オリオンというコードネーム
今日が休みだったので思いっきり書けました。大満足です。
あいの風、理華、ハーパーの3人の活躍により事実上ミューファミウムという組織は瓦解した。この3人の活躍はどの勢力、どの派閥にも轟きその実力を知らしめた。
しかし、そのメンバーの中にはもう一人の能力者が加わっている。陽に当たると銀色に輝いて見える白髪に人種が特定しにくい顔立ち。年は若そうに見えるが話せばまるで初老を思わせるような青年。
ーーーオリオン
彼の名前は前述で出てきた3人に比べて彼の名前は挙がらなかった。今回の場合、彼は後方支援、諜報員としての面が強く3人に比べて地味な印象が拭えなかったからだ。
そして任務を終えた後、あいの風達は組織の用意した施設へと移動、そこから慰労会のようなものが開かれてその日はご馳走が振る舞われた。
しかし彼はその慰労会には出席せずに残した仕事を片付けると一言を残してその場を後にする。
彼が向かった場所はレストラン。昼間はそこそこの活気があり賑わいを見せているような店だ。だが彼が向かった時間は夜遅くであり扉には閉店と張り紙がされている。
オリオンはトトン…トトンと独特のノックをしその場で待つ。すると扉の向こうから人の気配があり鍵が外されて扉が開く。
「待ってましたよオリオン。ほら、見つかるとマズい。早く入ってくれ。」
「ではお邪魔させて頂きます。」
オリオンが訪れたこの店はミューファミウムの出資者、ラリー・シンプソンと深い繋がりのある下請けが経営しているレストラン。何故こんな場所に夜遅く訪れて彼と知り合いのような反応をするのか…それは任務が始まる前から繋がりがあったからだ。
奥の方へ進むとやたらタトュー率の高い人口密集地に辿り着く。皆が犯罪者か反社会的勢力の者達だ。表ではレストラン経営。裏では金を貰えれば何でもする犯罪組織。それがこの“Spider”という犯罪者グループだ。
そんな場所にオリオンは一人で訪れて男に席に勧められる。
「オリオン、あんたのおかげでミューファミウムは瓦解、うるせえ出資者共もドンドン消えていく。あんたには感謝しても仕切れない。」
ここのボスである髭を蓄えた中東系の男性がオリオンに礼を述べる。
「いえ、こちらこそ助かりました。組織の施設の爆破もミューファミウム本部の内部構造の地図も本当に助かりました。おかげさまで今日中に任務を終えられそうです。」
そう…そうなのだ。あいの風達が滞在したホテルの爆破。アレはオリオンが依頼したものである。ハーパーは濡れ衣を着せられただけで、オリオンは彼女が今回の件に関わっていない事は彼自身は分かっていた。
彼女の反応から信用に値するか確かめる為に疑いをかけたのだ。
「なーに、金はたんまり頂いたしこちらとしても美味い話だった。Win-Winってやつだよ。」
白人、黒人、そして中東アジアと様々な人種が集まるこの室内に笑いが溢れる。皆今回の成功を喜び、今にも酒を飲み交わそうとする勢いだった。だがこの場には酒の類は無い。部屋のドアの前に人を配置し、誰もこの部屋から出られないようにされていた。
それでも彼は笑い合いながら話を進める。テーブルの下に拳銃を隠し持ちながらSpiderのボスはこう述べた。
「しかし…あんたも悪だねえ。直接手をかけた訳じゃないにしても仲間をあんなに殺すなんてねえ。」
Spiderのボスであるカルロは気になっていた事を質問する。金さえ払えば深くは聞かずに仕事を完了する彼であったが、オリオンの動機がいまいち見えてこないからだ。
「いえ、彼らは仲間ではありませんよ。ミューファミウムと繋がってましたから。」
オリオンは調べていた。空港で自分達を追跡された原因をだ。そして知った。ここの支部とミューファミウムとの間に秘密の取り決めがされており、自分達は罠に嵌められた事を。
「上層部同士で癒着があったのですよ。しかもそれは末端の人達にも暗黙の了解で皆が知っていました。それなのに歓迎なんて…お笑いですよ。あいの風の障害は排除しなくてはなりませんから。」
「なる程…そんな訳がね。」
そうは言ったものの、カルロもその事は知っていた。ミューファミウムの設備を搬入、搬出を担当していた彼らからするとそういう情報も入手していたからだ。
「それで俺達に依頼した訳か。得心いったぜ。」
「ええ。私達はその場に居ませんでしたから疑われませんし、状況やタイミング的にミューファミウムが疑われるでしょうしね。だからあなた達に依頼しました。本当に助かりましたよ。」
「こっちとしても渡りに船ってやつさ。そろそろミューファミウムとは手を切りたかったしな。アメリカンドリームは掴んだし俺達は母国へ帰って悠々自適に過ごすだけだ。」
資金は潤沢。あとは混乱に乗じてこの地を後にするだけ。だが、彼らはまだこの地に居た。なにしろ組織に対して弓を引いた事を知っている人間が一人残っているからだ。
所詮は利用し合う関係。この両者に信用も信頼もない。
「それはそれはお役に立てて光栄でした。…さて、そろそろ本題に入りましょうか。」
部屋の空気が引き締まる。一人とはいえ相手は能力者。荒事に自信のある者達であっても油断も慢心もない。
「ああ、お互いその為にここへ集まったからな。…で、お前の要求は?」
オリオンは彼らの隠し切れない殺気と不穏な空気を感じてもまるでおくびにも出さず笑みを深める。
「はい。ワタシの要求はミューファミウムに設置された監視カメラの映像の記録を渡してもらいたい。そこにあいの風達の様子が映されている物全てです。」
「…バレていたか。ああいうのは高く売れるからな。故郷への土産に丁度いいんだがな。」
カルロは手でジェスチャーしアタッシュケースを持ってこさせる。
「コピーなんてねえ。そんな時間は無かったし価値が下がるからな。それでこっちの要求を言ってもいいか。」
カルロはテーブルに置かれたアタッシュケースを触れながら要求を口にする。
「ええ、どうぞ。」
「死んでくれねえか?それで全部丸く収まる。」
後ろに控えている男達が銃を取り出してオリオンに銃口を向ける。
「フフフ…話が早くて助かりますよ。さっさと終わらせてしまいましょう。この後も仕事が残っていますから。」
オリオンはそう言いカルロに微笑みかける。手はわざとらしく両手の指を絡ませてから足を組む。
さあどうぞお好きに…っと言っているような態度をするオリオンに男達は鉛玉の雨を浴びせた。
オリオンの顔、首、胸、肩、腕、胴体、足…あらゆる箇所に弾痕が生まれて文字通りの蜂の巣状態。例え能力者とはいえこの傷は致命傷だ。
「へっ、能力者と言ってもこんなもんよ。偉そうにベラベラと…」
硝煙の臭いが立ち籠もる室内、しかしそこにあって当たり前の匂いが無いことに男達は気付かない。…それは血の匂い。これだけの銃痕の跡に対して出血が存在していなかった。
「別に偉そうには話したつもりはありませんけどね。」
そして姿勢を崩さないまま喋りだすオリオンを見てやっと男達はその事に気付いた。彼から出血が起きない事に。
「な、なんだと…?なんで血が出ねえ!?」
カルロは手持ちの拳銃でオリオンの胸を撃つが…出血は起きない。ただ服に穴が空き銃痕は生まれている。
「ああ、それは失礼しました。そこまで再現していませんでした。今再現します。」
オリオンがそう言い放った後、思い出したかの様に出血が発生する。一斉に全ての銃痕から血が飛び出て椅子、テーブルを血で汚した。
その様子を見たSpiderの面々は言葉を失う。誰もその場から動けずにただオリオンという異様な存在に目を奪われるしかない。
「しかし血を再現した所でワタシは死にません。死を再現しない限りね。…さて、ワタシの今回の任務を終わらせましょうか。」
オリオンは椅子から立ち上がると銃痕が全て消え失せ椅子やテーブルにまで掛かっていた血痕も消える。だが彼らの脳はその事にすら気付けない。認識出来る容量を超えているからだ。
「能力者が居ないのは残念ですが、悪の道に走る能力者が居なかったことを幸運だと思いましょうかね。」
オリオンは右手を上げてカルロに手のひらを向ける。
「…撃て。」
カルロは何かを察知し命令を出す。ここでこのまま眺めていたら自分は死ぬ。それは間違いなく現実に起こり得る現象だと本能的に理解した。
「撃てッーーー!!!」
男達は生き残る為に拳銃を構えた。しかしそこでオリオンの姿に変化が起きる。壁の向こうが透けて見え、彼の姿、存在感が薄まったのだ。それはまるでホログラムのようなものであった。
だが男達は構わずに引き金を引いて弾丸を浴びせた。弾丸はオリオンの身体を貫通し向こう側の壁に穴を開けるだけでまるで効果はない。
しかしオリオンの身体はどんどん薄まっていき今にも消え失せてしまいそうで、やがて完全にその場からかき消えた。
銃声が止まり、キーーンっといった耳鳴りのような音が室内に響く。オリオンがどうなったかは誰も分かっていない。ただ無言の時間が続く。
「おい、お前とお前行け。」
カルロは近くに居た男2人を指名してオリオンが居た所を見てくるように命令した。
男達は拳銃を構えながら慎重に足を進めてテーブルの向こう側へと向かう。
「…何もありません。血の跡も何も。」
男2人は椅子を引いたり覗いたりしてからカルロの方を向いてそう告げた。
「…テレポートか?」
カルロは拳銃の残弾を確認しながら受け答えをし、顔を上げるとテーブルの向こう側に居たはずの男2人が自分の場所に戻って来た事に気付き驚きで声を上げる。
「な、なんだお前らっ!?」
他の者も突然現れた2人に気付いて驚愕する。しかしそんな事を意にも返さず男2人は慎重な足取りでまたテーブルの向こう側へと向かった。そして…
「…何もありません。血の跡も何も。」
また男は椅子を引いて覗き込む。それから…またカルロの近くに現れてテーブルの向こう側へと向かう。
そこで男達は気付く。引かれたはずの椅子までも元の位置に戻り、この2人はずっと同じ事をループしている事を。
「な、なんだこれは…一体なんだよっ。」
『【円環】だよ 彼らはループし続ける ワタシが能力を行使し続けている間ずっとな』
声がしたと思ったらそれはそこに居た。テーブルの向こう側…椅子の後ろに立つ異形の者が。
「ば、化物…。」
シルエットでいえば人の形をしていた。しかしそれ以外は何もかも異形だった。まず声が異常だ。脳に直接男女の声をミックスさせたような声。そしてその声を出しているだろう口も異常だった。
口を開けると人の歯が見えた。前歯、犬歯、奥歯と正常な歯並びをしているが…それが鮫の歯のように縦に何層も連なっている。人の歯がだ。
そしてその歯が生えた口の中は舌がいくつも生えておりチラッと見えるだけで5つ程は見える。それが生き物ように蠢いているだけで見ている者に不快感を与える。
口周りでもここまで異形だが、顔面も異常だった。頭はまるでフルフェイスのヘルメットを思わせる形でシールドの部分に人の目がディスプレイのように映し出されていた。
その数ざっと見て10を超える。それが瞬きをしたり瞳孔が絞られたり開いたりして正に“生きている”と感じさせる。
目は一つ一つ形と瞳の色も違く別人同士の目を同時に映し出しているようだった。
それから胴体の部分。ここも正に異形。暗い皮膚に赤い血管のようなものが全身に巡っており躍動している。指先の爪を獣を彷彿させ骨格も人とは少し異なる。
足も生き物と人が履く靴を合わせたような形で素足なのかどうかすら図れない。
そんな生き物とも言えない存在が男達に向かって来たのだ。男達は半狂乱状態で目の前の化物に弾丸を撃ち込む。
『ワタシの身体はお前達無能力者でも視認出来るほど圧縮されたベルガー粒子で構成されている だから物理的干渉は出来んよ』
弾丸は化物の身体をすり抜けて背後の壁に銃痕が生まれる。それから向かいのテーブルの向こう側からきた男2人の身体もすり抜けた。
その時に弾丸が男達に命中したりして血を流すがループし続けて元の位置に戻ると傷も消えてまたテーブルの向こう側へと慎重な足取りで向かって行く。
その光景と現象に男達は戦意を喪失させてこの場から逃げ出そうした。だがその行動も無駄に終わる。1番先に逃げ出そうした男がドアノブに手を掛けて室内から出た瞬間、また男はドアノブを手に掛けていた。それからはそれを永遠と繰り返し、そこで誰もここから外に出られないんだということを理解した。
『ーーーキミ達はもう進まない ここから先は私達が決める領域だ 分かるか? もう私達の射程距離なんだよ』
化物は口を開けて真実を口にする。
「…まさか、そんな事が…お前は。」
カルロは気付く。こんなコトを出来る者などこの世界で一人しか居ない。
「死神…」
『その名はお前達が勝手に呼んでいるだけだ 【ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
その能力を口にした事実すら消えた。その能力を行使した結果だけ残り部屋の中に居た人間は消え去る。軌道も時間すら消えて無くなった。残されたのはベルガー粒子のみで死神と呼ばれた者のみがその場に滞在していた。
『私達のコードネームは…』
その名の意味を知っている者は限られている。その名を与えた組織の創設者と名付けられた者。そしてその事実を知っている蘇芳の3人だけ。
『ーーーオリオンだ』
異形の姿から人間の姿に変わる。陽が当たれば銀色に輝く白髪に人種を特定出来ない容姿。任務中あいの風達と同行していた青年はその部屋から出て行き、残っている仕事を片付けに夜の街へと消えていく。
はい。遂に死神の正体が明かされました。もし、もう分かっていたよーっていう人は感想なので教えてもらえると嬉しいです。
あと1話…で3章は終わりです。長い間お付き合いありがとうございました。4章からは伏線を回収しまくる章になると思いますので、読み返したりしてみると面白いかもしれません。




