天狼の推理
会話パートです。
路地裏を抜けて細い道も抜け、勾配もある坂道を超えて彼女達は目的のビルにまで辿り着く。
「よっと。」
天狼は己の脚力でビルの外壁に備え付けられている非常用階段の中腹にまで跳躍し、つま先を階段の柵にかけるとまた跳躍した。それを数回繰り返すだけで高さ42メートルの屋上にまで辿り着く。こんな芸当は彼女ぐらいのレベルでないと出来ない神業だ。
だが彼女は屋上にまで辿り着くとそのまま振り返らず話し合いに使えそうな場所を探しながら歩き出す。
彼女は確信があった。彼ならここに来れると。そしてその直感は正しかった。
話し合う場所に最適な所を見つけて振り返るとオリオンがその場に居た。彼女ですら視認するまで彼の存在に気付けなかった。その事に彼女は口角を上げて笑みを零す。
「来てくれて助かりますよオリオン。」
「今度からアポ取ってもらえますか。ワタシにも予定があるので。」
先ずは予定された会話を始める。お互いにお互いを観察し間合いを図る。しかしこの間合いを図るのは自然的な動作で無意識に行なった反射的な行動だ。決して敵対的な行動ではない。
だが、両者ともそれを行なうのはお互いに警戒し合っている証拠でもある。正に達人同士の立ち会いと言えるだろう。
「てもついて来てくれた…それは私の話を聞いてくれる意思があるって事で良いですよね?」
天狼が丁寧な言葉遣いをするからにはオリオンに対して敬意を払っている事が伺える。普段の彼女からすればそれはかなり珍しい光景に思えた。
「ええ。それにワタシも話したい事がありますから。ですが、お先にどうぞ。ワタシの要件は大した事ではありませんし。」
この状況で余裕な表情を浮かべるオリオン。彼が今どんなことを考えているか、それは見ただけでは分からない。
「ではお言葉に甘えて。…私の昔話なんですが、あなたの前任者。先代のオリオンに一度だけ会ったことがあります。私がまだ小学校に上がる前の事です。」
私がまだ本当に小さかった頃の話。私が能力を覚醒させたばかりの頃の思い出話。
「あの頃の私は悪ガキで誰の言う事を聞かない子でした。それをどうにかしようと父上が私を組織の支部に無理やり連れて行った時だったと思います。」
私も昔はヤンチャなクソガキだった頃がある。美世に…少し似ていたかもな。
「その人は何とも表現のしにくい髪の色をしていました。赤と黒を混ぜ合わせたような深い赤色で、顔立ちもどの人種にも寄っていて区別がつけ辛い綺麗な顔をした女性でした。…あなたに似た所があります。」
容姿では共有点がある2人。全く無関係ということではないだろう。
「それにあなたと同じく独特なイントネーションで日本語を話していました。あの時は外国人が不慣れな日本語を話していると思ってましたけど、最近では違ったんじゃないかって思うようになりました。」
そう思うようになったのは美世の存在だ。オリオンというエージェントが活発的に動き出し、美世という能力者に固執する動きを見せ始めた。
「私はね、昔から勘が良いんですよ。ほとんど外した事が無い。だからあなたと先代のオリオンが気になり始めてからずっと疑惑が消えないんですよ。」
「ーーー続けて、その疑惑とは?」
オリオンは楽しそうに私の話を聞いているが、もはや不気味に思える。この状況を楽しんでいる風にも見えるからだ。
「この2人は同一人物であり、姿形を変えてこの世界に生き続けている…と。そう思ったら色々と繋がったんです。オリオン、あなたは数少ない死神とコンタクトの取れるエージェント。でも、本当の所は違う。」
本当の意味で確信したのはあの集会での話。美世と理華の話を聞いておかしいと思った。何故死神は美世の動向を知っていたのか、どうやって知り得たのか。
美世の能力を使えれば探る事は出来るだろう。しかしそれだと美世の反応に矛盾が生じる。あの美世がその事に気付かない訳が無い。彼女は非接触型探知系能力者だ。彼女に気付かれずに情報を得る?そんなこと、不可能だ。
私は美世と戦い彼女の事を深い所まで理解したつもりだ。彼女はそういう事に対し特に敏感な筈。それでも気付かないのなら居て当たり前な人物が情報を入手した以外考えられない。
美世の身の回りに居る人物で夏休み中の任務について情報を得れる機会があった人物は3人。
先ず1人目は理華。彼女の事は幼い頃から知っている。彼女が死神である可能性は1番低い。
2人目はハーパー・マーティン。彼女はミューファミウムに拉致された経歴を持っている。彼女の身辺と出生はかなり調べられたが、怪しい所は無かった。
IDや彼女の父親、母親の家系も調べた。10代前の祖先まで調べたけど何も怪しい所は無い。調べた時にミューファミウムによって彼女のIDに不正な操作が行なわれた事が分かり、組織によって元に戻したぐらいだ。
そして3人目…オリオンは不明そのものだ。私の権限でも彼のデータベースにアクセス出来なかった。下手するとその時に彼に知られていたかもしれない。私が彼を怪しんでいることを。
「あなたしかいない。美世の近くに居て彼女の動向を探れたのは。…まあ、あなたと死神の間で連絡を取り合っていたか、あなたが報告していた可能性もある。」
状況証拠でしか無いし憶測が混じった推測。だけど私は彼女を見た。
「話を戻しますけど、小さい頃に先代のオリオンを見た時に違和感を感じた。本当に小さな違和感。あの頃は能力に目覚めたばかりで感覚まかせで世界を見ていましたから。」
私は電気を操るけど、それ以外にも私には特殊な特性がある。それは電磁波、紫外線を視認出来るということ。
「最初に彼女を見た時、電波や紫外線が見えなかった。そんな筈はないのに。体温が無い生き物なんて居ると思いますか?電気信号も発生しない生き物なんて…生き物ではない。」
まだそれだけなら良かった。そういう能力なんだと納得して幼い思い出として埋もれてしまうような記憶。しかし彼女はその後信じられない事をした。
「私が電波や紫外線を視認している事に気付いた彼女は紫外線と電波を発した。…こんな事を出来る能力なんてこの世に無いことを私は知っている。」
私も幾多の戦いの果てに能力というものを知り、自分でも能力というもの調べ尽くした。だけど電波と紫外線を完全に遮断、又は消しされる能力はこの世に存在しないか、組織でも確認されていないということだ。
「でも今日の美世の話で私は確信を得た。」
私が彼女に何度も質問し能力を見せてもらったのは死神の能力を目にして疑惑を確信にへと変えるため。
「不完全に再現出来るあなたの能力ならあれは可能だった。」
彼女の身体は不完全に再現された事象そのもの。私にバレる訳にはいかなかったから完璧に近い状態にへと再現し直した。
「私の推測は当たってる?…死神。」
彼の反応を伺うと…笑っていた。ただ嬉しそうに笑っていたのだ。私はそれを見た瞬間、全身に力を込めて能力を開放していた。踏んでいる箇所がヒビ割れる程に力が込められた足は、いますぐにでも死神へ踏み出せるように構えられる。
「…何がおかしい?何故笑う?私が滑稽に見えるか?」
彼、もしくは彼女からしたら私は滑稽に映っているのかもしれない。探偵ごっこをし死神の正体を死神本人に話したのだから。
「いえ、そんな事はありません。ただ純粋に嬉しいんです。この時代、この時間軸に優れた能力者が居ることを。」
彼は構えも取らずあくまで話し合いという体を崩さない。本当に戦意を感じられないその立ち振る舞いにこちらの調子が狂わされる。
「…それならいい。私も嬉しいよ。私の教え子達が優秀で。彼女達なら私を、死神を超えてくれる。」
「ミヨはワタシの教え子ですよ。リカも非常に優れた能力者なのでワタシの能力を貸し与えたい程です。」
…話せば話すほど彼はオリオンだ。初めて会った時から何も変わらない物優しい口調に丁寧な立ち振る舞い。誰も彼を死神とは思わないだろう。彼を死神と知っているのは私と蘇芳と、彼にオリオンというコードネームを付けた創始者のばあちゃんだけだと思う。
「それは死神であっても許さない。2人とも私が立派に育て上げる。」
「それは残念です。まあ、ワタシには時間が残されていませんので、あなたに任せるつもりでしたが…」
「時間…?時間を操る死神が?」
死神に時間が残されていない?そんな事を急に言われても困るぞ私は。この事を誰か知っているのか?
「リカには話したので知っています。でもあの場にはミヨが居たので黙ってくれましたけど。」
「話の全容が見えてこないけど?」
彼の言っている事が理解しきれない。何かを隠しているのは分かるけど何を隠しているのかが読み切れない…!
「今は知る必要はありません。今あなたに知って欲しいのは私達は今も昔も変わらないという事です。」
「…同一人物という事で良いの?先代もあなたも。」
姿は違えど中身は同じ。2人とも死神であると考えていいのか?
「同一人物ではありません。彼女もワタシも別人格であり血縁関係ですらありません。…多少は同じベースが使われているかもしれませんが。」
ベース?彼は何を言っている?
「待て、聞きたい事から離れていっている。私が知りたいのは…」
「天狼、君は未だ知り過ぎない方が良い。ミヨに勘付かれる。」
雰囲気がガラリと変わり、見た目は同じでもまるで別人に変質したようだ。
「何度も言うが私達は今も昔も変わらない。たった一つの願いの元に放たれた能力に過ぎない。」
そう言う放つ彼は正に世界から死神と恐れられる人物に見えて、私はやはり間違っていなかったと確信を得れたのだった。
この2人怖いっすね。やり合ったらビル壊れそう。




