二対の点 ②
ギリギリ間に合いました。
死神は目の前の怪異点よりも、どうやって背後を取られたのか…、その事を考えていた。
瞬間移動にしては動作が少なすぎた。あれは一瞬で移動は出来るが、その前には必ず溜めがあり隙が存在する。だから違う方法で移動していると思われる。
なら前にやっていた高速移動か?
だがこれも違う。それならワタシが追いついていないと理にかなっていない。つまり違う方法で怪異点は高速で動いている。
「死んじゃった?それとも諦めちゃった?」
…先程からうるさくてしょうがない。諦める訳ないだろうが。
「ワタシのベルガー粒子を纏わせているのに射程から逃れている。どうやった。」
今もワタシに触れている。つまりそれはワタシの射程に入る事を意味するが、コイツの軌道を創り出す事が出来ない。いや、軌道はあるのだ。コイツ自身が軌道のようなものだからな。だがワタシ自身では創り出せない。さっきは出来たのに今では出来ないというのは不可解だ。
「あんなものは結局のところ私という存在に時間という概念を押し付けたものでしょう?そもそも私に対して時間という概念って曖昧で過去も未来も定義しきれていないから。」
軌道はそのものが通った軌跡、つまり時間差だ。時間が経てばそのものが動いたり性質を変えたりするもので、それらを同じ空間に創り出す事がワタシの能力。
だがコイツはそもそもこの空間に居ないのか。だから人には視認も認識もされない。厄介な特性を持っているな…。
「なら力技で押すしかないか。」
怪腕で怪異点の足を掴むと彼女は驚いたように顔を引き攣らせる。
「…影でコーティングした足を掴むなんてどうやったのかしら。」
「足など掴んでいない。お前自身の概念を掴んでいるんだッ…!」
自分の腹から足を引き抜いてそのまま怪異点を地面へと叩きつける。…が、彼女の身体は地面の中へと落ちてしまう。まるで何も無い空間に彼女を放り込んだみたいに感触が一切しない。
「これは…!」
怪異点が地面に接触する間際、地面には影が生まれその影に彼女は入り込んだ。衝撃が発生しても影の中へと逃げ込めば衝撃は発生しない。彼女も地面へと叩きつけられた経験から対策を立てていた。
「なら直接ッ!」
影の中に逃げ込んだ怪異点を引っ張り上げようとした。彼女の身体は影の中へと沈んだままだが怪腕が彼女の足を掴んだまま露出している。怪腕のパワーなら問題なく影の外へと引っ張ってこれるはずだ。
オリオンはそう考えて行動しようとしたが気が付いたら足そのものが消失しており怪腕は虚空を掴んでいた。
「…概念すら曖昧に出来るのか。」
定義出来ないものは能力で対処する事が出来ない。怪異点…。正にこの世界のイレギュラー的存在だ。私達よりも大概な存在であると認めざるを得ないのだが、間違いなくこの世界に存在している。
例え存在も概念も曖昧にしようとも完全にはこの世界から外れることは出来ない筈だ。それはつまり無を意味する行為だからだ。
たった一回だけ私達がコイツを捉えることが出来れば殺しきれるのに、なんて手間のかかる相手なんだ。
「初めてやりましたけど思っていたより上手くいって良かったですわ。」
オリオンの身体が突然打ち上がる。まるで下から凄まじい力が加わったかのように打ち上がったが、オリオン自身は何故自分が打ち上がっているのか理解出来ない。
だが更にオリオンの理解を超える出来事に見舞われる。突然背中に衝撃を受けて今度は真下へと落下していく。
オリオンが落下中に振り向くとそこには怪異点の姿があり彼女に叩き付けられた事を理解した。しかし何故あそこに怪異点の姿があるのかが分からない。
彼が彼女を捉えきれないのは仕方のない事で、死神と呼ばれるオリオンには制約がある。彼は彼自身が知っている事でしか判断が出来ないのだ。例え能力に詳しくてもこれまで一度として怪異点のような存在を見たことも聞いたこともない彼では知る由もない。
(私達の誰かなら正解に辿り着けるかもな…。)
死神の身体が突然消失する。それを視認した美代は辺りを見回したり【探求】を使って探るが、死神の姿は見受けられない。
「おかしい…私には死神の存在が探知出来るのに。」
私のこの青い目は特別で人とは違う見え方がしている。死神が美世の軌道を使って現れた際にも私にはあの白い髪の青年が重なって視えていた。これは恐らく美世の【探求】に8年もの長い間奥深くまで記録され続けた影響と、魂だけの状態で物事を視続けた事による弊害だと思っている。
だけどそのおかげで私には美世よりももっと深くまで物事を視認出来て閲覧する事が出来る。だから死神が美世の軌道を使っていても本体の意識がそこにあるのならそれを経由して深い所まで閲覧出来るし、逆に死神は私を深くまで視認出来ていない。
死神は私を効果範囲に捉えられないから捕まえられない。
だからこそ今の現状が不可解で仕方ない。どうやって私の射程から逃れたのか…。その方法がすぐには思いつかない。私は美世みたいにぶっ飛んだ発想も勘も無いから情報が無ければ分からずじまいになる。
「まさか…逃げた?」
あり得る話ではある。勝てないと見込んで逃げたのなら悪くない手だわ。私の特性と能力の情報を知られてしまったけど、これを広められれば面倒な事になるわね。まあ、死神がその事を誰かに話した場合はそいつから殺して回ればいい。殺す優先順位が変わるだけで私の目的は変わらないから特に影響は無いと言って良いと思う。
「でもね〜。本当に逃げたのならいいのだけど、本当に逃げたっていうの…?」
暗い夜の森の中、人ひとりを探し出すのは途轍もなく難しい事である筈なのに、探知能力なら目を瞑っていても見つけられる。しかしそれを使っても見つけられないのなら私の射程より遠くの方へと行ったのだろう。
私がそう考えていると突然知らない反応が出現する。そのあまりの出現方法にテレポートと疑ったけど、テレポート後の空間の揺らぎが認識出来ないからその可能性は除外される。つまり私でも良く分からない方法で現れたという事になる。
私はその出現した反応の元へ向かう為に高度を落としていく。彼女は地上から私を見上げていた。一体何者なのか、死神の仲間なのか確認をしないといけない。この騒ぎを見に来たという訳ではないだろうし。
「こんばんはお嬢さん。こんな夜に何用かしら。」
その女は何とも表現のしにくい髪の色をしていた。月の光に照らされた髪は赤と黒を混ぜ合わせたような深い赤色で、顔立ちもどの人種にも寄っていて区別がつけ辛い綺麗な顔をした女性、見た目からまだ成人していないように見えるけど、美世よりは年上に見える。
それに軍服…?それに近いようなヘンテコな格好をしている。だけど妙に似合っていてコスプレみたいな安さと嘘を感じさせない。彼女はこういう格好をしていて当たり前と思わせる説得力があった。
「さっきの続きをしに来たの。怪異点。」
「イレギュラー…?それって私の事?」
なんなのこの子。いま初めて会う子よね…?見覚えも無いしこんな反応は見たことがない。能力者ではある事は分かるけど…。
彼女をずっと見ていると死神と呼ばれたオリオンという青年を思い出す。…彼と、似ている?
纏っている空気感がかなり近いけど性別が真逆だし私と美世みたいな外見上の共通点は少ない。だけど顔立ちが気になる。どちらも人種が特定しづらい顔をしている。まるで色んな人種の顔を混ぜたみたいな…
そこで一つの可能性に辿り着く。
「まさか…オリオン、なの?」
私がそう口にすると彼女は少しだけ困ったような表情で…
「ワタシはミヨの先生じゃないけど、オリオンであり…」
そして彼女は最後にこう口にしたのだった。
「死神でもあるのかな。…だから初めまして怪異点。そして永遠にさようなら。」
赤髪の女性はそう言い終えると確かな敵意を怪異点に向けるのだった。
死神の伏線を回収しながら伏線をはるスタイル
 




