推しの娘
前回の話から一転してゆるゆるしたお話です。
この時の為に私は生を受けたのかもしれない。私という存在がこの場にある事は神が齎した運命的な出会いに違いないと確信した。
「分かっているな。これはどの任務よりも過酷であり重要な任務だ。失敗は許されない。」
隣の伊弉冉も真剣な面持ちでブレードを両手に構えている。
「分かっています。今日の為に練習してきましたから。」
私も両手にブレードを持ち私達みたいな格好をした戦士たちが並ぶ列の中を進んでいく。彼らも彼女らも私達と同じように真剣な面持ちで前へと進んでいた。皆がたった一つの目的の為にここに来ているのだ。
「私達が失敗したら目立つからな。なんせ最前線だ。後ろに居る者達が私達を習って動くものだと認識しろ。」
「伊弉冉の隣でも目立つとか……なんかやだな。」
つい弱音を吐いてしまう。この身長だから今でも目立っているのに隣の私まで目立ってしまうのか。
「最悪掲示板に晒される。覚悟しておけ。」
「怖すぎ。」
ネット社会ってやつはとんでもないものだ。なんでも情報を載せるのは駄目だと思います。
「あの〜……」
突然後ろに居た女性2人に話しかけられる。
「あ、すみません。前詰めますね。」
私と伊弉冉は少しだけ前へ詰める。
「あ、違います!誤解させてごめんなさい!」
「ただ、もしかしたらイザナミさんなのかな〜って思って。」
あれ?組織の人?
「私がそうですけど。」
「「本物だ〜!!」」
長身の美人である伊弉冉さんにファンが居るのは不思議ではないけど、ここでファンの人に合うのはどうなんだろう。
「え?イザナミ?」
「本物だ!」
「デケーよマジで!」
「あの〜写真良いですか!?」
列の後ろと前の人達から囲まれる。伊弉冉は相当な有名人のようだ。
「知り合いですか?」
「いや今日初めて会った……と思う。」
伊弉冉も知らないという事はこの人達誰だ?
「プリテイシアの追っかけで有名なイザナミが来てるって!?」
その一言が皮切りに伊弉冉は視線を集める事になる。そうなのだ。私達はプリテイシアのライブに来ている。連番が取れたから行こうと一昨日言われて、私は急いで準備をし今日この日を迎えた。
「なんで有名人になっているんですか。仕事の関係上ヤバいでしょう。」
「知らない。勝手に有名にされていた。私がプリテイシアと写真撮影させてもらう時とか勝手に上げられていたし……。」
純粋に可哀想。ただプリテイシアを追っかけていただけなのに……。でも目立つもんね伊弉冉は。身長と顔立ちからして人の目を引く容姿をしているもん。
「何無関係そうな顔をしているが、お前もいずれ私みたいになるからな。」
「私はマスクしていれば目立ちませんから。」
身長は女性の平均的な数値に収まっている。何も問題はない。
「異形能力に目覚めると体格に恵まれるんだ。しかも私と同じ能力……いずれ私みたいになる。」
周りに聞こえないようにぼそっと呟いた言葉を私は一字一句聞き逃さなかった。
「なんて事を言うんですか!……え?マジですか?本当にそうなるんですか?」
「なる。私も背は低い方だったけど能力に目覚めてから一番後ろで前ならえしていたから。」
最悪だ。高校でもたまに前ならえして並ぶのに一番後ろとか目立って仕方ない。今は私は前から数えた方が早いのに来年では後ろ側になってしまう可能性が……
「良い顔だ。その顔が見たかった。」
私の顔がそんなにも気に入ったのか伊弉冉は上機嫌そうに笑う。
「性格悪いですよ。あまりイジメないでください。」
伊弉冉に言われたことで自覚症状が出てきたのか、今日から成長痛に悩まされる夜が続く事になる。
「みんな〜〜!聞こえてる〜〜っ?」
わあああああああああッ!!!
ライブが始まると私達は一体化していた。プリテイシアの前では私達は集合意識体に過ぎない。我は汝、汝は我。
「聞こえてるよプリテイシアッ〜!!」
伊弉冉は涙を流しながら全てのイメージカラーのブレードを振っていた。しかし誰もがそんな感じだ。指と指の間にウルヴァリンみたいに持って振っている。
「これが最後の曲だけどっ!みんな最後まで盛り上がっていってね〜っ!」
「うわああああああああああッ!!!!!」
ああ……来てよかった。真冬と真夏(女神と女神)のペア曲も聴けたしこんな最前列で見れるなんて……!伊弉冉が連番誘ってくれなかったらこの事実に気付けなかった。
「えがった…………えがった…………。」
ライブは最高のフィナーレを迎えて私達は東京ドームを後にしていた。伊弉冉はブレードを握り締めてずっとえがった…………っと言って涙を流し続けている。因みにみんな涙してる。若そうなのに前髪の後退が激しい如何にもなオタクたちも女子大学生風のグループも同じように泣いている。
分かるよ。最後の演出マジで神がかっていたもん。あのサビの部分で無伴奏になったのはヤバかった。鳥肌止まんなくて身体がぶわ〜ってなったもん。
「物販、物販行きましょうよ!」
「行くに決まってるだろふざけるなよあまり。」
駄目だ、情緒不安定になっている。彼女にとって物販に行くことが当たり前すぎて何故かキレられた。でも仕方ない。ライブが終わった後みんな物販に行ってるもん。買うしかないね。
「何買います?」
「全部買うに決まってるだろふざけるなよあまり。」
駄目だ、イカれてる。彼女にとって全て買う事が当たり前すぎて何故かキレられた。でも仕方ない。私達は任務をこなしているからお金は誰よりも持っている。買うしかないね。
「プリテイシアの5人能力者でしたよ。」
「能力者に決まってるだろふざけるなよあまり……はい?」
プリテイシアの5人は能力者で恐らくパスを繋げていた。ベルガー粒子の動きが5人ともあまりにシンクロし過ぎていたから恐らく能力と思考をシェアしていたんだと思う。まさかパスを使った能力者と会うなんて……先生に知られたら消されてしまう。
「組織に報告して彼女達を保護するか警護役を付けましょう。じゃないと狙われますよ。」
あらゆる可能性を考慮すると彼女達は狙われる可能性が高い。まさかここで先生と戦うフラグじゃないよね?
「……物販終わってからでいい?」
そんな自分の歯を噛み砕きかねない程に噛み締めないでください。待ちますから。
「良いですよ。」
その後無事に物販で欲しい物を買えて私達は組織へ連絡を取った。相手が超の付くほどの有名人なので下手な事は出来ない。なのでプリテイシアを能力者として見つけた第一発見者の私と、超の付くほどの大ファンの天狼さんがプリテイシアの対応を任された。
実際のところ任された理由として天狼さんが権力を駆使してゴリ押した。それで警護役として天狼さんが一緒に来ることになったんだけど職権乱用である。
しかし誰も文句は言えない。天狼さんは組織No.2の実力者。誰も彼女の怒りを買いたくない。
「はじめまして、私は組織という所から来ましたあいの風と言います。」
そしてプリテイシアの所属する事務所に来た私達は自己紹介をしていた。いきなり黒いスーツを着た女子高校生が来たからみんな不思議そうに私の方を見ている。
「えっと、マネージャーさん。この子は新しい子ですか?他の事務所から来たようですけど……」
あ、勘違いされてる。違いますよ。私はアイドル志望で移籍してきた訳ではありません。
「あれ?イザナミちゃん……だよね?」
「え、あ、はい。イザナミちゃんです。」
プリテイシアのセンター、朝日ちゃんにまで認知されてるの凄いよね。羨ましいよ。
「違うでしょう天狼。」
「てんろ〜う?イザナミちゃんでしょう?」
「そうだよね。イザナミちゃんだよね〜?」
真冬ちゃんと真夏ちゃんと会話……してる……?この私と会話してるっ!?
「そうですね。間違いましたイザナミちゃんです。」
私は己のミスを認め訂正した。今日はイザナミちゃんと来ました。えへっ。
「あのお二方、今日は仕事で来ていますので……」
後ろから注意がかかる。それで私はハッとして同じように黒いスーツを着た女性に振り向く。
「あ、ごめんなさい。すいませんでした。」
実は私とイザナミちゃん以外にも組織から派遣されている。この女性は松本さん。本名かは知らないけど私達のようなコードネームはない。無能力者で事務的な事を仕事にしているらしい。
松本さんは私とイザナミちゃんがちゃんと任務しているかの監視役である。つまり監視役の監視役。なんて信用の無さ。ティッシュ配りのバイトがサボっていないか確認するバイト並の無駄な仕事だと思います。
「すみません遅れました。話はどこまで進みましたか?」
プリテイシアの所属する事務所の社長さんがやって来た。この人とは組織との間に話はついている。だからある程度能力について話してもいいと組織から許可を得ているから、この状況は社長自らセッティングしてくれた。
「何も進んでおりません。うちの者がプリテイシアさん達の大ファンなもので……」
ああ……松本さん真面目に謝ってるよ。この人が一緒に派遣された理由が垣間見れた。私達ではこういう対応は出来ないね。
「いえいえ、私達からしても嬉しい限りです。あ、遅れましたがこれ、名刺ですけれども……」
「あ、こちらこそ今回の事は尽力させて頂くのでどうぞこれからよろしくお願い致します。」
社長さんと松本さんが名刺交換をしてコミュニケーションを図る。
(あれ?私達いらない?)
「名刺……持ってます?」
「組織に名刺があるなんて初めて知った。」
今回は私達はモブキャラで松本さんが主人公かもしれない。
もしかしたら4章で最後の日常回…か?




