腹の底を撒き散らす
蟹食べました。久々の蟹最高です。
楽しい楽しい蟹パーティーは終わりを告げて、そのあとは皆が蕎麦をすすったり謎スープに舌を唸らしたりなど私達の雰囲気はとても良い方向へと向かっていった。ありがとう蟹さん。ありがとう謎スープ。もしかしたら謎スープが1番美味かったまである。
「いや〜もう満足ですよ。来て良かった〜!」
朧さんも最初の緊張感が嘘のように消えて今ではクッションに頭を預けて寝る姿勢に入っていた。女子高生の部屋でこのポジショニングは猛者だと思う。
「こうやって皆で食卓を囲む。同じ釜の飯を食うというのは良いものだ。」
今日の集まりに対し大変お気に召したようで天狼さんは腕を組みうんうんと頷いていた。少し体育会系っぽい考え方だけど私もそう思うよ。この集まりが無ければみんなこうやって仲良く話は出来なかったと思う。
「じゃあ……話しましょうか。お祝いの後に話す内容ではありませんが、今日集まってもらった理由をお話します。」
今日集まってもらった理由は理華のお祝い……という表向きの理由とは別にもう一つの理由がある。それは私達のこれからの話だ。
「私達は……死神の派閥として結成し、他の派閥からの影響から脱却します。」
「ちょっと良いか?」
天狼さんが手を上げて質問を投げかけてくる。
「はい、天狼さんどうぞ。」
「その死神が来ていないし、本人の了承は取っているのか?」
先生にはそれっぽい話はしてある。好きにしていいと承諾も得ている。
「はい。先生は私の好きにして良いと言ってくれました。」
「……なら良いんだ。」
天狼さんは何とも不思議そうな妙な表情をしたけど、それ以上は何も言わず目を閉じる。
「は〜い美世ちゃん美世ちゃん。私からも質問ありま〜す。」
雪さんも質問があるようで、私は何でも答えてあげようと考えていた。誠の件があったし恩返しみたいな気持ちだ。
「はい雪さん。」
「ここに居る人達と死神以外で他にもメンバー居るの〜?」
う、う〜ん……居るけど、言えない。言っても良いのか私には判断出来ない。
「……協力者は居ます。でも基本的にはこの7人で動きます。」
「ふ〜ん……で、この7人で具体的に何するの?」
まあ……そこだよね聞きたいのは。結構なメンバーが集まって仲良く食事するだけなんてありえないし。
「蘇芳に対しての対応と……先生との戦闘です。」
ザワつく者と静かに聞く者、三者三様だけど良く分かっていない者が一人。
「えーっとすおう?って誰?あと死神と戦うってなんぞ?」
朧さんは分かっていないか。説明してなかったししょうがないか。
「じゃあ、先ずは蘇芳について話します。」
私は朧さんに蘇芳との関係性と彼女の能力について説明した。
「……美世ちゃんそんな事になってたのか。でも納得は出来たよ。お母さんを殺した能力者を知っているからか……。」
朧さんは衝撃を隠せない様子。私がなんで先生と戦おうとしているのかも知り、朧さんはそのまま熟考しだす。
「蘇芳と死神は必ずぶつかります。だから蘇芳は朧さんを動かして私と合流させました。」
「えッ!?そうなのっ!?」
更に驚く朧さん。朧さんは間違いなく蘇芳によってあそこに配置された。
「蘇芳を舐めてはいけません。私達がこうやって集まる事も知っています。“知る”というのがアイツの能力なので。」
「マジか……じゃあこうやって集まっても無駄じゃね?」
朧さんの言いたい事は分かるけど、それでは話にならない。
「そんな事は無い。私達の間で情報を共有する事に意義がある。」
天狼さんが話に参加しこの集会に意味はあると言ってくれた。
「それで……まだ言っていない情報があるだろう?お前がモーションを起こしたんだから何も無い筈はない。何かあったから集めた……そうだろ?」
天狼さんのこの勘の良さは相変わらずのようで……。
「はい。蘇芳が夏休みに私と接触してきました。それで私にこう言いました。京都に私のお母さんを殺した能力者が居ると。」
「それって……。」
雪さんが口に手を当ててショックを受ける。京都とはつまり京都支部の事を指し示す。
「天狼さん。京都支部について詳しいですよね?」
私から不穏な空気を察して天狼さんとオリオンさん以外が身を退いていく。酔っていたハーパーも酔いが覚めて私から距離を取っていった。
「まあ詳しいが……その件については私は何も知らない。知ってそうな奴には心当たりはある。だがそいつと美世を会わせたくない。」
「そいつって?」
天狼さんが会わせたくない相手?
「私の父だ。京都支部の支部長でかなり適当な人だが……京都の男であり京都のトップ。会わなくても良いなら会わない方がいい部類の人間である事は保証する。」
「ワタシもそう思います。逆に向こうから接触があるかもしれません。」
オリオンさんもそんな事を言う相手とは……どんな人なんだ?天狼さんのお父さんとかあまり想像はつかない。でも天狼さんが東京支部に行っている事を考えるとあまり良い人ではないのかも。
「会わせてください。少しでも情報が欲しいんです。」
もう目の前まで来ている。確かな感触があるんだよ。クソ野郎がすぐ目の前まで来ているっていう感覚が!
「はあ……そう言うと分かっていたから教えたくなかったんだ。……話はしておく。予定を空けておけ。」
「ありがとうございます天狼さん!」
「お礼はいらない。会えば分かるからな。」
少しぶっきらぼうな反応だけど、私を心配しての行為を無下にしたんだから仕方ない。本当にありがとうございます天狼さん。
「じゃあ蘇芳と美世ちゃんのお母さんの件は片付いた感じでしょ。美世ちゃんそろそろその殺気を消しなさい。」
雪さんに言われてハッとなる。仲間に何をしているんだ私は。
「あ、すみません。つい母の事になると抑えられなくて。」
「アイ怖〜い!」
泣き上戸に入ったハーパーが泣き出し更に状況はカオスの方向へと向かう。
「ごめんハーパー、私はトチ狂ってるから気にしないで。」
「そんな弁明の仕方聞いたことない。ハーパーも泣かないで。」
理華もハーパーの元へ来てくれて一緒にハーパーを宥めてくれた。
「えっと、じゃあ死神と戦うってやつだけど……どうしても戦うのか?俺は無能力者だから戦力にはならないぞ?」
「戦闘に関しては能力者で固める。」
天狼さんはワクワクした顔で心強い事を言ってくれた。この人は戦闘狂のきらいがあるよね。
「えっ!?それって私も入ってます……?」
雪さんは……不参加でも良いし参加してもらっても良い。結局の所私と理華と天狼さんでやると思うし。
「勿論だ。淡雪にも参加してもらう。それに心配いらない。私が鍛えてやる。」
駄目だった。天狼さんは雪さんをカウントしていた。
「天狼さんの稽古……?それは嬉しいかも……。」
雪さん、稽古は結構嬉しそうにしている。確かにあの身のこなしは戦闘訓練を良くしていないと身に付かない。
「勝算はあるんですかミヨ。」
オリオンさんの意見は尤もだ。勝算の無い戦いに参加はしたくないだろう。
「……正直な話、無いです。でも戦わないと蘇芳は殺されてしまう。それは防ぎたいです。」
勝つとか負けるとかの話ではない。戦わないといけないんだ。
「あのさ美世ちゃん。俺あまり話についていけてないんだけど、蘇芳って子をなんでそんなに守りたいんだ?美世ちゃんのお母さんを殺した能力者はもう京都に居ることは分かっているのに、蘇芳から情報を得る必要はもう無いんじゃ……?」
「それは……私個人の見解ですけど、蘇芳は悪人ではありません。彼女はただ能力を得てしまった少女です。なにも罪がありません。だから守りたいんです。」
ハワイで会った時の彼女の顔が忘れられない。彼女がどういう思いで私に接触していたのか……、それは私しか分からないと思う。だからみんなに言ってもしょうがない。
でも私が彼女を守りたいって意思を話した段階で、この集まり自体が馬鹿げた話になる。ぶっちゃけ彼らにメリットはそこまで無いのだから。蘇芳なんて私と先生との間の問題だし、お母さんの仇なんて私個人の話だ。
ここには私個人に手を貸してくれる人も居るけど、全員そうではない。
「そっか、なら守ってあげないとだな。」
「え?」
朧さん今なんて言った?
「えって何だよ。俺は元警察官だぜ?市民を守るのが俺の仕事。刑事を目指していた俺がすべき事は犯人を見つけて罪を精算させることだ。ならこの話、乗らない訳にはいかない。」
椅子から立ち上がり朧さんが宣言した。私の無茶な提案に乗ってくれる?
「カッコつけちゃって。朧は女の子の前だとカッコつけるよね。」
雪さんが呆れたような嬉しそうにしているような曖昧な反応を示す。
「うっせ!これは俺の信念だ!相手がどうとか関係ねえ!俺はこの話最後まで付き合うぜ!」
朧さん…良い人だよね。世界中を駆け回ったのも私の為だったよね?
「ありがとうございます朧さん。朧さんには返しきれない恩が出来ました。だから私が必ず守ります。約束します。」
「おう!あいの風に守ってもらえるのなら心強いわ!」
ニコッと笑う朧さんはとても男らしい人に思えた。
「……美世、私からも良いかな。」
理華が真剣な表情で切り出した。何だろう…今日は結構もうお腹いっぱいだからベビーな話題は勘弁して欲しいよ。
「……どうぞ。」
「言おうか言わないかずっと迷っていたんだけど……死神との話も本格的になってきたから言うね。」
前置きから嫌な感じがする。それはこの部屋に居る皆が感じていた。
「死神は……私達が何かを企んでいる事を知っている。死神本人から聞かされたから間違いない。」
「「「え?」」」
言われた内容を理解するのに時間がかかった。それは私以外の人達も同じで、ぽかーんと口を開けて間抜け面を晒すほどに。
「それってつまり…理華ちゃんは死神に会ったの?」
「どう言ったら良いのか…直接は会ってません。淡雪さんの想像しているような事はありませんけど…」
理華が私の方を見て、どこまで言ったら良いのかの判断を委ねた。
「待って、私も良く分かっていないんだけど先生は私が先生と…敵対、するのを知っていたの?」
「うん。それで好きにさせるって……」
「うわあ〜〜〜〜〜!!!!先生に嫌われたーーーー!!!もう死ぬ!私ここで死ぬッ!ああああ!!!」
私が急に発狂し床の上をのたうち回る光景を引いた表情で皆が見ていた。今の私はスカート姿で動けば下着が見えてしまうのに私はのたうち回っていた。
「…落ち着いて美世。死神は別に怒ってはいなかったよ?」
理華のフォローも今の私には通じない。
「そういう事じゃないよ!私が恩知らずな事をしていてさ!しかもそれを知っていながら私を気に掛けてくれていたんだよっ!?私最低なやつじゃん!死んでしまえ伊藤美世〜〜…!」
戦う選択肢を取ったのは私だ。誰のせいでもない。だけど先生がそれを知っていて黙っていたのがショックだった。見放された方が1000倍マシ。
「でも美世ちゃん、死神と戦うでしょ?いつかはバレるんだから今か先かの違いじゃないの?」
雪さんの正論パンチが私の心を砕く。
「そこら辺はまだ考えないようにしていたんですよ〜!心構えなんて出来ていなかったの!だから急にこんな話されたら心が死にます…あ、死んだ。私の心はいま死にました。」
レイプ目になった私はスカートがはだけて下着を晒していたけど、雪さんが朧さんの目を潰しオリオンさんは飲み物を飲んで視界に入れないようにしていたからワタシノ乙女のラインは守られた。
「…ごめん。任務があったから言えなかった。言ったらこうなるかな〜って分かっていたし…」
「タイミング的に的確だろう。心構えをしていなかった美世が悪い。」
天狼さんにバッサリ斬られた私は再起不能の傷を負い先生と戦う選択肢を捨てるのだった。
美世と死神は戦います。(確定事項)




