赤い水溜り
ちょいグロです。
その現象は突然引き起こされ、無知なる人々は能力を観測した。肉眼による観測、カメラを利用した観測、様々な観測方法で記憶・記録された現象は瞬く間に世界に発信されて世界中の人々が観測することになる。
このような事が起こらないように組織は存在し、その場には事態を事前に止められた筈である組織の構成員2人が居たのにだ。
つまり責任はこの2人にあり、組織が数十年に渡り積み上げてきたこれまでの努力と平和が瓦解したことを意味する。
「止められなかったね。もうどうしようもないよ。誰にもこの先起こる破壊の連鎖は止められない。…私達の願いは世界に聞き届けられた。」
「組織の構成員がその場に居たのに止められなかった…これであなた達組織の評価は地に落ち必要性を疑われる。」
全てはこの時の為に周到に用意された不意打ち。急所を狙い致命傷を負わせた。
「なんてことをしたんだ…これで世界が本当に良くなるとでもッ!?」
天狼が吠える。目の前で起きた事象を受け入れ切れず彼女達を否定した。だが今の彼女達にとっては聞いていて心地の良い声援に聞こえる。
「そんな事知ったことじゃない。今が最悪だから壊してやったの。…ふふっ。ずっと窓から見てて考えていたの。どうやったらこの世界を壊せるのかずっーと考えていた。」
窓を見つめ己が引き起こした事象を愛おしそうに観測する。
「この世界が壊れる所を特等席で見るにはどこが良いんだろう、どうやったらそれを人々に見せつけてやれるのかをね。ここは特にその条件を満たしていて丁度良かったわ。」
今の状況を理解しているのは私達だけで周囲に居る一般人は私達を無視して窓に群がりスマホで撮影し続けている。こんなバカ共に遠慮して大人しく生きていたなんて本当にバカのやることだわ。
「でもまだまだこれだけじゃない…!ショーコッ!!」
まゆはショーコに向けて叫ぶ。こんなものは序の口だと言わんばかりに。
「うん、私達はここに居るって事を…世界に示さなきゃいけない!!」
続けざまに雨女は能力を行使した。外の宙に浮かんだまま停止していた雨が浮上していく。水溜りの水もまるで浮かび上がるように膨張し空へと舞い上がる。
その舞い上がる力はとても強く、水溜りの中に立っていた人々が一緒に空へ舞い上がる程で、人的被害にまで発展した。
「キャーーー!?」
「おいおいっ!水から離れろみんなっ!」
「私の子供がっ!誰か助けて!」
空へ水と一緒に舞い上がった人々が水から逃れようと藻掻く。それは反射的に溺れないようにする為の行動だったが、それは間違った選択であった。
「あっ…」
空を見上げた誰かが言ったのか、それとも空へ舞い上がり水から逃れた人が言ったのかは分からない。だがそれを皮切りに至る所に悲鳴が上がる。
「助けっ…」
グシャッと地面に響く音が連鎖する。水から逃れた人々が続々に地面に叩き付けられ赤い水溜りを作り出す事態にまで発展したが、だがそれはまだ被害の少ないケースだ。
「車が落ちてくるぞーッ!!!」
ベルガー粒子が混入していない雨が降り続けている中、視界が悪くなっている状況下で空から落ちてくる車や人を避けるのは一般人にとっては困難を極めた。
水溜りの上に駐車されていた車が歩行者の居る道へ落ちて来て人々を下敷きにし、次々と真っ赤な赤黒い水溜りを作り出す。
だが下敷きになる人々の他に落ちてくる車の中にも運転手や後部座席に乗っていた人達もおり、地上50メートルもの高さから落下していき次々にその命を水に散らしていく。
そしてその光景をリアルタイムで頭の中に流れ込んでくる伊藤美世はショックのあまり顔面を蒼白させて彼女達を止めるように言い放つ。
「止めろ…止めろって言ってんの!!一体何人の命を奪うつもりッ!?私が認識した限り今ので274人も死んだ!あんたのせいで!!」
怒声はカフェ店内に響き渡り他の客、店員達もあいの風達の方へと意識を向けた。
「死んだ…?」
「…これってあの人達がしていることなの?」
「警察を呼んだほうが…」
一般の人達にも彼女達の異様さに気付き始めた。そしてそれを堺に情報は伝播する。組織、能力者、この概念は今や周知の事実になり始めている。
「これがあなた達の狙い…!私達を明るみに出してまでやる事なのこれはっ!?」
「…あいの風、ここで殺るしかない!」
「はいっ!ここで殺りますっ!」
一般人が居る中で仕事をする事に対する抵抗は凄まじく考えただけでも呼吸が苦しくなる。でも殺るしかない。これ以上の被害は絶対に出しては…
「おっと、動いたらこの人達を殺すから。」
白雪姫が後ろに屯っている店員の一人に能力を行使する。
「痛ッ…。何これ…!?」
女性店員の右手の指先全てが霜がついて青白く染まっていた。その異様さに慌てた女性はその指先を反射的に左手で触れてしまい、霜が左手の指先まで移り右手と同じく指を青白く染めあげてしまった。
指からは冷気を感じそこで自分の指が異常な程に凍りついている事に女性は気付いた。だが指先だけでなく手首、肘、肩と痛みと霜が上っていき最後は身体全体を凍らせて彼女はそのままテーブルの上へ倒れ込んだ。
「うわあああッ!?」
「斎藤さんっ!斎藤さんっ!」
同僚達が彼女の安否を確認するが返事はない。身体を触ろうと思っても、手を近付けるだけで途轍もない冷気を感じ手を引っ込めてしまう。彼女からは冷凍室よりも低い温度の冷気を発していたのだ。
「貴様ッ!」
「言っとくけど彼女は仮死状態で自然解凍で生き返らせようとしてもそのまま死んでしまうから。私が能力で解凍しないといけない。だからあなたはそこで悔しそうに指をくわえて見ていなさい。」
それを聞き再び動けなくなる天狼をあいの風は構わず行くように指示を出す。
「私が生き返らせます!この場に居る人は私の射程圏内ですから構わず行ってください!」
普段の彼女ならすぐにその事に気付くはずだが、精神状態が普通ではない影響でその事に気付けなかった。それがこの後の展開に大きく関係する隙になってしまった。
「…分かった。全力で能力を行使する…!」
天狼の身体から今までに見たことのない量の電光が発せられ店内を照らす。床のカーペットは黒く焦げて天井の照明はパチッと弾けて電灯のガラスが降り注ぐ。
「…ごめんショーコ。敵が止まりそうにないからプランを変えよう。」
「ええ、分かってるから。」
雨女は天井に手のひらを向けて能力を行使し、天狼達を妨害しようとある設備を暴走させた。するとカンカンカン…と、天井から金属音のような軋む音がしだしてその場に居る皆が天井を見上げる。
「…これはっ!天狼さんッ!!!」
その音の正体を【探求】で知ったあいの風が天狼を呼ぶ為に叫んだ。緊急事態に対しあいの風はすぐさまサイコキネシスを発動して自分と天狼の周りにドーム状のバリアを張る。
そしてバリアが張られた瞬間、大量の水が天井を突き破りカフェ店内になだれ込んでくる。その水圧は水が持つ本来の水圧を大きく超える圧力でテーブル、椅子、それから人までもを一瞬で押し潰していく。
「お…おぼっ…ゴボ」
一人の男性客が凄まじい水圧で押し潰され身体の骨を砕かれた影響で出血多量で死亡し、また違う客は人体の柔らかい部分、つまり鼓膜や目や口から水が浸水し内側から水圧で押し潰されて圧死した。
「あいの風…このバリアを解けッ!!あいつら殺さないといけないッ!!」
天狼はドーム状に張られたバリアの内側から水に赤い血が混じって濁り、自分達以外の客がどうなったか理解してしまう。こんなものを見せられて大人しく出来るような彼女ではない。天狼の我慢はとうに限界を迎えていた。
「駄目です!あの水圧ではいくら天狼さんと言っても…。」
天井には水道管が張り巡らせており雨女はそれを破裂させて天井から振り落としている。その範囲は店内全域にまで広がり私達と雨女達との間には3メートル以上の滝の壁が作られている。
これがただの水なら良いが能力によって行使されているこの水圧は人間をプレス機で潰したみたいに押し潰してみせた。例え異形能力者でもただでは済まされないだろう。
「ならこのまま見とくつもりかっ!?」
「もう少し待ってください!これだけの水が流れば水道管の水圧が低くなって水道の元が止まるかもしれません!」
ここは最新設備で防災が施されている施設、様々な事態を想定して作られている筈だから、機械が異常を感知して自動的に停止させる可能性がある。
「…クソッ、待つのは10秒だけだ。それ以上はこのバリアを壊してでも私は行くぞ。」
天狼は今にも飛び出しそうだったが、あいの風の予想は当たっていた。建物の構造上、地上から350メートルの高さまで水を運ぶのはかなりの水圧が必要。それが急激にタワー内部まで運ばれて水道管内部の圧力が下がっていく。
なので水そのものが上に上がるほどの圧力が足りず供給が停止するのは時間の問題だった。
「…まゆ、水が弱まってきた。もう少しで止まりそう。」
だがそれは雨女も分かっている。実際に水を操っているので正確な時間も把握していた。彼女はこのあとの展開も決められる程に場をコントロールしていた。
「ならここからは私の番だね。…全て凍てつけ、【絶対零度】!」
白雪姫は滝の壁に向かって冷気を発した。そして水が急激に冷えたタイミングを見計らって雨女は水をその場で停止させる。すると停止した瞬間から急激に水が氷に変わりカフェ店内全てを氷で埋め尽くされていく。
「さ、【熱光量】!」
あいの風はバリアを解除して脳のリソースを全て【熱光量】に割いた。バリアは物理的に障壁を張れるが熱や光は防げない。つまり冷気は防げないので水を急激に氷に変化させる程の冷気を人体に晒せば人の身体も氷のように固まってしまう。
人の身体の6〜7割は水分で出来ている。それは能力者であっても同じ事であいの風のこの判断は間違っていなかった。もしここで【熱光量】を行使していなかったら天狼共々生きたまま氷像にされていただろう。
しかし完全に冷気を防げた訳ではない。なんせあいの風の周りには光源が無く十分に能力を発揮出来なかったからだ。照明は破壊され雨が降っている影響で空の光は遮断されている。
あいの風達の残された光源は天狼が放つ電光のみであり、それを周囲に放つ事でなんとか凍死は免れたが凍傷は負っていた。
髪は凍りつき唇は水分を失いヒビ割れて瞼は目を開けることも出来ない程に水晶体が萎んでいる。
「くっ…天狼さん、その光を切らしたら私達は死にます。」
「雨女に白雪姫…処理課が負けるのも頷ける。…凄まじい能力だ。」
天狼もあいの風と同じ様な有様で立っているのがやっとの状態だった。この2人が能力の勝負においてここまで追い詰められるのはそれだけ敵の能力が優れていたからに違いない。
雨女と白雪姫。この2人が世界でも指折りの能力者である事は覆せない事実であった。
次回はもっと描写がエグいかもしれませんが楽しく読んでもらえればなと思って書きます。
 




