蟹を腹に納める
蟹回です。蟹食べたい…
朧はこの居心地の悪い空間に一人だけ取り残されたような寂寞の思いを抱いていた。なんせ圧倒的女子率。男は自分とオリオンしかいないのでとても肩身が狭い思いを強いられる。
「本当になんでここに俺が居るのか分からないっすよ。」
「大丈夫。私もだから。」
朧の隣に座っている淡雪もこの状況で同じ思いを抱いている朧を見つけて2人で部屋の隅に縮こまっていた。
「いや、私達仲間じゃないですか。」
「美世ちゃんのお仲間と私達はまだお仲間じゃない気がするわ……」
この両者の間に認識の差があった。友達の友達は友達ではない。その事を知らない美世では無いのだが、美世自身がコミュニケーションスキルが足りていないので、両者の間を取り持つような事は期待出来ない。それは淡雪も分かっていた。
「そんな事を言うなら俺はどうなの?雪以外は今日初めましての人しかおらんよ。」
「あ、私ハーパー・マーティンです。よろしくおねがいしますね。」
もうお酒が入り頬が火照っているハーパーが突然、朧に挨拶をして虚をつかれた朧は反応が遅れる。彼女の独特な雰囲気には初対面の人は戸惑う所があるだろう。
「え?あ、どうも。朧って言います。」
「淡雪です。何回か見かけた事はありますが、話すのはこれが初めてですよね?」
「あ〜…えーっと……そうだっかもしれません!ハーパー・マーティンです!」
もう出来上がっている彼女に対してコミュニケーションを取ることは難しいだろうな……と、朧と淡雪は心の中で思う。因みにだが、お酒が入っていなくても彼女とコミュニケーションを取ることは難しかったりする。
「ハーパーちょっと飲みすぎ。まだお祝い始まってすらないから。」
「あ!主役のリカはどこに行ったんですか!?あと他にも居ましたよね〜?オリオンさん!どこですか性格の悪いオリオンさんは!?」
この場には美世、ハーパー、淡雪、朧の4人しか居ない。他のメンバーはというと……
「蟹は茹で終わりました。皿ください。」
「はい。こっちも上がりますよ。」
「蕎麦も行けそうだ。」
お祝いのご馳走を用意していた。この3人は料理が出来るが、残りの4人はあまりにポンコツの為に居残りをさせられていた。祝われる本人である理華が自分で料理するほどこの4人の料理センスは終わっていたのだ。
「天狼さんとオリオンさんのご飯食べられるとか意味分かんねえよ……」
「今日は来てもらわないと困りますからね。朧さんは完全に巻き込まれてしまいましたから。」
そう、朧さんは巻き込まれてしまっている。蘇芳という厄介な人物のコマとして……
あれは彼と再会したのは夏休みの任務中の事だった。彼が中国の支部に居て偶然……ううん。あれは全て仕組まれたシナリオ。
任務で中国へ向かった際に北京支部の渡り廊下で私は彼と再会し、ある情報を提供される。
「あ、あ〜……朧気に憶えているんだけど名前が出てこない……」
「朧だよ!このやり取り2回目だから!」
あ、そうそう朧さんだ。なんで朧さんが中国支部に?もしかして飛ばされた?仕事でなにかやらかしたのかな……
「顔に出てる出てる。俺の希望で色んな支部に出向してるんだよ。……それにしても前より表情豊かになったな美世ちゃん。」
このお兄さんと私そんな付き合いあったっけ?それとも会った時の私って無愛想過ぎたかな。
「ここではあいの風と呼んでください。仕事の基本ですよ。」
「……すっかりプロになったな。数ヶ月前とは大違いだ。」
「成長期ですから。」
「でも変わったのは見た目だけじゃない。君からは処理課の能力者特有の匂いがするよ。……とても危険な匂いだ。」
自分の匂いは分かりづらい。もしそんな匂いするなら香水を買わないと。
「はぁ〜、そうですか?」
「……殺し屋の匂いだよ。死の匂いと言っていい。しかも今まで嗅いだことが無い程の濃さだ。……噂は聞いていたから、君が沢山の人間を殺したのは知っている。」
「えっと、もしかして説教始まります?殺しは良くありませーんって。」
2人の間に不穏な空気が流れて朧の膝が震え出す。今すぐ話題を変えるかこの場から去れと本能が叫ぶ。しかし朧には目的があってあいの風に接触したのだ。ここで退くことは出来ない。
「いや、そんな事を言うつもりはない。君に伝えたい事があって今まで世界中を飛び回っていた。ある真実を調べて君に知ってもらいたかったからだ。」
何の話をしているの?彼が私の為に世界中を……?
「落ち着いて聞いて欲しい。君のお母さんを殺した犯人は組織の幹部の可能性があ…ッ!」
私の左手が朧さんの首を掴んでそのまま持ち上げて彼の身体が宙に浮かぶ。大の大人が簡単に持ち上がり朧さんは必死に抵抗するが、今の私では無能力者の筋力では振り解けない。
「……お前誰だ?何故私のお母さんを調べている?しかも世界中で調べていた?そんな事をすれば組織の誰かが勘づく。お前に手を貸した奴の名前を吐け。」
「ガッ!い、息が…!」
このまま締め上げれば数秒後にこの男の意識が飛び十数秒後には脳に酸素が行き渡らなくなり窒息死する。だから手を緩めないとなのに左手が言う事をきかない。今もこの男の首を圧し折りそうな勢いだ。
「聞いた事を話せ。そうすれば手を離す。お前は話し私も離す。オッケー?」
左手に意識を向けて手を緩める。ここで組織の人間を殺すのはデメリットしかない。だから殺意を抑えろ。彼は雪さんの同僚、殺したくなんかないんだ。
「お、俺が上司に掛け合ったら許可が下りた……んだ。課長も不思議がってたよ。だから俺も妙だと思ってた。」
許可……?組織の事を調べようとしている人間に許可?ありえない。この組織の運営のやり方と合っていない。こんな事を出来る人間に私は一人しか心当たりはない。
「……蘇芳か。駒として彼を動かし私に情報を提供したな。」
私は朧さんを離して自由にさせる。朧さんは着地に失敗し蹲りながらゲホゲホと息を荒上げる。
「す、すおう?誰だそいつは……そいつが俺に許可を出したのか?」
彼はもう巻き込まれてしまっている。彼を放置すると消されるかもしれないな。
「朧さん。私側に付いてください。じゃないとあなた……いつか消されますよ。」
朧さんは私に怯えながらも私の話を真剣に聞いていた。
「……マジで?」
「ガッツリ組織の深い所に足突っ込んでます。多分マークされてますよ。」
私の勘は嫌な方向に対して良く当たる。彼の状況はかなりマズいような気がする。
「……ヤバいじゃんかそれ。」
「もう一度言います。私の派閥に来てください。来てくれたらあなたを守れます。」
(殺しかけた相手を守もる……?この子正気じゃないぞ……。)
「雪さんも私の派閥に居ます。」
「入ります。」
……回想終了。なんて酷い回想なんだ……。
回想を思い出している間にテーブルの上にはご馳走……?が並ぶ。蕎麦と蟹と…何かのスープ。この献立考えたの誰だ?ていうかこのスープ具材何?どこの国の料理ですか?
「おまたせ~みんな食べて食べて。」
理華がエプロン姿で追加の蟹を持ってきた。今更だけどなんだこの空間。天狼さんとオリオンさんと雪さんと朧さんが一緒の部屋にいて蟹をガン見しているしハーパーはお酒の瓶を抱えてゲラゲラ笑っている。
「なんで私ここに居るんだろう。」
「蟹を食べる為でしょう。」
いや雪さん違うよそれは。
「私のお祝いの為です!」
理華が腰に手を当てドヤ顔をして皆に宣言する。
「引越し祝いと私が処理課に所属できコードネームを頂いたお祝いです!」
夏休み中の任務で理華の活躍が評価され、彼女は晴れて処理課に所属する事が叶った。彼女のコードネームは…
「“天の川”おめでとうー!」
「「「「おめでとうー!」」」」
パチパチと拍手され理華は嬉しそうに頭を掻く。
「えへへ〜ありがとうございます皆さん。今日は集まって下さり本当に嬉しいです!」
そこからは余計な事を考えず私は理華をお祝いした。彼女の悲願である願いが叶ったのだから、私は理華をお祝いしなくてはいけない。
「「「「「「「かんぱ〜い!!」」」」」」」
死神一派である私達は祝杯を上げて食事に移る。日本人の前に蟹を置くとみんな黙って食べ出すのなんでだろうね。私も蟹の足をほじくっていると頭の中に幸せ物質がドバドバ〜。
「蟹うんま。蟹って絶対に食べられる為に生を受けたよね。」
「蟹は私達の口の中に入る為に生まれたのは間違いない。」
女子高生の家で食らう蟹は絶品だった。私達はまだこうやって集まるのは初めてで、何もお互いに分かりきっていなけど蟹があれば仲良くなれる。
「それ私の蟹だ。触れるな。」
「天狼さん、ここでそれは無しですよ。この蟹は私のです。」
「買ってきたのはワタシですよ。ハサミはワタシに献上しなさい。」
「お祝いされているの私ですからみんな遠慮してください!蕎麦誰も食べてないですよ!スープも!」
「蟹味噌とお酒が合うのよ〜。」
「久々に蟹食ったな……。」
蟹は人と人との距離を縮めてくれる素晴らしい生き物だ。戦争をしている地域にボイルした蟹を送りつければみんなハッピーになれる。
「あ、それ私が目をつけていた子ですから手出さないでください。」
でもその蟹は私のだから触ったら指を圧し折るからね。
ブクマしてくださりありがとうございます!更新のモチベ向上になりますのでありがたいです!




