」
『ミヨの居る地点までだ』
あくまでミヨを優先するオリオンにオリオンは苦笑しながらも頷いて了承する。2人の最終目的は同じ平穏な世界を創り出す為でありその為に彼女達は存在しているのだから。
《それにコイツは殺しても存在し続けられる…》
ちゃんと殺すのは後だ。
『私達のような存在が生まれない為にも…【再開】』
オリオンの能力が世界に変革を行使した。現状に存在する全ての事象は停止し逆行へと移る。そこには怪異点も含まれて彼女も逆行する時間の流れに抗えない。
この世界の加算され続けている情報も全て減算されていき、計算されていた通りに進んだ事象が逆算され逆行する。方程式で導き出された結果ですらその対象になるのだ。
結果から逆算され因果関係の原因にまで時は進む。それを抗える能力も事象もこの世界には存在しない。
一度放たれた能力はキャンセルする事は出来ない。
世界は光の濁流に飲まれて世界と世界の狭間にへと変貌する。この空間はどこでも無い場所でありどこにも繋がっている。過去や未来、そして現実に繋がる亜空間。
(この能力は…!?)
間違いない…スカイツリーで死神がやった時間のやり直しっ!マズい!これでは私も戻ってしまう。一体どこまで戻るかは分からないけど、もし私が生き返る前まで戻れたとしたら私は終わる!終わってしまう!
『その心配はない 今の私達ではそこまで戻ることが出来ない』
時間が逆行していく光の濁流の中で、私は声のする方に振り向く。そこにはオリオンが立っていて、まるでこの世界の住人ともいえる雰囲気を醸し出していた。
『だが私達の行きたい時間へは行ける』
死神が行きたい時間…?一体彼らはどこへ行きたいのだろうか。
『ーーー返してもらうぞ怪異点』
その言葉を聞いて彼らが欲するものが分かった。こいつらは私から最も大切なものを奪う気だ!
「また…また私から美世を奪う気なのッ!どうして私から娘を取り上げるのあなた達能力者はッ!!許さないッ!!お前たちだけは決して許さないッ!!必ず!必ず必ず必ず必ず必ず必ず必ず見つけ出して殺してやるわッ!!!!」
その目は青く爛々と輝き正気を失っていた。誰よりも美世を愛している彼女にとって娘はこの世で一番大切なものであり、それを奪う能力者を彼女は決して許さない。
一度は無惨にも愛する娘との別れの挨拶も出来ずに殺されてこの世を去った。そして娘をたった一人っきりにしてしまった罪悪感が彼女の根底にはある。彼女が生に執着するのはずっと美世の近くにいる為、能力者を殺すのは自分を…美世を殺そうとするからであった。
「私はお前たちを許さないっ…絶対、絶対にっ!美世は家族とは言えないあの人達と過ごし、学校では鼻つまみ者にされたっ…!それは全部私が死んだせいでっ…!私のせいで傷付けてしまったのっ。だからあの子は私が守るのッ!お前たちの手になんかあの子は渡さないッ!!」
この空間では存在を保っている事すら至難を極める。美世は濁流に飲まれてしまったが、彼女は身体と精神を残したまま残留し続けていた。生に執念でしがみついていると言っていい。彼女がこの空間に意識を残したままいられるのは怪異点だからという訳ではなく、彼女の魂が抗っているからだ。
『いやそれは私達のせいだ』
オリオンは悲痛な表情で答える。そして責任は自分達にあるとそう加えた。
「なに…?」
『私達がもっと上手く組織を運用していれば今よりも平穏な世界へと向かう事が出来た ミヨの人生を捻じ曲げてしまったのは私達のせいだ ワタシが責任を取る …だからお前はもう何もしなくて良いし 責任を取る必要性はない 死人は死人をやっているべきだ』
この2人は極点に存在する者達だ。お互いを敵視しお互いの存在を許せない。交わる事も重なる事も無い。だから話し合いなど何も意味を持たない。話せば話すほど殺意が増すばかりだからだ。
「…あんたを殺すわ。絶対に殺す。あなたの大事な者達を全員殺して台無しにしてあげる。平穏な世界?そんなものは私が否定する。この世界に能力者は私と美世だけ居ればそれで良いの。」
美代は感情が抜け落ちたような面持ちで呪詛のような言葉を紡いだ。それは聞くだけで呪われてしまいそうな怨念の塊。死すら生ぬるいと祈りが込められた意思の表れ。
この2人が出会う事はこの世界にとって災害だ。しかもとびっきりの大災害。均衡が彼女に寄ってしまえばこの世界に2度と平穏は訪れない。不老不死の伊藤美代が災いを振りまき続けるからだ。
『私達とミヨで平穏な世界を創り出す その為にもお前という存在はいらない …ミヨを返してもらうぞ怪異点』
時は遡りある時間軸で停止する。その時間は美代が影から新しく取り出した身体に魂を移そうとしていた時だった。この時の彼女は身動きが取れない状態であり、美世の身体が影の中へと落ちる手前のタイミングだった。
「今っ!」
『分かってる!』
赤い髪を揺らしながらオリオンは美世の元へと走り出しオリオンに合図を出した。この機を失うと取り戻せなくなる。それはこの時間軸まで逆行させた彼が一番分かっている事だった。
オリオンの身体から怪腕が伸びて美世の身体に触れようと手を伸ばす。
「なっ!?誰よあなた!?しかもこのタイミングで…!?いけないっ!この状態だと美世がっ!」
美代の魂は新しい身体の方へと移動し始めていたが、まだ美世の魂は元の傷付いた身体の方に残留していた。先に自分が新しい身体へと移り美世の魂を引っ張ろうと考えていた事が裏目に出た形になる。
それを死神は目ざとく観察して分かっていたので彼はこのタイミングで踏み込んだ。彼にとってこれはラストトライ。やり直しの効かない一手だ。
そしてそれは成功する。美世の身体に怪腕の腕が触れた。もう美世の魂は死神の手に掴まれている。
『掴んだッ! ミヨという概念ごと掴んだぞッ!』
「受け止めるから引っ張って!」
怪腕は美世の身体をオリオンの元へと引っ張り奪い取る。2人は成功した。美世を取り戻す事に成功したのだ。
「美世ッ…!」
美代は手を伸ばすが届かない。完全に憑依しきれていない身体では上手く動かせずその場から離れようとする2人に追いつけない。
『飛ぶぞッ!コイツに絶対見つからない空間にッ!』
「さよなら怪異点…これ、置き土産ね。」
彼らの身体と美世の身体がかき消えていく。オリオンの能力でこの空間から完全に消失しようとしていた。そしてその時と同じく彼女の【気圧変動】が発動し美代の身体中心に気候が変動する。
「絶対に見つけるから…待ってて!」
美代は声を振り絞って出したが、その声は風の音にかき消されて誰の耳にも届かなかった。彼女を中心に凄まじい暴風が吹き荒れて竜巻が遥か上空へと伸びたからだ。
その竜巻の大きさは日本で観測された竜巻の中でも最大規模の大きさで山々の木々を根こそぎ巻き込んでいく程であった。
だが幸いにもこの竜巻による被害は山々の木々が吹き飛ばされ、近くに設置されていた新幹線のレール部が倒壊しただけと朝のニュースで報道された。そして人的被害は報告されることはなかった。
そろそろ4章も終わりに近付いてきました。更新頑張ります。




