体育会系の指導
もう凄く寒いですよね。雪降っている地域とかあるんでしょうか。
意識が薄れて足に力が入らなくなる…と見せかけて私は思いっきりつま先と膝に力を入れ、前傾姿勢のまま雪さんを床の上に叩きつけるようにでんぐり返しの要領で前転する!
「どっ…せいッ!」
流石に予想外だったのか、雪さんは首に回した腕を離して私から離れる。
「あっぶな!?」
雪さんが上手いこと受け身を取って着地し私はその隙に呼吸を整える。
「良し、ここ辺りが丁度いいだろう。」
天狼さんの合図で2回目の組み手は終了を迎える。正直助かった。能力無しで雪さんと戦うのはキツい。特にあの組み技は脅威だ。あんなに滑るものを触ったことが無い。
滑り過ぎて怖いと思うほどだから自然界にあんな滑るものは存在しないと思う。自分の中にある滑るという経験が全く通用しなかった。こう滑るからこうするみたいな考えが思いつかない程に雪さんの能力は上限値が高い。
それは摩擦を減らす方向だけにじゃない。摩擦を強くする方向に対してもかなり上限値がある。触れただけで自分の体重以上を摩擦でくっつけられるのには驚いた。
「正直…予想外だった。淡雪、戦えるじゃないか。」
「いや、恐縮っす!」
完全にコーチと選手のやり取り。雪さんも体育会系の返しが様になっている。私には分からない世界だな…。
「さっきのは本当に落とされると思いましたよ。」
私は首に手を当てながら話に入る。こんなに締められたのは初めての事で首に違和感がある。皮膚も雪さんの腕に引っ張られて突っぱねてたから痒いし。
「別の意味で落としてみせるから覚悟しててね♪」
…地獄に?
「イチャつくのも良いが今の組み手でお互いの感想を言い合うのが先だ。」
今日の天狼さん熱が入っている。かなり押せ押せな感じがするよね。
でも私も雪さんもその熱に感化されて感想の言い合いが止まらない。雪さんも自分の能力に対して自信が付いてきたしこの組み手のやり方はかなり良い稽古と言える。
「では美世。次は能力ありで行く。なんの能力を使う?」
「えーっと…異形能力で行こうかな〜って思います。動作にブーストを掛けるような感じで。」
とりま自分の持ち手で勝負したいと思う。さっきのは私の負けみたいな感じだったし次は負けない。
「…怪我をさせないように。」
天狼さんからそんな忠告が入る。信用していないな…?私が天狼さんの立場だったら絶対に私の事を信用しないけどね。だから反論しないし表にも出さない。
「水分補給は…良いですね。」
雪さんはペットボトルの水を飲んで水分補給を終えていた。能力を使えばそっちの方が疲れるし休憩は必須。効率的に稽古をしないとね。
「良し、やろうか美世ちゃん。天狼さんと同じ能力、見せてもらうね。」
私はベルガー粒子を身体の中心部に送り込み電気を発生させる。そして電力が上がり切る前に私は動き出した。5メートル程の間合いを2歩で詰めて雪さんの背後に回り込む。
「はい、お終い。」
私は雪さんの背後を取り首に手刀を触れるように当てて勝敗が付いた事を宣言した。
「え?み、美世ちゃん!?」
雪さんは私の動きを完全に見失い、私が声を掛ける事でようやく気付く。これでもかなり抑えた速度だったけど雪さんの動体視力では追えないようだ。
「まあ…こうなるよな。淡雪、反省点を述べて次に行くぞ。」
雪さんは何が起こったのかすら分かっておらずその為に反省しようが無い。なので天狼さんが何が悪くてどう対処したらいいのか分かりやすく説明してくれる。私も勉強になってとても良かった。
「良し、次に行こう。」
天狼さんの合図でまた組み手を始める。今度の能力はテレポート。さっき雪さんが相手を見失った際の対処を教えられていたから丁度いいと思う。
「よろしくお願いします。」
雪さんは言われた事、教えられた事を何とか噛み砕いて自分の物にしようとしていた。だから頭で考えている事が多くてちょっと注意が散漫しているような気がする。
「雪さん、目の前に集中です。敵が目の前に居ると仮定して対処してください。」
「う、うん。分かってるよ。分かってる…。」
雪さんと目が合う。まだ焦点が完全に合っていないけどさっきよりはマシ。不意打ちで勝敗が決まっては前の時みたいに反省すら出来ない。
「【再発】act.テレポート」
本当は言わなくても発動出来るけど、雪さんにタイミングが分かるように言う事にした。初見だし最初だけ。
「消え…痛っ!」
私は雪さんの真上にテレポートした。頭上から雪さんの頭と利き腕の右手を掴んで落下しそのまま組み伏せる。
「良し、反省点を述べて次に行く。」
「り、理不尽よこんなの…。」
まあ確かに雪さんは理不尽な目に合っていると思う。能力者同士のぶつかり合いは結局の所は初見殺し。射程距離も効果範囲も分からないんだからぶっちゃけ食らってみないと分からない。
でも本番でそんな事をしていたら初手で殺されるか大怪我を負う。だから稽古で色んな能力を相手にするのはかなり有益な事だと個人的に思うんだよ。だから頑張ろうね雪さん!
「良し、反省点を述べてから次へ。」
「む〜り〜〜!!手も足も出せてないよ〜〜!!」
今度は念動力で雪さんを磔状態にして組み手が終わる。これは…反省しようもない。この道場内全て私の射程圏内だから無理だと思います。
「良し、反省点を述べてから次へ。」
「私…やっぱり弱いんだ。」
今度は振動波で雪さんは吹き飛ばした。雪さんは衝撃を殺そうと摩擦を減らして床の上を滑っていったけど、見た目はカーリング、いやエアーホッケーみたいだった。
壁に2〜3回ぶつかっても雪さんの勢いが衰えなくて、私と天狼さんの居る辺りでキュッと止まった。その時の雪さんは死んだ顔をしていた。自信なんてポキって折れて喪失しているし…。
「ちょっと今日は止めません…?雪さんがこの状態じゃあ…」
「止めない。立つんだ淡雪。まだまだやるぞ。」
天狼さんが雪さんを引き起こしコーチングとティーチングを実施する。天狼さんなりに対抗策を考えて教えるけど雪さんの耳には入っていなさそう。死んで塩焼きにされた魚のような目をしていた。髪のお団子も崩れていて痛々しさが増している。
「良し、反省点を述べてから次へ。」
「この世界に神は居ない。」
今度はイマジネーションで女性が苦手そうな生き物を大量に床の上に呼び出した。もう痛めつけるのは流石に気が引けたからこういう攻め方をしたら雪さんが悟りを開いてしまった。ゴキブリと蜘蛛がわちゃわちゃしているのをただ呆然と眺めて涙を流している。
「消します。…お、お花出しますね!あははは、は、は…。」
道場の壁沿いに沿って綺麗な花が咲き誇る。なんてシュールなんだ。その中で道着を着ている女性が3人。
…何かのPVでありそうな構図だな〜。
「良し、反省点を述べてから次へ。」
「死ぬんだ…。」
今度は堕ちた影で雪さんの下半身を影の中へ引きずり込んだ。摩擦とか関係の無い影の中で雪さんは自分の死を悟りシクシク泣いている。
「ごめんなさい…私のメンタルの方が保たないです。天狼さん、今日は…」
「まだ死神の能力を出していないだろう?そっちが今日の本命なのにやめる訳ないだろうが。」
スパルタ指導…!?今日の天狼さんはスパルタモードに入っている。大の大人の女性が泣いていても気にも止めない。アンタには人の心が無いのか!
「やります…。」
「雪さんっ!?」
下半身を影の中に沈めた雪さんが泣きながらも続行の意思を述べた。今の雪さんのメンタル状態分からんよ!?泣くほどツラい筈なのに芯が強いせいで途中で止める事を選べないのかもしれない。
天狼さんのコーチングにも泣いているし私はその間気まずそうに立っていることしか出来ない。この時間が地獄過ぎて私も泣きたくなる。もしかして体育会系の部活ってどこもこんな感じなの!?
…スゲーよ全国の体育会系。ちょっと見直したよ。でも、自分や周りのメンタルをもうちょっと気遣ってください。
最近の主人公結構マトモな印象を受ける。ヤンデレ感がね、減りましたよね。
今だけですけど。
 




