天狼の役割
書いていてツラかったです。クリスマスイブになんてもの書いているんだお前。
「へぇ〜組織の犬の割にはやるじゃん。彼女達、何らかの方法で凍死を免れたよ。良い能力を持ってる。」
白雪姫は手から伝わって来る温度であいの風達が凍りついていない事を察知し、雨女と情報を共有する。
「分かっていると思うけど水が氷になったということは液体から固体に変わったって事、私は固体を上手く動かせないからね。」
雨女は液体のエキスパートではあるが、固体に関しては並以下で凍てついた氷を動かせるほどの能力は発揮出来ない。
「分かってるよ。ここは私に任せて計画を果たして。……私達の願いを叶えてね。」
ここだけを切り抜けば彼女達は物語の主人公に見えるかもしれない。だがこの短時間で大勢の人間を殺しても自責の念に囚われないような精神の持ち主である。……マトモではない。
「うん!計画を完遂して私達はこの世界から解放されるの!」
雨女は再び雨を操作し始める。外では阿鼻叫喚の嵐で、どの水溜まりが再び浮かび上がるか一般人である彼らには判断が出来ず建物などの屋内に避難していた。
もはや外に残っているのは死んでいるのか気を失っているのかすら分からない人々と、明らかに死んでいるだろうと見ただけで分かる死体のみ。
最後まで救助や捜索をしていた人達ですら途中から雨の中を歩く事が恐怖に変わり、外へ出るのは諦めて雨の降る外を眺めていた。それから最初はスマホでその様子を撮影していた人々もスマホ本来の機能である電話を使用して警察、消防、家族、友人に電話を掛けはじめる。
救助の要請や家族と友人の安否確認、皆が様々な要件で電話を掛けて中には落ち着きを取り戻す人達も現れた。
だが安堵の息をつく暇もなく悪夢のような現象は再び引き起こされた。水が宙へと浮かび上がり死体や車、その他諸々を巻き沿いにして空へと上がる。
それを見ただけでパニック障害を引き起こす者達が現れる程、この現象は人々の心にトラウマを植え付けていた。
建物内部からは悲鳴と怒声、子供の泣き声や老人のお経など様々な言葉が行き交い混沌を生み出す。
しかし本当の地獄はここからであった。雨女は全てのリソースを能力に注ぎ込み射程圏内全ての雨を持ち上げようとする。
「ふっ……ぐぅ……!」
雨女の鼻からはドロっとした血が流れ目は充血し耳からも血が垂れる。それだけ負荷の大きい能力を行使している証拠だ。
「頑張って!ここが踏ん張りどころだからっ!」
白雪姫の声援に応えるように雨女のベルガー粒子は膨れ上がる。そしてそのベルガー粒子は能力に置き換わり事象を引き起こす。そんな中であいの風たちは藻掻いていた。
「そんな事させてたまるか……。」
あいの風達は窮地に立たされても諦めずにこの状況を打破しようと頭を巡らせる。例え目が開けられない状態であっても能力を駆使して雨女達の様子を伺っていた。
(雨女と白雪姫は生かしたままにはしておけない……!)
クソ野郎共が話している内容ぐらい察しがつく。しかし現状は維持するのが精一杯で、今の私は能力にリソースを割きすぎて思考能力が著しく落ち込んでいる。だからこの先どうするか考えが上手くまとめられない。
そしてその事を天狼は分かっている。だけど自分たちの能力ではこの場から脱する事も出来ない。お得意な機動戦もドーム状の閉鎖空間では活かせない。
「美世……私のことは切り捨てろ。この状況を打破出来るのはお前だけだ。自分が生存出来る方法だけ考えて他の思考は捨てるんだ。」
最悪わたしはあいの風の能力で生き返れるが、それを期待してこの場の責任を彼女に押し付けるつもりはない。私自身が責任を取らないといけないから。この状況は私の判断ミスが招いた結果、美世は何も悪くない。私は責任を取るために自分の命を彼女に捧げるつもりだ。
だけど今の自分はただの電源としか機能していない。自分が枷になっているのなら切り捨ててほしい。生き残るべきなのはどう考えても美世の方。彼女はまだ成人もしていない。まだまだこの世界の楽しみを知っていないのに死ぬなんてあんまりだ。
「捨てません……方法はありますから黙っててください。」
目も潰れて声も乾燥で掠れた声しか出せないのに、彼女の声からまだ諦めていない事が伝わって来る。起死回生の手は存在すると彼女は言い切った。
「……流石だよお前は。私は何をすればいい?」
彼女があいの風として役割を果たすのなら私は天狼として役割を全うする。
「……敵の居る位置は凍っていません。つまりセーフティゾーン。そこに向けてテレポートします。でも現在進行系で敵が周囲を凍らせようと能力を行使しているので【熱光量】を解除することは出来ません。解除した瞬間私達が凍ってしまうからです。」
問題点が敵の能力と私の能力どちらが先かになるが、失敗すれば2人とも死ぬ。どのタイミングで能力を切り替えるかで未来は変わる。
「……なら私に考えがある。【熱光量】の範囲を狭めて熱と光を貯めろ。ある一定の熱量が貯まった時に一気に放出してこの空間を温めてその間にテレポートすればいい。」
「でも今ですらかなり範囲が狭まっているのにこれ以上は無理です。凍ってしまいますよ。」
「心配ない。こうすればいい。」
天狼さんが私の背中を後ろから抱きしめて身体を密着させる。すると衣服越しなのに仄かな温かさを背中で感じる事が出来た。
「今の私は能力を行使し続けているから代謝が上がって体温が高い。だから背後への光をカットしろ。私が体温を維持し続けるにはベルガー粒子よりも身体の中にあるエネルギーに依存している。だから今すぐカットするんだ。」
この寒い中で体温を維持し続けるのは相当なカロリーを消費する。天狼さんが能力者としてベルガー粒子量が多くても身体のエネルギーが無くなれば動けなくなってしまう。
「……分かりました。出来るだけ早く十分な光量を溜めますから……!」
私は両手の中に光を集めて前方に光を照らし後方への光をカットすると、その影響が私達が居る空間の温度にも顕著に現れて温度が急降下する。
あれだけ温かく感じた背中はまるで衣服の中に氷の柱を当てられたかのように冷えて2つの意味で背筋を凍らせた。
1つは文字通り背筋が冷えて凍りついたという意味、もう1つはあれだけ体温が高かった天狼さんが氷のように冷えて最悪の事態を想像したから。
最早私の方が体温が高い。それは私が直接後ろから冷気は受けていないからで、天狼さんが密着して冷気から守ってくれているからだ。あの大きな身体を使って私から冷気を遮断してくれている。しかも能力を行使し続けたままでだ。だから光は消えていない。
私は只でさえ身体を凍らしている天狼さんから光を奪って圧縮している。その事実が途轍もない罪悪感を生み涙が出てくるけど、涙は出た瞬間に凍りつくか蒸発してしまう。
「天狼さん……もうすぐ……もうすぐですから……!」
返事はない。ただ私の身体をギュッと抱き締める力が少しだけ強くなる。天狼さんはまだ意識を保ったまま自分の役割を全うしている。私もそれに応えないといけない。
手の中の光はさっきより大きく強く輝き氷を照らす。でもまだまだ足りない。必要な熱量には届いておらず他の熱源か光源が無いか辺りを調べてみる。
するとカフェ店内が急に暗くなり外からの入っきていた西日が更に遮断された事に気付く。その原因を【探求】で探ると、単純に日が沈んだことと雨女の所業であることが頭の中で映し出され、私は怒髪天を突く怒りが込み上げた。そのせいか−70℃の空間であっても私の体温が向上し、怒りで寒さを忘れる。
「こんのクソ共がッ……!」
あいの風達が敵の攻撃から脱しようと行動に移していた頃、外は正に地獄の様相を呈していた。大量の水があいの風達が居るフロアまで浮上しスカイツリーを取り囲む様に停滞していた。
浮上してきた水の中には人の死体やその一部、コンクリートの破片、土、木、車、バイク、猫、犬などといったラインナップで飾られてスカイツリーを装飾していた。
何故このような事になったか、時間をほんの数十秒巻き戻せば分かる。雨女が血を流すほどに負荷を受けながら能力を行使した理由は地下水にあった。
地上の水が宙へ上がり切った後、建物内部に居れば安全だと思い込んでいた人々はその後に起きる事象でどこにも安全な場所が無いんだとその身を以て思い知らされる。
先ず地震のような揺れが発生した。天変地異が起きたんだと本気で思っていた人々が次に感じたのは自分達の死のイメージ。突然地面が割れて建物が崩れ瓦礫の山が一瞬の内に作り出された。
人々は建物内部にぎゅうぎゅう詰めになっていたせいで避難が間に合わず殆どの人間が崩落した建物に押し潰された。中には奇跡的に生存した人も下から押し上げれるように床が浮上して圧縮されるように挟まれて命を落とす。
雨女がベルガー粒子を混入させた雨の殆どは地上から地下へと流れていた。東京には地下調節池という空間がありそこに雨を流して水害を未然に防いだりしている。だがこれが今回被害を大きくする要因になった。
雨女の念動力は金属で出来た水道管や天井のコンクリートを破壊する程のパワーが秘められている。つまり地下へと落ちた雨を浮上させれば地面そのものを持ち上げる事も可能という事だ。
広範囲で持ち上げられた地面は道路を割り建物の支柱を折ってそのまま地盤ごと浮上し東京の表皮とも言える建造物を全て破壊した。
街路樹などの木々も大量の雨を根っこから吸い取った結果、根っこごと持ち上げられて宙へと浮かび、その他様々な物体も地下から浮上した雨に持ち上げられた。その結果がスカイツリーの周りに漂う東京の表皮をシェイクした混合物である。
「ハァ…ハァ…ハァ…ハァ…」
そんな事象をたった一人で行なった雨女は目から血を流しながらも完遂した。それが彼女の目的であり、この日の為に自身の能力を鍛え上げてきた努力が実を結んだのだ。
「良くやった凄いよ……!私も頑張るからもうちょっと待っててね。」
白雪姫は雨女の肩を支えながら労いの言葉を掛ける。
「ハァ……あまり、ハァ……維持し続けれないから、急い……で。」
雨女の目は虚ろでかなりの負荷を脳に掛けてしまった影響で今にも意識を失ってしまいそうだった。
「分かってるよ。でも彼女達がまだ抵抗していて怖いんだよね。なんか氷越しでも光を感じるし……」
白雪姫達からも【熱光量】の光を感じていたが、その熱が彼女達まで届く事は無かった。そのぐらい彼女の【絶対零度】が強力な能力である証拠だ。
「……だったら今すぐやって。それで私達の願いは叶うんだから。」
「うん。そうだね。さっさとやっちゃおうか。」
白雪姫があいの風や天狼達に対しての能力を解除した瞬間を、最凶の探知能力者であるあいの風は見逃さなかった。
メリー苦しみます。




