二対の点 ①
ドラゴンボール始まりました。
大きく抉れたクレーターから這い出る者が居た。…腕だ。手を土から突き出して這い出てくるが、出てきたのは腕の部位のみ。肩から先が存在せず腕のみで動いている。しかしまるで胴体から生えたみたいな動きをしているので見ていて気持ちが悪い。
「ーーー決して生き物ではないな…貴様は。」
腕以外にもクレーターから這い出てきた。首だけが土を掘り起こしてきたのは流石に驚いた。それがミヨの顔をしているから尚更だ。
彼女はミヨの身体を傷付けた事に対して怒っていたが、あんな風にミヨの身体を使っている彼女こそ怒られるべきだろう。しかも本人の了承もなく憑依しているのが尚更質が悪い。
「ムスメなのだろう?その身体を使って好き勝手しているお前は人の事を言えるのか。」
「私は良いの。だって全部美世の為だもの。」
顔の皮が無数の引っかき傷で捲れて血と肉で真っ赤になった首が宙へと浮かんで声を発する。その声は見た目とは裏腹にクリアな発音で首だけで声を発しているとは思えない。
…これは本当に声帯を使って声を出しているわけではないな。彼女の性質によるものだろう。
「あまり痛そうには見えないな。痛覚とかは無いのか?」
他の部位も地面から這い出てきて千切れた断面同士が接着し、元の造形に近い形になるが服と皮膚が破れて肉と骨が露出している。
…元の彼女の美しい姿はもはや見る影もない。
「なんで…?そんなものはもう必要は無いもの。あっても仕方ないでしょう?」
なるほど…痛覚を消し去っているのか。ますます生き物ではないな。ムスメに対する執着心と能力者に対する殺意しか無いようだなこの存在は。
「ならさっさと終わらせよう。お前だけならどうとでもなる。ミヨと2人で居るのならこちらからは中々手が出せなかったが、お前1人ならワタシで対処出来る。」
ミヨと怪異点のタッグは悪夢そのものだが単体なら話は変わってくる。怪異点の能力は未知数だがミヨのような完璧な能力ではない。つまり殺せるということだ。
「フフフ。あなたって能力者の中で一番強いんでしょう?だったらあなたを殺したらもう世界中の能力者は私に勝てないって事よね…?」
「そんな事は考えなくていい。勝てないからな。」
オリオンの出現させた怪腕が蠢いてプレッシャーを放っている。この怪腕の威力を美代は良く知っている。そしてその特性もだ。
アレは私を殺し得る。美代はそう感じていた。不老不死である自分という存在を消し得る能力が目の前に存在している。だが特に焦ってなんの得にもならない事はしない。
落ち着いて対処すれば、例え自分という存在を消し去る方法があったとしても自分の負けはない。
「この身体は駄目ね…。」
「駄目だと…?」
死神はもう我慢の限界だった。ミヨの身体を好きにされ、あまつさえその身体を利用して傷付いたら駄目と言い放つ。これが許されていい行為なのか?ハハだからといってこんな事をしていい理由になり得るのか?
違うッ!決して大切な相手をそんな自分勝手な思いで切り捨てて良い筈がない!
「よっと。」
美代が自分の影に手を突っ込んで何かを探し始めた。この状況で何を始めたのかオリオンは理解が出来ない。
「ーーー貴様…なにをしている。」
あれは能力によるもの…魔女の一人が使っていた影を操る能力だ。まさか怪異点はミヨと同じ能力を行使出来るのか?だったら彼女はミヨと怪異点を合体させたような特性を持つ存在という事になる。
「あ、あったあった。」
美代が影から取り出したのは…美世そっくりの身体だった。魂の入っていない抜け殻の身体だ。それを見たオリオンは今までにない凄まじい怒りと殺意を怪異点に向ける。
「ぶっ殺してやるッ…!貴様はミヨにッ!自分のムスメにお前の身体のスペアまで産ませたのかッ!!」
頭の中に蘇る光景はミヨがハハの身体を産み出したあの光景。あんな事をするような子ではなかった。もしするのなら間違いなくアイツが余計な事を吹き込んだに違いない!
「いや違うわ。自分で産んで育てたの。時間はいっぱいあったから。」
私は古い傷付いた身体を捨てて魂だけを新しい身体へ移動する。古い身体はただの破損の酷い死体に変わって影の中へと沈み込み、新しい身体には魂が入り込みその瞳には青い光が宿る。
「…先生、あまり娘の裸体をまじまじと見ないでくださる?」
一見恥ずかしそうに身体をよじっているが、非常にわざとらしい。人に身体を見られる事自体が慣れているように感じる。
「売女が…。ミヨの身体で好きにしやがって…!必ずお前を消し去ってやる…!」
オリオンの目は血走ったかのように赤く染まり怪異点とは対象的だ。怪腕も浮き出た血管の部分が激しく躍動し今にも美代を襲い掛かろうと構えられている。
「先生、あなたには感謝しているんです。あなたのおかげで生き返れましたし、美世の事を何度も救ってもらいましたから。だから本当は殺したくないんですよ。」
影が美代の身体に纏わりつき素肌を隠していく。まるで服のようだが身体のラインが出ていて目のやり場に困るような有様だ。胸もお尻も出ていて水着を着ている時と同じような感じだろうか。
それにスカートのようなカーテンのようなフォルムの影で出来た膜が腰から下を隠すように纏わって形状を安定させる。
だが、これはただの影なので美代が歩くとその膜を足が貫通してまるで3Dゲームのキャラみたいな挙動になり、服のポリゴンと足のポリゴンが重なってしまうようなゲームでしかありえない現象が現実で起こる。
「行くぞッ!!」
「どうぞ。」
オリオンが荒れた地面の上を踏み抜いて一気に距離を縮める。オリオンが地面を踏みしめて後ろに蹴り抜くと凄まじい土砂が後方へと飛んでその衝撃の強さが伺えた。
しかもオリオンは怪腕を6本も生やし完全に殺すつもりだ。【削除】なら軌道を削除する事が可能で、彼女自身の身体は約半分が軌道で出来ている。つまり半分は消しされるという事になる。
(ここで仕留める!)
美世ですら行使出来ない怪腕6本による攻撃が怪異点に目掛けて放たれた。怪腕の軌道は不完全に再現され軌道ではなく軌跡のみの攻撃だ。それは一瞬ではあるが光速を超えた動き。生き物がそれを避けるのは不可能である。
だがその対象が生き物ではなかったら?
「ゴフッ…ガハッ…」
音速を超えた動きから光速を超えた攻撃を放つオリオンの背後に怪異点が居た。そして彼女の右腕がオリオンの胴体を貫通し腹部からその右手が覗く。
背後からの攻撃と自身が踏み込んだ際の慣性で二人共地面の上を転がる事になる。また土砂が舞い上がって地形全体の高さが低くなる程だ。
「き、貴様ッ…どうやって…。」
「ん〜〜血が出ない。どうやら先生は私より軌道に近いようですね。」
人の胴体に腕を突き刺しておきながらその様子を冷静に観察している所を見ると、流石は親娘なのか、美世にとても近しいものがある。美世も似たような事をするだろう。
「離れろ!」
地面に激突し跳ね上がったタイミングで怪腕を使って背後にいる美代に向けて振り抜くが空を切るだけで感触はない。死神は体勢を整えて上手いこと着地するが…
「よっと。」
顔をあげるとそこには美代の足がすぐそばまで構えられておりオリオンはそのまま蹴り抜かれる。体重が70kgしかないオリオンの身体は簡単に吹き飛んで木々に衝突していき、そして数百kgにもなる何十本もの木々をなぎ倒してからオリオンの身体はようやく停止した。
「まだまだっ。」
今度は倒れたオリオンの上に美代が出現し、その影で覆われた足で思いっきり踏みつけた。
「かはッ…!」
貫通した胴体に美代の足が侵入したおかげで衝撃は地面へと逃げて大したダメージにはならなかったが、オリオンは美代の動きに対応しきれないようで防御が間に合わない。
「…やっぱり大した事なかったわ。先生、ちゃんと踏まれることも出来ないなんてカーペット以下ね。」
美代はとてもつまらない物を見るような目でオリオンを見下し、自身の勝利を確信するのだった。
しばらく戦闘パートです。




